第一話
しばらくソニア視点・過去話になります。
ソニアの幼い頃の夢は、家族が揃った夕食だった。
両親が微笑みを交わし、そのままの笑顔で自分を見る。そうして目線だけで抱きしめ合うような家族を夢見ていた。
だから彼女が両親に褒めてもらうため、才能があると言われた魔法の勉強に打ち込むのも仕方の無いことだったし、その才能を買われて国の防衛を従兄から託された時、全力で頑張ったのも仕方の無い話ではあった。だが結局、ソニアの夢は多くの仲間を死に追いやった。両親に褒められたがった少女は、仲睦まじく微笑み合う両親の姿を夢見たソニアは、仲間を喪った今ではどこにもいなくなっていた。ただ、取り返しの付かない過去に苦しむ一人の女がいるだけで。
ソニアの父は、前国王の弟だった。
母は伯爵家の令嬢だった。王弟が強くこいねがって手に入れたソニアの母とは、結局うまくいかなかった。ソニアが幼い頃は取り繕えていた関係も、長じては完全に冷え切り別居状態だった。
「ごめんなさいね、ソニア」
母はいつもそうソニアに謝った。夫を愛せない自分を、娘に温かい家庭を与えてやれないことを母はいつも詫びていた。それでも、父との関係を改善しようとだけは、してくれなかった。
「ソニアは素晴らしい才能を持っているな。その力で、民を守ってやるのだぞ」
父もソニアを愛してくれた。だがその優しい言葉が母に向かうことは無い。母がいない間だけ別邸にやって来てソニアを可愛がり、母の気配がする前に別邸を去って行く。ソニアを愛してくれる父と母は、彼らだけが家族では無かった。
「ソニアのせいでは、ないのだろうけどね」
従兄が困った顔でそう言った。
そう言う従兄は、家族としては愛していても、国王としては無能な父親をどうするか悩んでいた。否、正確にはいつ決断するかを迷っていた。従兄が取るべき行動は決まっていたので。ただ親子としての情だけが、従兄に決定的な行動を思いとどまらせていた。もっと穏便なやり方は無いか、模索する日々が無駄だったとは思わない。思いたくない。だが、その過ぎ去った時間の分だけ、ソニアの仲間は喪われたのだ。
従兄がついに国王になった日。
ソニアが国を守るために孤独な戦いを始めた日。
従妹が父を喪った日。
全ての日が同じで、だから従兄は妹に何も教えたくないのだろうとソニアは思う。
有力貴族の切り崩しに悩む従兄に、命令に従わない魔法使いや騎士の愚痴を言う気にはなれなかった。だからソニアは自ら、国を守るための戦士を集めたのだ。身分も、性別も問わなかった。
男爵令嬢のミュリーラだけが、”あの日”以前からのソニアの味方だった。優れた回復魔法の使い手でありながら望まぬ政略結婚を強いられていた彼女を、ソニアが仲間に引き入れたのだ。
騎士オーガスは、父が差し向けてくれたソニアのための騎士だった。
侯爵家次男のイーデリックは、ソニアに憧れつつ魔法剣士としての力を発揮してくれた。
騎士ニコラーク、騎士ダーレントは騎士団から脱退してまでソニアに従ってくれた。結局守りたいのは家族なのだと照れながら。
下級騎士であるローマイクは、残された妹を守りたいと志願してくれた。
下級神官のニコラウンは、神殿から破門になりながらもこの国のために戦うと誓ってくれた。
男爵家三男のアントムは、どうせ要らない命だから好きに使えと笑い、その幼なじみの女性騎士マドリーンは、アントムが心配だから見張っていますと笑った。
スラム街から拾い上げたパットは、上品なやり方じゃ無くても戦えると証明してやると笑った。
ソニアの世間知らずを笑ったマルコット、訓練嫌いのルドウェン、女たらしのエグバート、もじゃもじゃ髭で子供好きのメレデリック。ソニアに憧れていると言った少女達・ユーフィア、エイミリア、ジャスリン。いつも3人で仲良く笑っていた。ハンナとメロディスはトラヴィスという憧れの君目当てで入隊し、ライバルでありながら親友だった。トラヴィスは自分を巡る恋のさや当てに満更でも無く笑っていた。スラム出身の青年ボビーとヒュー。荒んだ目をした彼らが、いつの間にか真っ直ぐな目をするようになっていた。ルドレンダは伯爵の庶子で、義理の姉を見返してやりたいと暗く笑っていた。その彼女が、スラム出身のヒューと恋仲になるなど誰が想像しただろうか。イーディ、ジェラム、レイモンに至っては村人だった。狩人で、狩りからモンスターを倒すようになった強者。彼らの誰もが妻子を持ち、最も騎士達と並んで実戦経験が豊富だった。ジェフリー、ギル、ダンカリーは、商人見習いでありながら戦闘経験もあり、見習いよりも家族を守りたいのだと胸を張って言っていた。
生き残ったのは、4人。
ソニアはその日、勇者に出した親書の返事を待っていた。
ヒーストル村近郊に魔族が出現したとの一報を聞き、ソニア達はヒーストル村で待機していた。今にも雨が降りそうな曇天の中、村長の家で待機していたソニアの元に元神官のニコラウンが駆け込んできた。手には書状。その蒼白な顔。
「――っ姫様」
それ以上の言葉も無く、書状を手渡される。それだけでソニアには返事が分かった。全身にどっしりと重みがかかり、期待していないと言いながらも勇者という存在に寄りかかっていた自分を思い知らされた。
「――勇者様は、こちらはわたくし達に任せるとのことです。ブリディン王国東部でも魔族が出現したため、勇者様方はそちらに向かわれるそうですね」
ソニア自身にも、己の顔が蒼白になっている自覚はあった。
「ソニア様」
ニコラウスと話している後ろから、イーデリックが声をかけてきた。
ソニアはイーデリックを王宮に帰そうとしていた。彼は侯爵家の次男だ。さらには侯爵自身が反国王派。彼の身に何かあった時に、従兄が困る。そう思って追い返そうとしていたのだが。
「イーデリック殿」
厳密に言えばイーデリックは”公女隊”ですらない。従兄の政敵の息子を部下にしたくはなかったソニアが彼の入隊を拒否していたのだ。だからイーデリックはいつも、許可無く公女隊の味方として戦っていたことになる。
「帰りませんよ。勇者様が来ない。ならば全力でことに当たるべきです」
そう言うイーデリックの顔もまた青ざめていた。
「いえ。――死んでください。わたくしと共に」
命を賭しても、公女隊が全滅しようとも魔族を討たねばならない。早急に魔族を討たねば、彼らは人間の絶望を吸って強くなってしまう。まだ、今なら。勇者がいなくても、命を賭すればあるいは。そう思うソニアの決死に満ちた顔を眩しそうに見つめたイーデリックは、不意に相好を緩めて蕩けるように笑った。
「御意」
騎士としての正式なお辞儀を、彼はソニアに捧げた。
後になってソニアは思う。
命を賭けると簡単に思った自身を、その苦しみをあざ笑う。
仲間を捧げて得た勝利は、ただひたすら苦い物だったのだ。
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