第9話 エイミンのスペシャルドリンク
初めてのお給仕後編になります。魔法使いのご主人様に注目です。
食事をしながら話していると、戦士のご主人様の飲み物がなくなった。
「飲み物、次はどうする?」
エイミンがすぐに気付いた。タメ口なのはどうかと思いつつも、仲良くなったら俺が行ってたメイド喫茶でもそうだった。
そういう娘の中には、初対面でもタメ口だったけど、楽しそうな口調だったから嫌な感じはしなかった。エイミンも同じだ。
「お勧めはね、トキメキトロピカ~ルジュースだよ!」
俺の知らないところでエイミンはスペシャルドリンクを作っていたようだ。
メイドさんはそれぞれオリジナルカクテルを作る。まだそこまではしなくていいと思っていたけど、エイミンはメイド喫茶に行ったことがないのに、自らジュースの形で考えたようだ。
「どんなジュースなの?」
戦士のご主人様が尋ねると、エイミンのテンションが上がった。
「フルーツがいろいろ入ったジュースなのだよー」
腕を回しながら説明する。
「へー、美味しそう。それ頼もう」
「了解」
エイミンは敬礼のポーズをしてから、トキメキトロピカ~ルジュースの注文をメモして、厨房にスキップしながら向かった。
「ワクワクが止まんないね~」
今までほとんど黙ってたエイミンが、本来の姿を出してきた。
「明るくて楽しそうな娘だね」
マディーさんはエイミンの背中を目で追った。
「それにしても女の子と話せるって良いな」
戦士のご主人様は、マディーさんに同意を求めた。マディーさんは頷いた。
これは俺も経験がある。可愛い女の子と楽しく話すだけで、仕事の疲れが吹っ飛ぶ。俺もアヤカシと戦うのが仕事だったから、冒険者と仕事が似ていた。
「自分で選んだ仕事だし文句はないけど、命を賭けて戦ってると、女の子との出会いはないからな」
「自分のための冒険だけど、今は街がピンチになると、どこの街でも冒険者にモンスターを倒しにいってって頼むからね」
これは強制じゃないらしいけど、ほとんど義務に近いみたい。
どこの街でも街を囲う壁は高くしていて、見張りが常にモンスターが来ないか確認している。
「おまたせだよー」
エイミンがトキメキトロピカ~ルジュースを持ってきた。
「すげー!」
色から推測すると、たぶんオレンジジュース。その中にパイナップル、バナナ、ミカン、リンゴ、ブドウ、モモなどが入っている。
普通のコップではなく、細長いコップを使っている。
「いろんなフルーツの美味しさを楽しんじゃってね」
スプーンでバナナを食べ、ストローでジュースを飲む。
「この組み合わせは初めてだけど美味しいね」
「やったー」
エイミンは飛び跳ねて喜ぶ。
マディーさんはジッとエイミンを見つめてる。ひょっとして気に入ったのかな?
この世界に推しの概念はないと思う。それをどう伝えればいいかな。
「エイミンちゃん」
「なになに?」
「エイミンちゃんって好きな人いる?」
ヤバい口説きにかかってる。
メイド喫茶ではご主人様とメイドさんの恋愛はダメなんだけど、それを推しにとどめて欲しい。
「好きな人いるよ」
「そっか」
マディーさんは、ため息のような声を漏らし俯いた。
「ヘビのクルクルでしょ」
「人じゃねえじゃん」
安心した直後にボケをぶち込まれた。反射的にツッコミを入れた。
「クルクルは家族だもん。人と同じだよー」
たぶん質問の意図はそういうことじゃないと思う。だけどまだ好きな人はいるみたいで続いた。
「でも一番はメリーちゃん」
「本当?」
「うん。大好きだよー」
エイミンはメリーちゃんに抱きついた。
個人的にはこういうの好きなんだけど、マディーさんはというと、何とも微妙な顔をしていた。どういう気持ちか読み取れない。
「ご主人様は好きな人いるの?」
「えっ?」
自分に返ってきて驚くマディーさん。
「えーと……、いないよ」
やや考えてからいないと答えた。
「そっか。好きな人がいると毎日が楽しいよね」
まるで恋人がいるかのように話し出す。嬉しさが声と表情に出ている。
「戦士のご主人様は好きじゃないの?」
「えっ?」
「いつも一緒にいる仲間なんでしょ?」
エイミンの質問に即答できなかったマディーさんは、戦士のご主人様を見つめる。
「やべー、俺嫌われてたみたい」
冗談の口調で笑ってみせる。
戦士のご主人様は楽しみ方をもうマスターしてるみたい。
「そ、そんなことないよ」
「俺は好きだぜ!」
戦士のご主人様はマディーさんに抱きついた。ビックリするマディーさん。
メイドの中にはBL好きな娘がいるから、こういうの見たら喜ぶんだろうな。ただし、イケメンに限るとは思うけど。。
「えっと……」
マディーさんはこの状況に適応できずにいた。
「マディーの魔法で助けられてることはよくあるからな」
この流れで普段は言えない本音を言うなんてにくい奴だ。
「マディーの魔法は天才なんだよ。普通の魔法使いが使わない魔法を身につけて、戦闘に応用するんだよ」
「別に天才じゃないよ」
「じゃあ秀才か。まあ言葉なんてどうでもいいんだけど、料理で味を染みこませるために、一瞬で数十分たったことにする魔法があるんだ」
これはジルクさんも使える魔法だ。しっかり味を染みこませるために、本来なら数十分はおくべきなんだけど、それを一瞬ですましてしまう魔法。
「その魔力を強くして、何十年後にするんだよ。さっきまでメチャクチャ強かった敵が、老化して動きが遅くなったし、パワーもなくなったしで、楽勝できたんだ」
褒められて照れてしまうマディーさん。
「魔法のアレンジは僕の趣味だから。すごいとかじゃなくて、発展させてるだけで、ある程度の技術があれば誰でもできるよ」
「謙遜しないでください。こんな魔法聞いたことないですよ」
俺はマディーさんを褒める。エイミンの件で自爆ったから、そのままお出かけさせるわけにはいかない。
「魔法の勉強もいっぱいされたんですか?」
シルリーたんの質問にマディーさんは答えた。
「たぶんいわゆる魔法使いの魔法は平均的だと思うよ。趣味のアレンジ魔法が特種なだけで」
「でもそういう魔法って、使うの難しそうですね」
「魔法理論を理解してれば誰でもできるよ。どこの部分を強化すべきかがポイントだからね」
「他にはどんなアレンジ魔法があるんですか?」
シルリーたんは興味深く訊いていく。やはり魔法にも興味があるんだと思う。
マディーさんも自分に興味を持ってもらえて嬉しそうだ。
「そうだねえ。気持ちを楽しくさせる魔法も使えるかな」
「気持ちを楽しくさせる魔法?」
「怒りっぽい人や、落ち込みやすい人に使う魔法なんだけど、モンスターの殺人衝動が強い場合に使うと、動物が遊ぶようになるんだ。自分の尻尾を追いかけてその場でグルグル回ったりね」
「魔法詳しいんですね」
「いやー、それほどでもないよ」
照れながらシルリーたんへの眼差しが、ハートマークになっている。
推し変早いよ。
そのときだった。
「街に巨大なモンスターが接近中。冒険者の方々は撃退をお願いします」
街中に冒険者へのメッセージが流れた。
次回は二人の冒険者がモンスターを倒しに行くのを見に行く回になります。お楽しみに。