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第十話


 小さく、しかしはっきりと部屋の扉がノックされた。

 皆が夕食を終え、未だ寝静まらない程度の時間だった。

 俺は返事をするより早く、扉まで歩いて自分でその扉を開いた。

「――姫」

 ソニア姫は、髪を解き夜着にローブを纏っただけの姿でそこに立っていた。見回すまでもなく、誰もついて来てはいない。

「……参りました、勇者様」

 目を伏せ、青い微笑みの仮面をつけて彼女は笑った。

 この部屋から王族の住んでいる部屋までの道のりは、近いとは言えない。その道のりをこんな姿で歩いてきたのかと思うと、腹の底が熱くなるような気がした。

「どうぞ、中に」

 せめてこれ以上彼女の姿を誰にも見せたくなくて部屋に招き入れる。もちろん他意はあった。だが、何事もなく帰せれば、という気持ちが全くなかったわけではない。

 扉を閉めて振り返ると、彼女が部屋の中を見回している後ろ姿が見えた。怯えというより物珍しさが先に立っているような姿だ。男の部屋が珍しいのだろうか?そう思って俺は笑い出しそうになった。当たり前だ。この人が、この王妹であり国の英雄であるこの人がおいそれと男の部屋に馴染むはずはない。

「珍しいですか?」

 それでもそう問いかけたのは、彼女の声を少しでも聞きたかったからだ。

 ソニア姫は俺に向き直り、少し面はゆそうに頷いた。青い仮面が、この時だけは薄く見えた。

「こういったことに詳しくはありませんので……。侍女にも聞いたのですが、教えてもらえなかったのです」

 彼女は思いきったように顔を上げて俺を見た。漆黒の、吸い込まれそうな瞳が俺を見上げている。彼女が少し、俺に歩み寄った。おずおずと、彼女の白い手が俺に向かって伸びてくる。

「何を、ですか?」

 彼女を脅かさないように、俺は小さな声で聞いた。

 ソニア姫は手を止め、少し困った顔になった。

 初夏の夜は虫の声がうるさい。窓を閉めていても微かに鳴り続ける。それなのに今だけはどんな音も聞こえなかった。彼女の、小さく潜めた息遣いも、果てはその胸の中で響く心臓の音まで聞こえるように思った。

「わたくしは、閨のことについて詳しくないのです。ですから、その……」

 そう言って彼女は顔を伏せた。迷ったように言葉を探すその頬が、僅かに紅潮しているのが黒髪の隙間から見えた。

「どう、振る舞えば良いのか……」

 伸ばされた彼女の右手が戻され、彼女の左手が右手を抱き込んだ。自らを抱きしめるその仕草は、彼女の不安を俺に訴えてもいたがそれ以上に魅惑的な体の線を露わにもしていた。

「俺に、好きなようにされてもいいんですか」

 自分の声が、俺にも驚くほど冷たく響いた。彼女がぎゅっと自分を強く抱きしめる。そんなのは逆効果でしかないのだが。

「――は、い」 

 彼女はぎゅっと目を閉じて頷いた。哀れで可哀想で愚かで可愛い。侍女が教えてくれない?正当な結婚でもなく、ただ穢されるだけの夜のために何を教えるというのだ。

 ソニア姫が、固く閉じた目をそっと開いた。

「どうぞ、勇者様のお好きなように」

 これまでに見るどんな顔より青く、蒼い仮面が彼女の顔を覆う。再び目は伏せられ、緊張も怯えも恐怖も全てを覆い隠す。

 耐えられなかった。

 魔王に捧げられる生け贄みたいに振る舞われるのが嫌で、彼女の心を欠片でも知りたくて、俺は彼女のスキルを()た。


 喪のベール


 発動中のスキルはそれだった。効果は、自分の感情を隠すベールを作り出すことだった。

 だが、喪。

 彼女は誰かの喪に服しているのか?誰の?……恋人の?

「”喪のベール”」

 俺がそう言うと、彼女の肩が僅かに揺れた。

「誰の喪です?」

 聞かずにはいられない。そうしてつまらない嫉妬をぶつけずにも。俺は彼女の肩をしっかり掴んだ。彼女の顔が、ベール越しにも痛みで歪むのが分かった。

「あなたが喪に服す、その相手を墓から引きずり出して八つ裂きにしたい」

 呪詛みたいな、ぞっとするほど冷たくて粘ついた声が出た。


 パシン


 一瞬、何が起こったのか分からなかった。

 彼女の白い、か細い手が俺の頬を打っていた。

 彼女の目は強く俺を見据えていた。

 あぁ、あの時と同じ目だ。俺が3年前、彼女に求婚した時と同じ、強い拒絶を表した眼差し。

「許しません」

 ソニア姫はベールをかき消した。強く、強く俺を見据える。

「わたくしが無能であった故に死に追いやった者を愚弄することは、許しません。――あなただけには、決して」

 強い拒絶に、俺の手の力が緩んだ。

「帰ります」

 彼女は俺の手を振りほどいて身を翻した。その背中を捕えて押し倒して穢すことが、俺にはできる。できる、はずだった。だが俺は、強い拒絶を表す華奢な背中を、ただ見送ることしかできなかった。






 翌朝。

「馬っ鹿じゃないの?あれだけ飢えきった顔しといて、ソレなの?狼じゃなくて犬だったんだ?」

と、ディモシーには馬鹿にされ、

「これも女神様のお導きでしょう」

と、コーネストにはカッコ良さげにまとめられ、俺はちょっと泣きそうになった。

 2回もフラれた俺を誰か慰めて欲しい。そう思った俺だが、恐らく事情を知っている侍女のチェルシーからも冷たく当たられ、部屋の隅に丸くなるしかなかったのだった。




読んでくださってありがとうございました!!


昨日はすみませんでした!

咳が止まりませんでした!


ようやくヘタれを出せました。

そうです、彼は口だけなんです(笑)

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