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狐の神さま

作者:和樹アイ
酷く鮮やかな情景だった。


狐の神様が祀られている神社にお参りした日。
大きくはない社だけれど、厳かで神聖な空気が、幼少ながらに肌で感じ取っていた。

一緒にお参りに来たおばあちゃんに貰った紙風船で遊んでいたら、ふいに風にさらわれてしまった。

それを追いかけて走った、砂利の道。

煽られた紙風船が誰かの足元で止まる。

拾い上げ、手渡してくれたその指は、真珠のように真っ白で。

「ありがとう」

まだきちんと回らない呂律で、辿々しくお礼を言った幼き私。

「こちらこそ、ありがとう」

そのひとは私の目線に合わせて屈み、優しく小さく微笑んだ。


美しいひとだった。


「……夢、か……」

課題を解いていたら、いつの間にか寝てしまったようだ。広げていた机の上の参考書は、私の頭の重みでぺたんこになっていた。

時計を見ると、午後三時半。最後に時間を見たときは二時半だったから、一時間ほど居眠りしてしまったらしい。
休憩ついでに近くのコンビニでお菓子とお茶でも買ってこようと、お財布と鍵を手に取り、ドアを開け廊下に出た。

「お母さーん、ちょっとコンビニ行ってくるー」
「行ってらっしゃい。お菓子買い過ぎちゃ駄目よ、夕飯入らなくなるから」
「わかってる」

玄関を出ると、椿の花にも行ってきます、と声をかける。私の名前と同じ、紅い花。

陽がまだ高いとは言え、真冬の寒さが身体を突き刺した。巻いてきたマフラーに深く顔を埋め、早足で最寄りのコンビニへ向かう。

二個目の曲がり角を曲がると、神社が見える。朱色の鳥居は境内に続いていて、向かって西側に古びたお賽銭箱。この神社には御狐様が祀られているらしいということを、小さい頃に聞いた。そういえば、お参りに来た記憶がおぼろげながらある気がする。

神社の前を通り過ぎ、そこからさらに次の曲がり角が、私のよく行くコンビニだ。自動ドアを潜り、いつも通りお菓子が陳列している棚を物色する。

今日はチョコが食べたい気分かな。でもクッキーも捨てがたい。いっそのことチョコチップクッキーにするというのはどうだろう。

結局小さめの袋に詰まった食べきりサイズのチョコレートとクッキー、そして紙パックのミルクティーをレジに持って行き、清算。袋を提げ、店を出た。

将来やりたいことなんて決まっていない、つまらない人生だと思う。
普通に大学に進学して、普通に就職して、普通に結婚して、普通に人生を終える。平凡な私だからきっと、出会いの数だけ、私は人の想い出に風化して、やがて忘れ去られていく。

悪いことだとは思わない。きっと、そういうものなのだろう。


必要とされるほど、私は大きなものじゃない。
所詮、つまらない存在だから。


神社の前をそのまま通り過ぎようとしたが、ものはついでとお参りだけして来ようと思いついた。鳥居を潜り、境内を歩く。お賽銭を入れ、いつものように手を合わせ、目を閉じる。

お祈りを終えさあ帰ろうかと後ろを向いて、はたと足を止めた。

白い狐が、こちらを見つめていたのが目に入ったから。

この辺って狐、出るんだ。まあ狸とかは都会にもいるみたいだし、狸がいるなら狐がいても不思議は無いのかもしれない。

狐はこちらを窺うように、尖った耳をピンと立てている。私もなんとなく目が逸らせなくて、お互い見つめ合う形になった。

「こんにちは、椿」

男の人の声。透き通った声だった。私は己の耳を疑う。
空耳……にしては、酷く鮮明だったから。
声のした方へ顔を向けると、相変わらずそこには狐しかいない。しかしその姿がゆらりと歪むと、瞬きの後に狐は消え、代わりに青年が現れた。

狐面をこめかみの辺りに引っ掛け、蒼い蔦の文様が染められた白の着流し。柘榴石のような紅く昏い瞳に、血色を感じさせないほどの青白い肌。
私の姿を認めると、長く癖のない銀の髪を手で梳き、風にさらり、と嫌味なく流した。所作の一つひとつが絵になるひと。

そのひとはすらりと伸びた白い指で私の頬に触れた。突然のことに驚くはずが、初めて会うのに、私を慈しむように撫でるその手が何処か懐かしくて、思わず目を細める。


「貴方は……」
「周。わたしの名前だよ」


ここには狐の神様が祀られている。
ほんの小さな頃に、おばあちゃんとお参りに来たことを思い出した。おばあちゃんはその神様の名を、周、と呼んでいた。
神様というものはもともとその土地に住む妖で、信仰されることによって神格化し土地神様になるのだという話だ。

私が小さい頃から参拝していた神様。
懐かしくていつの間にか話し込んでいたら、そんな話になった。

「じゃあ周は、最初から神様だったわけじゃないんだ?」
「わたしはもともと野狐だった。この辺りを寝ぐらにしていたけれど、わたしを畏れた村人が小さな社を建て、わたしを祀ったのが始まりさ。

人が願えばわたしの力は強まり、人に求められればわたしは厄を祓った。わたしは村を愛していた。村人もわたしを愛してくれた。

けれども、いつからか人はわたしを忘れた。時代の流れは、村を街に作り変え、人の在り方も変えた」

人の心に留まれなくなった、わたしを残して。

「忘れ去られた妖は、消え去る運命。それも世の常。わたしはこの景色を見届けるまで。」

だけれども、何故かな、心が痛いんだ。


訪れた静寂。いつの間にか、辺りは暗くなっていた。黄昏が空に、背後に、じわりじわりと染みて、広がっていく。並んだ提灯に、火が灯る。

「椿、君は幼い頃からずっとお参りしてくれたろう。わたしは、君が小さい頃のことを今でも憶えているよ」


だから、君だけは。
君だけはどうか、わたしを忘れてしまわないで。
寂しい。淋しい。さみしい……。


脳内に響く、甘やかな声。呼び声に呼応して、闇が周を侵食していく。周の輪郭が、今にも滲んで消えてしまいそうだ。
彼の影から伸ばされた禍々しい腕。虚ろに空を切りながら、もがきながら私へと差し出された黒い腕。

——拒むことなんて、出来るはずがなかった。
人が周を忘れてしまって、周は寂しくてさみしくて、つらかったのだから。

それでも、信じてくれていたんだね。
何も意味も分からなかった小さい頃からお参りしていた、私のことを。
幼い時から慣れ親しんだ、強くて儚い私の大事な拠り所。

だからだろうか。
邪と化していく周を、私は怖いとは感じなかった。

突然ぐいと強い力に腕を引かれた。為すがままに後ろの頭と腰に腕を回し抱き締められると、首筋を周の長い睫毛がくすぐった。


「寂しかった……」
柘榴石の瞳を伏せ、静かに周は泣いていた。


さみしかった
ひとはわすれてしまったから
わたしはいばしょをなくしかけた


耳元で囁く、唄うような寂しい声。
小さく震える周の背中に、私はそっと腕を回した。


周が此処に居られますように


小さな声で、だけど周に聞こえるように、呟いた。


暖かな光が、溢れ出して溶け出していく。


うれしかった
きみはいつだってねがってくれたから
わたしはまだ、ここにある


「いつも会いに来てくれて、ありがとう、椿」


頭を上げた周の顔には、あの日と同じ、優しい笑み。いつの間にか邪悪な影は、すっかり消え失せていた。


「……椿は、帰らなければいけない。椿を待つ人が、いるから」

寂しそうに、周は言った。

「また、お参りに来るよ。次は家族も一緒に。そうしたら、また会えるでしょう?」
「また、会えるよ。わたしはここで待っているから」

必要とされるほどの価値は、私なんかには無いと思っていた。だけど、私のようにちっぽけな存在でも、存在を願えば、信じれば、誰かを繫ぎ止める楔となる。

誰かを想う。
私を待つ、貴方がいる。
貴方を信じる、私がいる。
そうやって、願う心は連鎖していくのだろう。
想いという、見えなくても確かに在る絆によって。


空はすっかり、茜に染まっていた。
雲ひとつない、朱色の空。

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