売ってみました
六歳になった。
流石に一年ほど前から続けている稽古にも慣れ始めてきたところだ。
ディノールとの訓練は実に有意義なものになっている。
具体的には武装魔術を使いながらゴーラルム式体術の稽古を受けているので魔力総量とゴーラルム式体術の両方が上達していっているのだ。
これは僕にとって非常にありがたいことだ。
しかし、未だに魔導演算機を使って術技式魔術を使えてはいない。
理由は一つ、魔紙を持ってないからだ。
魔術を使う上で必要なものは魔導演算機と魔方陣が刻まれている魔紙だ。
この二つがなければ魔術を扱うことはできない。
ここで僕は一大決心をする。
そう、外に出るのだ。
僕はディノールによって家の外に連れ出された。
しかしそこは僕の家の庭の中。
安全が保障された室内と変わらないのだ。
だが、僕もいつまでも怖気付いているわけにはいかない。
そろそろだ。
僕にも羽ばたくべき時が来たのだ。
外に飛びたつ理由は一つ。
僕が製作した携帯用魔導ランプを売り捌くのだ。
質は市販のものとそう変わらない筈。
売れないことはないだろう。
その売ったお金で僕は魔紙を買うのだ。
もちろん子供だからと相手にされない可能性もある。
しかしそれはあくまで可能性の話。
僕はもう失敗したくない。
僕は今度こそやるんだ。
「じゃあいってきます」
「いってらっしゃい。気をつけるのよ」
僕はマリーナに見送られながら遂にアルノード家の外へと出て行った。
その時のマリーナの表情は太陽のような眩しいものだった。
マリーナも息子であるレイバースが引きこもっていたことに思うところがあったのだろう。
僕は初めての外に感慨深い気持ちに陥った。
僕が住んでいるこの都市はシルーグと呼ばれている都市だ。
エルシオン帝国、その南東に位置する大規模な都市。
このシルーグ都市は様々な都市や街への中継地点となっており、多くの人や物資が行き来している。
舗装された通り。
煉瓦造りの建物。
初めて見る光景はやはり新鮮だ。
……っと。
感慨に耽るのはいいけど、僕にはやるべきことがあるんだった。
レイバース家から南側の方に進んだその先。
そこには掘り出し物市場が存在する。
僕の目的地はそこであった。
携帯用魔導ランプの売却。
そしてこの世界の金銭を増やすこと。
それが第一の目的である。
掘り出し物市場は案外すぐに見つかった。
掘り出し物市場は一つの通りに連なっており、その数はかなり多い。
商品の売買がそこで行うことができ、他の店では拝めないような珍しい物も売られている。
そのような掘り出し物がたくさん。
物資の移動が盛んに行われるシルーグ都市だからこそできる芸当だ。
「すいません」
「どうしたんだい、坊や」
その中でも魔導機器を扱ってそうな所に歩いて行き、声をかけた。
その店主だと思われる四十代程度の女性から視線を向けられる。
「これを売りたいんですけど、いいですか?」
僕は用意してあった魔導ランプを見せる。
もちろん改造した携帯用魔導ランプだ。
それを見せると店主は目を丸くした。
「こんなものをどこで手に入れたんだい?」
「僕の父が魔導技師なんです」
返答に困った時はディノール頼みである。
「なるほど。それで坊やが御使いか」
「そういうことです」
「ふむ、この質だとざっと青銭五枚程度だろうね」
青銭五枚か。
その金額に僕は多少なり驚愕してしまった。
エルシオン帝国の金の単位はペルで表される。
石銭、黄銭、青銭、赤銭、銀銭、金銭、の順で金の価値は高くなっていき、
石銭が一ペル、
黄銭が十ペル、
青銭が百ペル、
赤銭が千ペル、
銀銭が一万ペル、
金銭が百万ペル、
となる。
石銭一枚で果物が一つ帰る金額。
黄銭で一日の食事が成り立つ金額。
そう考えれば、切り詰めれば青銭五枚、つまり五百ペルは五十日分の食料が買えることになる。
決して安い金額ではない。
「ではそれでお願いします」
「あいよ」
僕は店主の女性から青銭五枚を受け取った。
これで当初の第一目的は達成したわけだ。
そんな時、ふと僕の視線にあるものが映る。
それは紙の束だ。
しかしただの紙ではない。
魔紙だ。
魔紙の束が売られてあった。
「すいません。それをもらってもいいですか」
ちょうどいいところに第二の目的の物が置かれてあった。
この機会を逃そうとは思わない。
もちろん買う。
当たり前のことであろうか。
「この魔紙かい。これは青銭三枚になるけど」
青銭三枚か。
なかなか高いが、これで魔術が使えるとなれば安いものか。
「はい、大丈夫です」
「ならほら」
その言葉と共に魔紙が配られた。
素晴らしい。
目的の物が実にスムーズに手に入った。
これで本格的に魔術の習得を行うことができるわけだ。
帰ってからが実に楽しみになった。