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第十一話

お一方に評価していただきました。

ありがとうございました!!


 ウジウジしていたらいつの間にか3日経っていた。

 常にあの人の所在は掴んでいたが、あの夜のことでどういう顔をすればいいのか分からず、結局部屋に籠もりっきりだった。

 この国での用事は――というよりこの世界に対する俺たちの義務は終了したので、俺たちがこれからどこに行こうと自由だ。裏返せば俺はさっさとこの城から出て行け、と見なされているということでもある。俺がここにいる正当な理由はもうないのだから。

 だが不思議なほどにそういった空気は感じなかった。

 あの人を夜、部屋に呼んだ俺に対する反感はあっても、この国(ロージアン王国)から出て行けという空気は侍女のチェルシーからも部屋の前で誰かを護衛している騎士からも感じなかった。

 この国の人間は、俺を疎みつつも受け入れている。相反する不思議な感情に、俺は首を傾げるばかりだった。



 そんなある日。

 あの夜から3日目の昼に、嵐は訪れた。

 王妹・クラリア姫が嵐を呼んだのだ。俺の心に。

 俺たちの部屋を訪れたクラリア姫の顔色は蒼白だった。

 王族らしくもなく、前置きもそこそこに俺に――俺たちに向けて問いかけてくる。どれほどの緊急事態かと思えば、それは3年前の話だった。脱力、とまではいかないが俺の心情的には『そんなことを今さら聞いてどうするんだ?』という、緊迫感を感じ取って強ばった体を恥じるようなところがあった。

「3年前の6の月、ですか?あのヒーストル村での事件があった時でしたよね?我々は隣国のケンブリーという町におりました。それが何か?」

 俺の代わりにコーネストが答えた。

「ケンブリーは、馬を駆けさせればヒーストルまで半日もかからない場所だと伺っております」

 クラリア姫は思い詰めたような顔をしていた。

「えぇ。ですから我々も迷ったのです。当時、隣国のブリディン王国でも魔族の襲撃がありました。ですがヒーストル村とは逆方向で……。ですから、ロージアンの神殿長様から、救援は不要との手紙をいただいてホッとしたものです。さすがは天才と謳われたソニア姫。心配していたのですが魔族もあっさり退けてしまわれた。我々の心配など不要でしたね」

 そうだ、俺たち勇者の助けなどいらぬとばかりに寄越された手紙に、俺は憤りつつもソニア姫の強さに憧れたのだ。

 どこの国も俺たちに頼った。その中で助けは要らぬと、伸ばした手を叩き落とされることは爽快でもあったのだ。

「――神殿長が……」

 クラリア姫が、驚いたような顔をした後、なぜか納得したような顔をした。

 それから彼女はひどく迷ったような顔になった。何度か口が開きかけては固く閉じられ、まるで言うべきか言わざるべきか迷っているみたいに見えた。

「……勇者様方は、当時の神殿長をご存じですか?今のキャエット神殿長が着任される前の、レイシュア神殿長を」

 俺たちは顔を見合わせた。俺だけではなく、神官であるコーネストも戸惑った顔をしていた。

「いえ、面識はありませんが……」

 クラリア姫は青ざめつつも毅然とした顔で俺たちを見渡した。

「レイシュア神殿長は、国王である兄と対立していました。対立派である幾つもの貴族と癒着し、汚職を繰り返し、そのことが原因で辞任させられました。……あのヒーストル村の件が、きっかけになったのでしょう。ヒーストル村のことがあってからすぐに彼は辞任しましたから」

 俺たちは顔を見合わせた。そうして、お互いの顔に疑問符が浮かんでいるのを見て安心する。クラリア姫が何を言いたいのか分からないのは自分だけではないのだ、と。

「あのさぁお姫様、何が言いたいわけ?神殿長の件とヒーストル村の件、どういうつながりがあるの?」

 こういう時に率直に聞けるのがディモシーの良い所だ。俺たちはディモシーを盾にして頷いた。

 クラリア姫は、そんな俺たちを馬鹿にするでもなく痛ましげな顔をした。深く俯き、そうして思い切ったように顔を上げた。

「26人が、戦死しました」

 一瞬、俺たちの動きは止まった。

「お姉様の率いる”公女隊”30名のうち、26名がヒーストル村の件で戦死したのです。お姉様が勇者様に救援を請う親書を送られたと聞いています。受け取っては――いらっしゃらないのでしょうね。分かります。当時レイシュア神殿長も勇者様の救援を待てと強く主張していました。ですからお姉様も彼に託したのでしょう。勇者様は神殿と縁が深いのですから。ですが誰かが――握りつぶした。(国王)に近しいお姉様が死ぬことは、そのまま兄の力を削ぐことに等しいのですもの。そうしてお姉様でさえ敵わなかった魔族を勇者様が討つことで、反国王派の地位を盤石なものにしようとした……」

 クラリア姫はうわごとのように喋っていた。俺たちという、聴衆のことをまるで気にしていないようだった。俺たちは、お互いの顔が蒼白になっていることに気づいている。

「――そうして、勇者様は3ヶ月後の9の月、お姉様に求婚なさった」

 クラリア姫の、固く強ばった顔の中でギラギラと目だけが輝いていた。

「未だ、失った者の大きさに苦しむ、お姉様に……」

「やめてくれ……」

 俺は呻くしかできなかった。

 あの人が俺を拒絶する理由が、今ようやく分かった。

 遅すぎるほど遅い。けれど、と俺は思った。けれどあの人の尊厳を決定的に傷つける前だったことを、俺は心底女神に感謝したのだった。



 沈黙を破ったのはディモシーだった。

「あのさ、……公女隊の悲劇に同情はするよ?でも、それってアルの、俺たちのせいじゃないよね?」

 俺は体を震わせた。本当に?本当に俺たちのせいじゃないのか?俺たちは、たった一通の手紙を信じてあの人を見捨てたのに?

「その通りですわ。悪いのはレイシュア神殿長であり、さらに言うなら、兄のせいなのですから」

 顔を上げると、クラリア姫は悲しそうに微笑んでいた。

「いくら即位から間もないとはいえ、反国王派を御しきれず、結果的にこのような大きな犠牲を招いてしまった兄に、最終的な責任はあります」

「それは、いや、そこまでは言ってないけど」

 ディモシーがしどろもどろに答えた。俺も、クラリア姫の言葉に居心地が悪くなる。と同時に、生まれながらの国王であるように見えたジャスター王の過去を知って、余計に居たたまれなかった。あのすました顔に、どれだけの思惑や感情を秘めていたのか、想像すればするほど頭が痛くなる。『謎々の答えは3年前にある』という言葉は、確かに正しかったのだ。

「――俺は、憎まれて当然だな」

 少し泣きそうになった。今までは、自分の感情を武器にできた。理不尽にフラれた過去を盾にして、どんな汚い考え方もできた。だが彼女を始めに傷つけたのは俺だったのだ。あの人を助けず、あの人の過去を知ろうともせず。暢気な顔で求婚して。

「それは違います。違う、と思いますわ」

 ところが意外なことにクラリア姫は俺の考えを否定した。

「お姉様が本当に憎んでいるのはきっと……」

 そう言って呟くように言った。

「ご自身だと、思うのです――」

 俺は顔を上げ、クラリア姫を問いただそうとした。が、扉を性急に叩く音で遮られる。

「――誰かな?」

 強ばった俺、じっと深く俯いて考え込むコーネストの代わりにディモシーが返事をした。

「騎士オーガスと申します。至急、お伝えしたいことが」

 扉の向こうの声には聞き覚えがある。狼の魔物と戦っていた、ソニア姫の騎士だ。

「ん~?まぁどうぞ」

 怪訝な顔をしながらディモシーが許可を出す。

 扉の向こうから現われたのは、殺気だった騎士だった。

「――何があった」

 咄嗟に立ち上がった。騎士の表情に、嫌な予感が込みあげる。

「魔族が、現われました。ソニア様は足止めをなさると、我々を置いてお一人で!」

 ぞっとするような喪失の危機に、俺の体が凍った。

「っすぐ行くっ!どこだ?!」

 俺は叫びながら歩き始めていた。



読んでくださってありがとうございます!!


2017/02/14、改稿しました。

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