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姫はこの国、唯一の儀式場の入り口で準備していた宮廷魔術師であるイシュバーンと合流する。

「お待ちしておりました。準備はつつがなく終えて、いつでも儀式に臨むことができますぞ。」

イシュバーンはトレードマークである白髪のカイゼル髭を摘まみながら胸を張っている。

「ありがとうイシュバーン。あなたは避難しますの?」

「この老骨でも万が一の時は姫様の盾になる程度の力はありますぞ。それに長年、姫様と共に研究してきた成果を見ずに死ねないですのう。」

「あら、嬉しいわ。若輩者では対処できないこともありますもの。もしもの時は期待しているわ。」

「もしもが起きないように祈りましょうかのう。」

二人は笑いあい儀式場に入る。

ある程度の広さと高さを持つ地下室であった。全体が見渡せるよう等間隔に灯りがある。

殺風景な部屋だが儀式に必要な機能と安全装置が組み込まれているらしい。詳しくはイシュバーンも教えてくれなかった。

「姫様、今さらという気がしないでもないですが、確認いたしましょうぞ。」

「ええ、覚えていますわよ。『複雑な儀式ほど行使する者の些細な認識の違いから失敗するリスクがある。最後の認識のすり合わせこそ、省略してはいけない』ですわよね。」

「その通りでございます。良いですか。これから行使する儀式魔術は先々代国王がこの土地の調査をする上で偶然発見したイニシエより続く大地に眠る力『チミャク』より星の記憶にアクセスし仮初めの器に必要な物語を注入することで生まれる魔神を召喚し契約を結ぶことで助力を得るというものですぞ。」

「ええ、先々代は膨大な力と星の記憶へのアクセスという本来ならば成し得ることができないはずの行為をこの土地でのみ行えると知り、国を守る方法を模索しましたわ。そして記録が不明瞭なところもありますが儀式魔術を完成させましたわ。ただ勘違いなさるかもしれませんが、星の膨大な記憶に人の基準の善悪はないですわ。人や命あるものの心を強く揺さぶる記憶が導かれ注入されるため生まれる魔神は救国の英雄であることもあるが、ただ民を虐殺した暴君であることも考えられますわ。」

「そのため、この魔術の肝は契約という形で絶対的な力の塊である魔神を抑えることに成功しました。わかりますかのう。あくまで主導権は我々にあるのです。」

姫は用意されていた祭壇に近づく。

「そう、本来ならば問題ない魔術ですが、先々代は契約の穴を突かれて自国民を虐殺されてしまいましたわ。私達は想定される穴を潰し望む契約を結ぶことが必要なのですわ。そして、許容できない契約の場合は契約せずに儀式を終わらせなければなりません。さて、いきますわよ。」

国王より預かった宝石を祭壇に供えると光が漏れ祭壇を中心に複雑な陣が描かれる。姫はさらにわざと途切れさせていた陣の線を繋ぎ直す。

「星の根源に繋がる力『チミャク』へ接続。得られたエネルギーを陣に流しますわ。」

弱々しかった陣の輝きが強まり色を変える。

「ふむ、ここまでは問題ないようですのう。陣の内容を固定、イメージの注入を始めますが、メインはどちらが務めますかのう。」

「私にお願いいたしますわ。細かい調整などバックアップの方が難易度高いですし」

「姫様なら問題ないとは思いますがのう。それでは詠唱をお願いいたします。」

姫は一度、イシュバーンに頷くと大きく息を吸い込み歌のような、それでいて意味のある呪文にも聞こえる音を奏でる。

合わせるように姫の身体から光が漏れ出し陣から立ち上る光と合わさり混ざり合う。

そこにイシュバーンの身体から立ち上る光が包み込む。

陣によって方向性が定まっていた魔力が姫の魔力に同調し、さらに具体的になる。

イシュバーンは額から脂汗をにじませる。いくら解析が進んでいたといっても国を滅ぼすことのできる何かを召喚するなど恐ろしくないわけがない。

それに比べ姫は恐れていなかった。

無知からくる自信なのか。

別の確信があるのかはわからない。

だが、彼女は信じていたのだ。

今から生まれ召喚される者は私の願いを叶えてくれるに違いないと……

「異界に器の準備が整いました。姫様、強く願いってください。器に注がれる物語を選び取るのです。」

「私は若輩者ですわ。何が最善かなどわかりません。でも、私は民を見捨てることができないのです。どうか、民を思いやる方、私たちを助けてくださいまし!」

光が渦巻き円を描く。次の瞬間、円が割れ空間に穴が空いた。

直感的に確信する。この穴の先には異界が広がっている。先々代も詳しく解明することができなかった物語の流れ着く異界がある。

穴の中は不可思議な煙が立ちこめていて遠くまで見渡すことができない。

だが、少しするとぼやけた黄金色の光が近づいてくる。

「姫様、来ますぞ。」

光はよく見ると複数あるようだった。

イシュバーンは訝しむ。用意される器は一つのみ。だが、近づくごとにはっきりと六つの黄金色が向かってきていることがわかる。

煙の向こう側から現れたのは黄金の甲冑を着込んだ騎士であった。綺麗に二列に並び騎士の手にはハルバードが握られている。

騎士は生気を感じさせない機械的な動きで進む。

そして、二手に分かれると穴の脇に整列しハルバードをお互いにクロスさせ穴を塞ぐようにする。威圧感さえ感じられる姿はさながら王座の前を塞ぐ騎士のようで……

「……っ!姫様、これは謁見でございます。」

姫とイシュバーンは慌てて頭を下げ礼をする。

国によって謁見の作法は違うが頭を下げることに代わりはないはずだ。

騎士から放たれる威圧感が薄まった気がする。おそらく、合っていた。

騎士はやはり、作り物めいた声を上げる。

「偉大なる我等の建国王、そして我が国の勝利の象徴で在らせられる魔法王の御成!」

クロスさせていたハルバードが戻り一度石突きで床を叩く。

シャラリシャラリと布が擦れる音がして穴から魔法王がゆっくりと穴の奥から登場する。

先程の黄金騎士と違い濃密な気配が姫とイシュバーンを緊張させる。

魔法王は軽く手に持つ杖をで床をノックして口を開く。

「面を上げい。現世を生きる者よ。」

ゆっくりと姫は顔を上げる。ここで慌ててはいけない。無礼があれば黄金騎士が黙っていないだろう。

魔法王の足元から視線を上げていく。

何の革でデキているかわからない履物、光を吸収しているかのような漆黒で輪郭が曖昧なローブ、指には簡素ながら見事な宝石の付いた指輪、手に持つ杖はローブと同じように光を吸収する柄に赤く怪しい光を灯した巨大な宝石が付いている。

そして、声の質からは考えられないほど若い顔は血の通っていないと思えるほど白い肌に赤褐色の髪、髪より明るく透明度の高い眼と作り物めいていた。しかし、目に宿る意思は穏やかでいて生気を感じさせる。

姫は魔法王という名前と彼の見た目で確信した。

ああ、私は彼の物語を知っていると……


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