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支払い方法の提案

「こんにちは~。 お鍋や蓋付きのビンなどが欲しいんですが…」


 店にはおじいさんが1人しかいなかった。 奥にあるカウンターで椅子に座ったまま眉間にしわを寄せている。


「鍋は入り口の左手に、ビンは奥の右角にある。わしは自由に動けないから、すまないが必要な商品を探してここまで持ってきてもらえないか?」


 性質(たち)の悪いのに万引きされた理由がわかった。 正直に言い過ぎなんだ……。


「随分とお辛そうですね…。 治療は受けないんですか?」


 商品をゆっくりと見て回りながら聞いてみる。 初対面でする質問じゃないから返事はないかと思ったが、 


「わしのリウマチは重症だ。この町の治癒士では治せん。 大きな街の治癒士に診てもらうには金が掛かり過ぎるさ」


 おじいさんは何でもないことのように言った。


 大通りのほぼ端っこの店舗だが売り場面積も広く、扱っている品数もその分多いようだ。 見覚えのある商品の値段をいくつか聞いてみると、他の店より1割ほど安く品質も確かだ。


「商品は充実していますね~」 


 自由に動けない分、掃除は疎かになっているが、取り扱い商品はなかなかの充実具合だ。


「取引先が親切でな」


 仕入先が配達をしてくれるのかな? それにしては値段が安いけど…。


「寸胴鍋はこの1つだけですか? 2つ欲しいんですが」


「そうそう売れるものじゃないからな。店にはその1個だけだ。 取り寄せには1週間ほどかかる」


 まあ、複製で増やせるから、1つでもいいんだけどね。


 寸胴鍋、特大のお玉×2、大きいお玉×2、大きなフライパン×3、フライ返し×2、飯釜×2、しゃもじ×2、焼き網×3、トング、灰かき棒、大ビン×10、中ビン×25、すりおろし器、目の細かいすりおろし器、薪割り斧(大)、薪割り斧(小)、解体時に廃棄物を集める大きな盥、何かに使えそうなバケツ……。


 道具を1つ取るたびに、おじいさんの目が驚きに見開かれる。


「飯屋でも開くのか?」


「野営の道具です。全部でいくらですか?」


「……986,500メレだな」


 なかなかの金額になった。それでも、他店に比べれば良心的な金額だ。


(ハク、このおじいさん、正直者だよね? 治療費踏み倒さないよね?)


(正直者で、客商売は向かないかもにゃ~。治すにゃ?)


(うん。でも、ただじゃないよ? おじいさんが望めば、ね)


 私は99万メレを取り出して、おじいさんに見せながら聞いた。


「わかりました。では、支払い方法の提案をさせてください」


「提案…?」


「はい。選択肢は2つ。

 1つ目は、このまま現金で支払います。

 2つ目は、おじいさんのリウマチの治療を支払いに代えます。

 どちらがいいですか?」


 私の提案が終わると、おじいさんはぽかんと口を開けて動かなくなった。


「おじいさん?」


「……あんたは何を言ってるんだ? わしのリウマチをどうやって治すつもりだ?」


「回復魔法で」


「あんたは<治癒士>なのか!? 随分と若いようだが?」


「<治癒士>ではありません。<冒険者>志望です」


 ここでも<鴉>を見せながら答えると、おじいさんは更にびっくりした。


「<冒険者>にもまだなっていない娘さんが、<治癒士>に治せないわしのリウマチを、治すって言うのか?」


 おじいさんの視線が少しだけ呆れを含んだものになったが、気にせずに、微笑んで首肯した。


 おじいさんは、私の顔と、手のひらに乗せた99万メレを交互に見ながらしばらく考え込んでいたが、思い切ったように顔を上げた。


「わしの治療が先でいいか? わしのリウマチが本当に治ったら、この商品は娘さんのものだ。 でも、治らなかったら、きちんと金を払ってもらう」


 確かに正しい判断だと思うが、


「おじいさんは、何をもって“治った”と判断するの?」


「わしが自分の足で、この店の中を3周できたら治ったと判断する」


「…おじいさんはしばらく座りっぱなしの生活だったんでしょう? 体力が落ちていて、そんなに歩けない可能性もあるんだけど。 回復魔法でリウマチは治せても、落ちた体力までは戻せない。 体力を戻すのは治ってからのおじいさん次第。 その条件だと私が不利ね。 お金を支払います」


 カウンターの上に99万メレを置いて、商品を貰おうとすると、おじいさんに止められた。


「待ってくれ。本当に治せるのかっ!?」


 店の窓から外を眺めると、陽射しが弱くなり始めている。そろそろ夕方か…。


「治せますよ。でも、私はこれから他の買い物をしたり、宿を探したり、<冒険者ギルド>にいって登録をすませたいので、これ以上ここで時間を使いたくありません。お金を受け取ってください」


 治療で支払うと私の手元にはお金が残るし、おじいさんはわずらわしい病から開放されて、両方お得かと思った程度だ。 支払えない金額ではないので、この後の行動に障りが出るならお金でいい。


 “どっちでもいい”から、“わずらわしいのは嫌”へ感情が移ったのを察したのか、おじいさんは条件を変えた。


「治療をしてくれ! 痛みがなくなったら、それでいい!」


 オスカーさんのアドバイスを思い出しながら、おじいさんに念押しをする。


「私は治療が成功したかどうか、判断するスキルを持っています」


「わしは嘘は言わん! 痛みがなくなったら、ちゃんと言う!」


 もともと、“治療費を踏み倒さないだろう”と判断して、支払い方法の提案をしたのはこちらだ。カウンターからお金を回収して、おじいさんに向き合う。


「【リカバー】」


 軽度の怪我は【ヒール】、軽度の病気は【キュア】なのに、それ以上の治療は、どうして両方とも【リカバー】なんだろう? そんな疑問を覚えているうちに、すでに見慣れた強い光がおじいさんを包み込むように光り、関節を重点に体の中に吸い込まれる様に消えた。


「わしの手が動かせる…? 痛みがない…?」


 様子を窺っていると、ポツリ、と呟く声が聞こえた。【診断】の結果も異常なしだったので、治療は無事に成功だ。


「商品を受け取りますよ~」


 全てをインベントリにしまい終わってもおじいさんは呆けたままだったので、


「じゃあ、私はこれで。 どうも、ありがとう」


 一声掛けてから店を出た。  店のドアを閉める時に後ろで声が聞こえた気がしたので、おじいさんが正気づいたのだろう。


 先に冒険者ギルドに向かおうと歩き始めると、


「待ってくれ! 娘さん、お願いだ! 待ってくれ~!」


 後ろからおじいさんに呼び止められたが、私は治療の前に“急いでいる”と告げているので、小さく手を振ってそのまま歩いていた。


 後ろで人が倒れる気配がして、私の前を塞ぐ男が現れるまでは…。


ありがとうございました!

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