始まり
初投稿となります。社会人なので不定期連載ですが読んでいただけたら幸いです。
簡素な城の一室に豪奢とは言えないドレスを身につけた女性が窓辺から外を覗いていた。
慣れ親しんだ庭には、慌ただしく駆け回る兵やメイドの姿がある。
彼女は彼らを見ながら唇を噛んだ。心に浮かぶのは後悔と理不尽に対する怒りのみ。他の思いは激流のような感情に流されて形になる前に消えてしまう。
「姫様、」
いつの間にか後ろにメイドのヘレンが立っていた。
「ヘレン、現状を報告なさい。」
「は、帝国軍は問題なく渓谷を抜け谷の大門に取りついた模様です。攻城兵器の類は見当たりませんので大門の攻略には時間がかかります。姫様、今のうちにお逃げください。」
ヘレンの必死の訴えに彼女は自嘲混じりの笑みを浮かべた。
「逃げる?この四方を険しい霊山に囲まれた国のどこに逃げろというの?勘違いしてはいけないわ。ヘレン、私たちの先祖が逃げた先で建国したのが今の国なの。私たちには逃げる場所なんてないのよ。」
「しかし、このままでは蹂躙されるだけです。戦っても……勝ち目はありません。敵の数、質、装備、どれをとっても勝ち目はないのです。せめて、姫様だけでも逃げていただかなければ我々は……」
「ヘレン、その先は言ってはいけません。あなたの気持ちは充分に伝わりました。ありがとう。」
姫はもう一度、庭を駆ける兵たちを見ると決意した顔で窓辺を離れる。
「ヘレン、父の所へ行きます。ふふ、先触れを出す意味もなさそうね。」
「姫様?何をなさるおつもりでしょうか。ヘレンは心配です。」
「簡単なことよ。どうせ、死ぬのなら最後まで抗うだけのこと。」
ヘレンは戸惑いながらもドアを開ける。姫の顔には、これから自分が引き起こすことへの恐れと一縷の望みが透けてみえた。
国王の政務室で独りの男はうなだれていた。初老に入るかという顔には後悔と不安が色濃く出ており、人前に顔を出すことはできない有様であった。
机の上には開戦の書簡が置いてあり、何度読んでも帝国からの宣戦布告と降伏勧告の条件について簡素に書かれているだけであった。
内容は絶望と言って良い。我が国の穀物や肥沃な大地で育った作物を関税無しに買い取る。王家は断絶、帝国の支配に組み込まれる。つまりは植民地である。
男は煩悶する。王家の断絶という文字が彼を悩ませる。
植民地だけならば雌伏の時を待てば希望がある。しかし、王家の者は縛り首という意味ならば未来はないのだ。
コンコン
どれ程の時が流れたのかわからないがノック音に顔を上げた。
取り繕うよう髪を撫でつける。
「開いている入れ」
「お父様、お邪魔しますわ。」
ヘレンが開けたドアから最愛の姫はスカートの裾を摘まむ簡易的な礼をして入室する。
「可愛い我が娘よ。私はヘレンに逃げるよう指示をしたはずだが何故、城にとどまっておる。いつ帝国が国に入るかわからぬのだぞ。」
「お父様、その話は先ほどヘレンとしましたわ。四方の山に踏みいるなど、死にに行くようなものですわ。どちらでも変わりません。」
「愚か者。かの山は霊山、険しい山ではあるが我が一族を逃がすためなら祖霊が力を貸してくれるに違いない。」
「その言葉、そっくりお返しいたしますわ。現実を見てくださいまし。あの山はただの山ですわ。逃げても死体が上がるか上がらないかの違いしかありません。お父様、私は許可をいただきに参りましたの。最後の手段である先々代の王が残した術式を起動するための秘宝の使用に関してですわ。」
国王の目が見開かれる。言葉を紡ごうと口を開けるが言葉にならず執務机を叩いた。
「お父様、物に当たるのは美しくありませんわ。」
「黙れ、黙れ。姫よ。我が国の姫よ。自分が何を言ってるか理解しているのか。」
「ええ、当然ですわ。お父様が教えてくださったのよ。」
「なれば、あれを発動させるということが、どのような悲劇を生み出したか忘れたとは言わせんぞ。」
「ええ、わかっていますわ。その術式は我が国を侵略せんと突撃してきた国に対抗するため魔神と呼ばれる霊体を呼び出すことに成功するも、制御を誤って我が国、全人口ぴったり半分の死滅と我が国を害そうとしていた国の大半を消滅させました。」
「その通りだ。あれは危険な術なのだ。当時の王は間違えた。魔神を意のままにできるなどと思い上がった。あれはただ呼び出すだけの道具なのだ。強大な力を持った暴力の塊である。制御など最初から考えられていなかった。不完全な術式なのだ。姫よ。もしや、くれてやるぐらいなら我が国ごと敵を討とうとでも考えているのではあるまいな。」
ジロリと睨まれるが姫はすまし顔であった。
「お父様、魔神はただ無闇に暴れたわけではないですわ。あの報告書を私は読みました。」
「あれは責任を逃れるための方便やもしれんではないか。」
姫は一喝する。
「かの術式と結果は当時の宮廷魔術師、そして私も今の魔術師を従えて解明しましたわ。お父様、私は分の悪い賭だとわかっております。しかし、賭にベットするかしないかを私たちが握っているのですから試さない手はないとも考えているのです。」
国王たる男はジッと姫の目をのぞき込む。
「姫、我々のベットできる物は何かわかっているだろうな。」
「国の守り手であるべき王家の人間、我々の所有する財産のみですわ。国や民を救うための戦いで国や民を差し出すのは間違っていますわ。」
国王はもう一度だけ何かを諦めるように溜息を吐くと立ち上がり執務机の中から見慣れた宝石を取り出す。
「あら、用意しているなんて、お父様も考えは同じでしたのね。」
「あくまで最終手段と考えていた。しかし、現実味のない手段としてだがな。姫よ。我々を民殺しと呼ばせるような結果だけはならんぞ。」
「お父様、私は民の上に立つ王家の者ですわ。ご心配には及びませんわ。」
姫は宝石を受け取るとヘレンを促し退席する。一人になった国王は執務机に置かれた書簡を見ると握り潰し顔を上げた。
「我等は民の上に立つ王族か。ならば、民の後ろで震えている訳にはいかぬか。負け戦ならばせめて有終の美というものを飾らなければいけなぬだろうよ。」
執務室の扉を勢いよく開ける姿に先ほどの情けない様子など微塵もない。彼は国王である。
「我も出陣し大門の防衛にまいる。我と城の防衛は中止し打って出るぞ。それとは別に侍女と若い兵で姫の脱出部隊を編成せよ。姫の儀式が失敗次第、有無を言わさず逃げよ。霊峰の麓を掠めるように帝国軍を出し抜き無理のないルートを模索すれば少人数ならば逃げ出せるはずだ。あとは任せた。」
兵は敬礼し伝令に走る。せめて、姫だけでも逃げる時間を稼ぐしかない。
彼らの戦いが始まった。




