第四話
お二方に評価していただきました!!
過分な評価を、ありがとうございました!!
ロージアン王国に到着したその夜、俺たちはどの国でもそうであったように歓迎の夜会に出席していた。
3年前にどん底に突き落とされた場所とは違うホールでの夜会。煌びやかな貴人に紛れた俺たち。自分たちが綺麗な布に落ちた黒い染みみたいに感じるようになったのは3年前からだ。自覚してしまえば、違う視点で夜会を眺められる。楽と言えば楽だった。
この夜会での貴族たちは、これまでの国とは違っていた。
どこか冷徹に、観察されているような視線を感じる。これまでの国は、どこか浮ついた熱気を感じたものだった。金塊を前にした欲深い商人なら浮かべるであろう、打算に満ちた顔。それがこのロージアン王国では、全く感じないわけではないが驚くほど薄く感じる。
3年前の、ソニア姫の言動は未だに多くの人間の記憶に鮮やかなのだろう。だから俺を取り込める可能性は低いと思っている。だからじゃないかと、思う。
ソニア姫は、新婚の国王夫妻と共に談笑していた。
あの青い微笑みとは違う、親しげな笑顔。透き通るような笑い声まで聞こえてきそうだ。
今夜の彼女は、艶やかな黒髪を結い上げ、黒と見紛う濃い、青のドレスを着ていた。慎ましく胸元を覆い隠しているそのドレスも、彼女の綺麗な鎖骨を隠すことはできていない。柔らかな曲線を描く胸元に、すっと美しい立ち姿。どれほどの男が劣情を持って彼女を眺めているのか、そう思うと腸が煮えくりかえるような焦燥に駆られる。
「勇者様、それほどよそ見をされては、クラリアは悲しいですわ」
最初のダンスを、この国の王妹と踊っているとそう詰られた。
この国で、独身で最も身分が高い人間は、国王の妹である17歳のクラリア姫だ。国王自身がまだ25歳と若く、しかも新婚であるので”王女”はいない。
「申し訳ありません、クラリア姫」
どうしても、目が彼女を追ってしまう。俺たちを送り届けてすぐに姿を消してしまったソニア姫の姿を。
クラリア姫はクスクスと軽やかに笑った。
「やはり勇者様はまだ……」
いたずらっぽそうな笑顔に、どう答えたものか悩んだが、クラリア姫は返事を必要としていなかったらしい。さらっと話題を変えてきた。
「勇者様、わたくし、謎解きが大好きなんですの」
そう告げてくるクラリア姫に、しかし特別なスキルはない。最も、貴族王族に必要な話法や礼儀、ダンスに関するスキルはあったが。かくいう俺も持っている。魔王を倒してからの各国歴訪の、わりと初期に手に入れた。3年前に手にしていれば、何かが変わっていただろうか?いや、何も変わってはいなかっただろうな。見せかけに左右される人じゃない。
それにしても面白い姫だ。謎解きが趣味とは。
「謎々がお好きなのですか?」
優雅に見えるターンを彼女と披露しながら俺はそう聞いた。
「まぁいいえ?そうではなく……例えば、”なぜ魔王を倒したのに、勇者様は各国を巡礼しなければならないのか?”ですとか、”どうしてあのソニアお姉様が勇者様を手ひどく振ったのか?”といった謎を解きたいんですの。色々な情報を集めては捨て、最後には直感で推理しますの。面白いでしょう?」
クラリア姫は可憐な微笑みを浮かべ、典雅なお辞儀をして俺とのダンスを終えた。
……俺は、この国の女性とは相性が悪いんじゃないかと思う。
夜会で出される豪華な食事も、試されるような視線の中では楽しく味わう術もない。
俺たちは空腹ではないが物足りない腹を抱えて、与えられた豪華な客室に戻った。そこでは、俺たちにつけられた侍女のチェルシーが、穏やかな笑顔で俺たちを迎えてくれた。
「お疲れでございましょう?……夜会の食事ほどではございませんが、夜食を準備してございます。お口汚しにいかがでございますか?」
自分の欲望に忠実な、ディモシーがまず歓声を上げた。
「やった!チェルシーちゃん大好きだよ」
軽い男の褒め言葉に、チェルシーは穏やかに微笑んだ。
「ソニア様のご厚意でございます。あれでは召し上がった気にはなりませんでしょうから、と」
我ながら一瞬、動きが止まったのが分かる。
「……ふうん?平民のご機嫌取りもうまいんだね」
ディモシーの言葉に、チェルシーの表情が僅かに歪んだ――ように見えたが、すぐに穏やかな笑顔が全てを覆い隠した。
「――すぐにご準備致します。それまでどうぞ、おくつろぎくださいませ」
深く頭を下げたチェルシーの、たった今発動したばかりのスキルは、”プロの矜持”。
「……ディモシー、後で謝っとけ」
準備のために退室したチェルシーを見送ってから、俺はディモシーにそう言った。俺もディモシーもコーネストも、他人のスキルを見ることができる。現に、ディモシーの顔色は若干悪い。
「……了解」
ご飯をくれる人には逆らわない。スラムで生きる鉄則は、今でも俺たちの体に染みこんでいた。
ささやか、と言いつつ饗された夜食は充分にうまかった。
「ありがとう、チェルシー」
礼を言う俺たちの後、ディモシーが恐る恐る顔を出して上目遣いに謝った。
「あの、ごめんね?チェルシー」
20歳の男がやるには可愛すぎる仕草も、ディモシーは少しも不自然には見せない。
「いえ、どうぞお気遣いなさいませんよう」
深く頭を下げるチェルシーの、スキルは未だに発動中。
「――なんであんなに怒っちゃったんだろうなぁ?」
俺たちだけになった部屋で、ディモシーの途方に暮れた声が響いた。俺も同感だ。
「王族、という存在は、それだけ国民から慕われているということではありませんか?しかもソニア姫は国民にとって英雄ですらあります」
「でも僕らだって勇者なのにね?やっぱり自国贔屓なのかな?」
ディモシーは首を傾げている。
「あなたの無礼さに、彼女も驚いたのでしょう。わざとでないなら、気をつけるべきですよ」
コーネストの言葉に、俺も頷いた。鼻持ちならない貴族に喧嘩を売るならともかく、真っ当に働いている女性を怒らせるのは良い趣味ではない。
「はいはい。さ~、そろそろ寝ようよ。さすがに疲れたな」
ソニア姫を思ってしばらく眠れない夜を過ごした俺は、ディモシーの言葉に頷いた。
この城のどこかに彼女がいる。
俺が彼女を手に入れたいと願えば、止められる人間はどこにもいない。
昨日まで、ある種の恐怖と共に感じていた愉悦は、今や俺を心から満たしてくれていた。
今夜は良い夢を見られそうだ。
読んでくださってありがとうございました!!
インターネット事業者を代える過程で、午後からネットに繋げなくなってしまい昨日はアップできませんでした……すみません!
今日はこれからもう一話投稿します。よろしくお願いします!