治療拒否、したいなぁ…
ハクとライムが店の中をころころと転がっているのを眺めていると、2階からおじいさんと、ナコルに抱えられたおばあさんが降りてきた。歳を重ねていても綺麗なおばあさんだ。若い頃はさぞかし美しかっただろう。
「お嬢さんがうちの主人を治してくれた人ね? どうもありがとう。
それで、私のことはいくらで治してくれるの?」
……なんの話もなく、治してもらえると決め付けているのか。 これが“舐められる”ってやつかな?
宿の手配がどうなったのかもわからないし、今は話す意味がない。 そっぽを向き、目を閉じて会話を拒否すると、おじいさんが慌てておばあさんに説明していた。
「え? …あら、 まあ、 …そうなの? それならそうと…」
…話に行き違いがあったらしいことはわかるが、治すかどうかは条件次第かな。
私の機嫌があまり良くないことを察した2匹が膝の上に飛び乗って来るのとほぼ同時に、店のドアが開き、屋台のおかみさんが、おじいさんにお釣りらしきものを渡しながら私に言った。
「部屋が取れたわ。1人部屋で、今夜の食事とお湯代も支払っておいた」
「テルマ、ご苦労だったな。ありがとう」
「ううん。オリオールさん、本当に治ったのね。よかったわ! お嬢さん、本当にありがとう!」
おかみさんも嬉しそうにお礼を言ってくれる。微笑みで返して、おじいさんに視線を向けると、おじいさんはおもむろに説明を始めた。
「こちらの娘さんが、今日客として店にやってきた。 テルマの紹介だな?」
おかみさんが頷くのを見て、嬉しそうに顔を崩してから話を続ける。
「店の商品を99万メレほど選んでから、娘さんはわしに言った。現金での支払いと治療での支払い、どちらかを選べと」
まあ、そんな感じだ。とりあえず頷く。
「わしを長年苦しめたリウマチをあっさりと治療して、娘さんはさっさと店を出て行ってしまったので、わしは急いで後を追いかけた。 それを見てナコルが勘違いをしてしまったことは、本当に申し訳なかった。改めて詫びる」
おじいさんとナコルが同時に頭を下げた。 頷いて先を促すと、
「わしのリウマチを簡単に治してくれた娘さんなら、妻の体も治してくれるんじゃないかと思い、呼び止めさせてもらった」
おじいさんはそう言って、期待に満ちた目で私を見た。 ……続きは?
黙って続きを待っていると、
「も、もちろん、金は払う! 450万メレで治してもらえないだろうか?」
「そんなの高すぎるわ! もっと安くしてくれるでしょう?」
私が治療をするともしないとも言わないうちに、値切りが始まった。 診断してみると、おばあさんは重度の糖尿病だった。 夫婦揃って重い病だったんだな…。大変だっただろう。と、気の毒に思った気持ちは、続いたおばあさんの言葉で霧散した。
「ねえ、主人のリウマチを99万メレで治してくれたのなら、私のことは10万メレで治してくれるでしょう?」
「そんなに安く治るなら、<治癒士>に依頼したら?」
「あら、この町の<治癒士>はダメよ。どんどん高いお金を吹っかけてくるんだもの」
軽い時に診てもらって、治療費が折り合わなかったから治療をしなかった。悪くなってから再度診てもらったら、治療費が値上がりしていたってところかな?
「私がこの治療を行うなら、1,500万メレだけど、<治癒士>とどっちが安い?」
「……なっ!」
「「「……」」」
おばあさんは言葉につまったけど、他の3人は何も言わなかった。相場どおりってことかな?
「あなたは主人をとても安く治してくれた、親切なお嬢さんでしょう? どうしてそんなに意地悪を言うの?」
「意地悪じゃなくて、正当な請求よ。おじいさんに対する治療費が、破格だってわかっているんでしょ? その上で、【リカバー】が必要な治療を10万メレに値切ろうなんて、話にならないわ」
交渉の余地はないと判断して、腰を上げた。
「だったら80万メレ払うわ! それで治してちょうだい!」
返事をするのも億劫だったので、そのままドアに向かって歩き始めた。 そうか、舐められるっていうのは、こういうことか。 今後は気をつけよう。最初が肝心だったんだな…。
「どうして!? 治癒士だって始めは80万メレで良いって言っていたのよ?」
「症状が軽かった時は、80万メレで治ったんでしょ。今まで放置して悪化させておいて、同じ金額で治療を受けたいなんて、無茶な話よ」
ハクとライムを拾い上げて肩に乗せる。 2匹のわずかな重みが心地良い。少しだけ和みながらドアに手をかけると、
「500万メレで! 500万メレが、わしらに出せる精一杯だ!」
おじいさんが叫ぶように言った。
「わしらにはどう頑張ってもこれ以上は出せん。今後の店の仕入れの金を入れても、これが限界なんだ。こんな金額では、<治癒士>は当然相手にしてくれん。1,500万メレには到底及ばないが、500万メレで妻を治してやってもらえないか…?」
「ダメよ! そんな大金を支払って、明日からどうやって生活していくの? そんなに慌てて治さなくても、そのうちに親切な<治癒士>が無料で治してくれるわよ」
相場が1,500万メレなら、500万メレでも破格だと思うけど、おばあさんは納得しないようだ。無料で治療をしてくれる相手に心当たりがあるのかな?
「金を払っても、後には健康な体と店と商品が残るじゃないか。金は堅実に商売をすれば、おのずと貯まる。わしはおまえの辛そうな顔を見続けるくらいなら、無一文になった方がましだ!」
「そんな…。イヤよ。これ以上あなたの重荷になるのはイヤ! もう少し待てば、きっと…」
「お前の美貌に貢いでくれる男はもう来ない!
わしは若い頃、降るようにあった縁談を全て蹴って、わしを選んでくれたお前を大事にしたいんだ。 もう、現実を受け入れてくれ。 きっとこれが最後のチャンスだ。今治療を受けるんだ!」
……何となく、事情はわかった気がするけど、いつの間にか私が500万メレで治療をすることが前提になってる?
了承した覚えはないんだけどなぁ…。
おじいさんとおばあさんは2人で話し込んでいるので、その間に出て行こうとドアを見ると、ドアの前にはおかみさんとナコルが“とおせんぼ”をするように立っている。ナコルはともかく、おかみさんを力ずくで退かすのは気が引けるなぁ。
どうしたもんかと思っている間に、おじいさん達の話は付いたようだ。
「わかったわ。治療を受ける。 お嬢さん、500万メレでいいわ。治療してちょうだい」
「…………」
「どうしたの? 早く治療をしてちょうだい」
思わず、深い溜息が落ちた。
オスカーさん、アドバイスを無駄にしてしまいました。 『依頼主に舐められると、報酬を値切られて…』はこういう事だったんですね。 当たり前のように1/3に値切られた上に、偉そうに指示されるなんて…。 以後、気をつけます。
心の中でオスカーさんに誓っている間も、治療の催促は続いていた。
「ねえ、何をしているの?」
「誰があなたに『500万メレで治療をしてあげる』って言ったの? 私は言ってないわよ?」
どこまで巻き返せるかはわからないけど、とりあえず頑張ってみよう。
ありがとうございました!




