ぼったくり 3
「これが最後です。 皆さんのおやつに、オークの干し肉、1皿分で1万メレ♪」
「「「「「買ったーっっ!!」」」」」
「え…?」
お皿の上には、煮オーク1本分の干し肉しか乗っていない。 冗談でつけた価格に、男性陣全員の声が揃った。
「なんだ、売らない気か…? いくらでも出すぞ?」
戸惑っていると、オスカーさんが、剣呑な視線を合わせてきた。
「売ってくれるんだよな…?」
目力が強くて、結構怖い。
「そんな顔しなくても、売りますよ! 値下げ交渉があるかな?って思ってたんです!」
「はあ? なんでだ?」
「この量の干し肉が1万メレなんて、高すぎるでしょう!?」
「「「「「安いぞ?」」」」」
ぼったくりだと訴えたら、揃って否定の声が上がった。 ちょっと引いていると、オスカーさんは私の両肩に手を置き、低い声で言い聞かせるように話し出した。
「あのな、嬢ちゃん。 何度も言うが、ここは野外で、嬢ちゃんは旅人だよな? 普通は食料なんて、譲ってくれないんだよ。 譲ってくれても、とんでもない高値、本気のぼったくり価格になるもんなんだ。 嬢ちゃんが譲ってくれたモンはどれもこれも美味い上に、量もたっぷりある。 味と量を考えたら、嬢ちゃんの付ける価格は格安なんだ! あの干し肉が1万メレなら、誰だって飛びつくぞ!」
思っていた以上に、この世界の基準と私の基準にはズレがあるらしい。
「村や町の中では、価格は下がるという認識で合っていますか?」
「ああ。 だが、嬢ちゃんの作るものを町や村で安く売ると、店屋が泣くぞ?」
「泣く?」
「潰れる、が正しいな」
商売1人勝ちは嬉しいが、むやみに恨みを買うのはいただけない…。
「わかりました。今後はちょっと、考えます…。
えっと……、オークの干し肉1皿分、1万メレ。 2皿までの用意がありますが?」
「2皿お買い上げだ! ……ボアの干し肉は売ってくれないのか?」
「え? ボアも要りますか…? ひと味落ちましたよね…?」
ひと味落ちるのがわかっているのに、買おうと思うの? オークだけでもおやつには十分だと思うけど…?
「オークが美味すぎるだけで、ボアだって、十分に美味かったじゃねぇか!」
ハクがしきりに頷いている。 どこかで売ろうと思っていたものだから、オスカーさんが買ってくれるなら、ありがたい。
「では、ボアの干し肉は1皿7,000メレでどうでしょう? 5皿弱ありますので、お好きなだけ♪」
「全部お買い上げだーっ!」
「えーっ!? いくらなんでも食べ切る前に、傷むでしょう?」
私には干し肉の賞味期限がわからない。 2週間ほどなら持つのかな?
「そんなに長いこと残らねぇよ! 飯の代わりになって、酒のつまみにもなる。スープに入れてもいい。 あっと言う間になくなるさ」
本当に無くなるのかな…? 疑問には思ったけど、自信満々なオスカーさんを見て、素直に売ることにした。
「では、全てお買い上げで、33,000メレですね。5皿に少し足りないので、この価格は適正ですよ?
合計で、78,900メレになります♪」
なかなか高額になったな…。
「……わかった。 78,900メレだな」
オスカーさんは何か言いたいことを飲み込んだような顔で、78,900メレを丁度渡してくれた。
マルゴさんもたまにこんな表情をしていたような? やっぱり似た者夫婦だね^^
「しばらく休憩しててくれ! 解体が終わったら出発するぞ!」
オスカーさんがハーピーの解体をしてくれている間に、マルゴさんとルベン家へのお土産を用意する。
中ビン2本にドライアップルを2個分ずつ入れてから、から揚げのレシピを書く。オークカツを気に入ってくれたマルゴさんなら、から揚げも気に入るに違いない。
マルゴさんとルシィさんに1枚ずつ書き終わるのとほぼ同時にハーピーの解体が終わった。
手ぬぐいを広げてビンを置き、その上にレシピを乗せてから、<ビン包み>に包む。 久しぶりだけど上手にできた♪
できばえに満足しながら、物珍しそうに見ていたオスカーさんに預けて、伝言をお願いする。
「『私は元気です。皆さんもお元気で』と伝えてもらえますか?」
「ああ、わかった。 これから嬢ちゃんはどうするんだ?」
「とりあえず、この先の村に行ってみようかと思ってます。 どんな村かご存知ですか?」
距離はあるが、ネフ村から見ると隣村だ。何か知っているだろうと思い聞いてみた。
「そうだな…。村の規模はウチの村より少し大きい。 農業には向かないが、代わりに石材の加工でそれなりに潤っている。あとはウチと似たような普通の村だ」
石材の加工、か。今は必要ないな。
「ああ、村長の孫が嫁入りする予定になっているな」
「政略する価値がある村ということですか?」
何となしに聞いただけだったが、続いたオスカーさんの一言で進路が替わった。
「いや、向こうの村長の息子がポーリンに一目惚れしたらしいな」
なるほど。あのポーリンがお好みなのか…。 ふ~ん……。
「行き先を変更します。どこかお勧めの場所はありますか?」
オスカーさんは突然の行き先変更に戸惑ったようだが、しばらく考えて、
「<冒険者>になるんだったな? だったら、ここから北に町がある。そこで<冒険者登録>をしてもいいし、そこから馬車に乗って、街へ行くのもいいんじゃないか?
<冒険者登録>は自分の特性に合う依頼が多いギルドでした方が良いから、ギルドへ着いたらまず、依頼ボードを見るといい」
「まず登録を済ませてから、趣味に合うギルドへ移動していくのはダメなんですか?」
「冒険者が拠点を移すのは当たり前のことだが、最初の1年は移動に時間を使うともったいねぇぞ。
ルーキー支援期間と言ってな、ギルドの宿が安く使えたり、ギルドの酒場で食う飯が少し安くなったり、依頼達成件数でボーナスが出たりと、小さな特典がいろいろとあるんだ。
嬢ちゃんは金には困らないだろうが、受けられる特典は受けておけ」
軽い気持ちで聞いたのに、とても濃い情報が聞けた。
「最初が肝心ってことですね? わかりました!」
「素直だな。素直な嬢ちゃんにはこれをやろう」
オスカーさんは手紙を2通渡してくれながら言った。
「俺も昔は冒険者だったんでな。ギルドの幹部で俺を知っているヤツがいたら渡してくれ。受付でそのまま聞けば良い。
内容は、俺が嬢ちゃんの後見に付いているって挨拶状だ。 嬢ちゃんみたいに若い綺麗な娘は、後見がいるだけで避けられるトラブルもあるからな。
こっちは、もしも嬢ちゃんがこの国の貴族と揉めることがあって、どうしようもない状況に陥ったら、その街のギルドのギルマスに渡すんだ」
気軽に受け取ったけど、凄い手紙のようだ。 昨日、今日合ったばかりの人間に渡すようなものじゃない。
「どうして…?」
それだけを口にすると、
「嬢ちゃんが気に入ったからだよ。オースティンを助けてくれた礼も兼ねてる。 遠慮なんかしないで、ちゃんと使うんだぞ?」
……ほんの少しの関わりで、こんなにも心を砕いてくれるなんて思ってもみなかった。お礼を言いたいのに、胸がいっぱいで言葉が出てこないでいると、オスカーさんは『わかっている』とでも言うように、少しだけ乱暴に頭を撫でてくれた。
ありがとうございました!




