かがやいて
いつの間にか何でもなくなってしまう。川のせせらぎに身を委ねているような無理のない自然なスピートでゆるやかにおだやかに。
行き慣れたスーパーで買い出しをする。どこにでもあると思っていたけれど、特にこの地方に集中しているという鳥のようなマークでお馴染みの。遠出した帰り高速から降りてきた時に最初に目に入るスーパーは地元感を演出する。既に地域には無くてはならない基盤としてある古株のようなものだろうか。閉店一時間前という遅い時刻にやってくるのももはや恒例となっている。仕事終わりで丁度良いのと、半額シールを貼られたおかずを少々手に入れられるのが気に入って、敢えてこの時間に来るようになったのだが、都合よく客も少なくなってくるので駐車もし易く色々と楽である。
<酒は何にしようかな>
晩酌用のおつまみと酒を選んでいた。高校時代、パターン化した親父の晩酌に「少しは高い酒でも飲めばいいのに」と思っていた事があるけれど、いざ自分がそうなってくると普段飲むものはそんなに美味しくなくてもいいんだなと考えを改めた。高くていい酒は飲むときに構えてしまう。本当にジュースと同じ気持ちで手軽に飲める方が選びやすい。
<今日もこれだな>
いつもと同じ、瓶の720ミリリットル。焼酎の良さも基本的には同じことだ。選びやすい。安易に選ぶことに反感を持っていた多感な時期からすれば大きな変化と言えるかもしれない。心の中のまだとげとげしていた頃の自分の残滓が、
『まったく、普通になっちまったな!』
と溜息をついているような気もする。人知れず苦笑してレジに商品で一杯の籠を持ってゆく。変化の少ないスーパーだと思っていたが、最近ではセルフサービスのレジが設置されている。少量の物を買う時はそちらの方が手っ取り早いからセルフを選ぶが、今の場合は慣れている人に任せた方が良い。『あれは気分の問題だ』と思う部分もなくはない。
行き慣れたスーパーの、もう顔も覚えてしまっているレジの店員の落ち着いた動作を目で追い<ああ、日常だな>とぼんやり思う。この動作をこの人は何度も繰り返している。もはや無駄がない。多少齢のいっている人の方が安定感があるような気もする。
「3058円になります」
「じゃあ3108円」
買い出しの量もほぼ同じになっているから値段も予想の範囲内。おつまみが多少贅沢をしたけれど、ほぼ必要なものしか買っていない。それでいいと思える。「ありがとうございました」という声を聞きながらサッカーで袋詰めする。レジが混まないのも閉店近くの良い所である。外に出ると和らいではいるがいまだ冷え込んだ空気に身が引き締まる。
そこからの帰り、土日を見越してゲームショップなのか、レンタルショップなのか分らない店に立ち寄る。DVDコーナーで新作を一通り眺め、目ぼしいものが無さそうだったので旧作の所謂ロボットアニメを幾つか借りた。自分でも趣味が少ないと思うけれど、懐かしさと意外な発見があるという理由で色んなロボットアニメを見るのが最近の趣味になっている。弟がガンダムが好きで、一緒に借りて観たVガンが衝撃的すぎて、若干トラウマになったのもいい思い出。ロボットアニメだと思って観てみたコードギアスが全然ロボットアニメじゃなかったけれど、『紛れもなく名作だった』とギアスにかけられたように友人に連呼している。
だが、主人公であるルルーシュを見ていると何だか昔の自分が叫びだしそうになって、その後の数日間は彼にあてられたような言動をしていたかも知れない。『世界を良くするために、大切な誰かを守る為に』…もし自分がそんな立場に置かれたとしたら本当にあんな風に動けるだろうか?
ヒーローに感情移入して見ている自分は日常生活では意外と現実主義者で、作品で少しばかりの涙を流す事があっても、その後には普通に『暇だな』と思ってしまっている。所詮暇潰しでしかないとは言いたくはないけれど、人生に大きな影響を与えるほどの事はそんなに見つからない。
また冷え込んだ空気を吸って、少し深呼吸する。こうしていると学生時代「ああ、こういう人ってよく居るな」と思っていた大人に一層近づいているような気がする。
<ここで缶コーヒーでも飲んだら完璧だ>
と思って自販機を見てみると何故か見事に飲みたいコーヒーが売り切れ。
「何事も思い通りになるというわけではない」
などと代わりに小さく独りごちてみた。車を走らせ家路に。この時間に流れるラジオのテンションが好きだ。眠気を誘うでもないけれど、朝や昼の元気のいいトーンではなく落ち着きのあるしっとりとしたトーク。
そう、自分は夜が好きなのだ。
そういう思考が頭をめぐった時、なんとなく思いついたことがあった。急きょ方向を変えてまた寄り道。辿り着いたのは市役所近くの公園。もちろんこんな時間なので誰も居ない。そこにある丘のようになっている小高い場所まで移動する。さっきから思っていた事だけれど今日は雲がない空だった。そこで見上げればと思った。
「お…やっぱりな」
それは見事な夜空だった。プラネタリウムもいかほどかというような高い高い場所に浮かぶ数々の小さな光。三日月が浮かんでいて、何となく知っている曲の歌詞が浮かんだ。
「三日月さんが逆さになって…しまったぁ」
足でリズムを取りながら知っている知識を頼りに星の名前を思い出してみる。あれが北極星で、北斗七星で、というように。そういえばこの曲は高校時代、音楽が好きな友人に教えてもらった曲だ。夜は何となく自分が詩的な気分になると気付いているけれど、はるか遠くに輝く天体が光を届けてくれるように、離れていても届く何かはあるのだろうか?
その時、高校時代の自分が何かを言いたそうにしていた。
『俺だって輝いていいんだよ』
と。そしてそれは今の自分が誰に言うでもなく本当に言った言葉だった。言ってから若干照れくさくて笑った。
なんでもない良い夜だった。