完成しました
魔導ランプ製作二日目。
二つ目ということもあり、昨日よりも製作に時間はかからなかった。
精々、数時間程度。
昼にディノールの工房で仕事の見学と部品回収をする時間の余裕くらいは持てた。
そして完成した二つ目の魔導ランプ。
結果はすぐに出た。
「昨日よりも炎が大きい……」
二つ目の魔導ランプは昨日よりも炎が大きかった。
昨日は豆電球に毛が生えた程度だったが、今回の魔導ランプはちゃんとしたランプだ。
月とすっぽんほどの差である。
もちろん一般に売られてある魔導ランプと比べれば炎の大きさは小さいが、僕としては満足できるレベルのものだった。
「やっぱり問題は魔方陣だったか」
魔方陣。
最初こそ単純に決められた図形を描けばいいと思っていたけど、図形の一つ一つの部分に細かな魔力調整をしていかなければならないようだ。
また魔方陣の図形の形も歪んではならないし、算術も必要ときた。
この作業がとても緻密なものだ。
五級魔術でもそれなりに集中しなければ描けない。
これが四級、三級とレベルが上がっていくとどうなるのかは想像に容易いことだ。
まあ挫けてもいられない。
明日は少しだけ魔導ランプよりも難易度が高い魔導機器を作ってみることにしよう。
こうして日課に魔導機器の製作という項目が加わった。
毎日のように魔術書、仕事見学、魔術修練、魔導機器製作をする。
魔導機器の製作に関しては流石に一日では完成しないものも増えてきた。
何日かに分けて空いた時間に魔導機器を製作する。
また魔方陣に関しても知識を深めていく。
魔導機器を作れても魔方陣を刻むことができなければ意味がない。
そのおかげか五級魔術の大部分を習得し、四級魔術にも手がけることができ始めた。
その傍らで忘れてはいけない本来の目的も同時進行で行っていく。
魔導演算機の製作だ。
こちらはディノールの工房から少しずつ部品を回収していき、本当に少しずつ製作を進めていく。
作業は順調に進んでいく日々が続く。
そして気付けば時は過ぎて行った。
レイバース・アルノードこと僕は五歳になった。
★
魔導機器製作から半年。
その間の進展具合には僕も非常に満足していた。
魔術陣は三級魔術までのものなら大体習得した。
この一年半の期間の間にわかったことだが、マリーナは魔術についての知識について一般人のそれとは比べものにならないほどの質と量を持っているらしい。
なんでもマリーナは魔術師なのだとか。
それを聞いた時は流石に驚いた。
その彼女から魔術についてを聞くと、三級魔術は一人前の魔術師が使えるレベルの魔術なんだそうだ。
三級なんて下から三番目なのにと思っていたが、そもそも一番上の極級魔術が百年に一人の逸材しか扱えないほどの魔術らしく、超級魔術を習得している魔術師ですら片手で数えられるほどしかいないらしい。
つまり超級から上は規格外だということだ。
二級魔術でも使えるのならば、宮廷魔術師になれるほど。
一級魔術を使えるなら人界中に名を馳せることができるらしい。
基本的には五級から一級。
それより上はあまりに少ないので考えられることがほとんどないらしい。
それを聞いて僕は自分が三級魔術の魔方陣を、描けるだけとはいえ習得していることは黙った。
流石に五歳児が一人前の魔術師レベルの知識を持っているのは信じ難い話だろう。
魔導機器に関しても、店に売り出しても大丈夫な代物を作れるようになった。
僕の自室には至る所に魔導機器の完成品が隠されてある。
正直な話、邪魔になってきたので処理をしたいものだ。
そして肝心な魔導演算機。
本来の目的であるこの魔導演算機は――一年という歳月を経て、遂に完成した。
その完成品を今、僕は目の当たりにしている。
「遂にできた……」
長かった。
非常に長かった。
一年前から毎日数時間ずつ時間を取ってコツコツ作ってきただけあって、感動も大きい。
もっともまだ試作段階だから使えるかはわからない。
だが、完成はした。
「時には回路を間違え、時には誤作動を起こし、時には騒音を立てて母様にバレてしまいそうになった――しかし!」
僕は嬉しさのあまりその試作段階の魔導演算機を掲げた。
「僕は遂に完成させたんだ! 完成させたぞ――ッ!!」
落とした時のことなんてこの時の僕は考えてない。
完全なる衝動的な行動だ。
だがそれでよかった。
この記念すべき一日を祝わずにしていつ祝うというのか。
今日なら空でも飛べそうな気がする。
というか、飛んでみようか。
飛べる、そんな気が内から湧いてき――。
「――レイ。パパが呼んでるからいらっしゃい」
「ひぃ!?」
僕は神速の速さで魔導演算機を後ろに隠した。
やばい。
見られた!?
いや、あれほどの神業的な動きで隠したのだ。
そう簡単に見分けられる筈がない。
しかしマリーナはかなりの観察眼の所持者だ。
例えばディノールが野菜が嫌いだからと巧妙に捨てようとするのを見抜くほどだ。
例えばディノールが商売客である女性の豊満な胸に視線を向けているのを見抜くほどだ。
ちなみに僕はバレなかった。
しかし、もしかしたら見られたのかもしれない。
その可能性は十分にある。
なるほど、神よ。
あなたは僕の道に立ちはだかるというのですか。
いいでしょう。
例え母であるマリーナが相手といえども必ず打ち砕いて……。
……って。
「父様が?」
「ええ。なんでも話があるから来なさいだって」
ふむ。
ディノールが僕を呼び出すなんて珍しい。
一体何の用だろうか。
わざわざ他愛のない話で呼ぶような男ではないからか、少し身構えてしまう。
まあ呼ばれているというのだから行くのが筋か。
「わかりました。すぐに向かいます」
というわけで、僕は魔道演算機の仕上がりを十分に喜ぶ暇もなく、すぐにディノールのところに向かった。
向かう先はディノールの書斎。
「失礼します」
扉を開いて部屋に入ると、奥には机に着いている我が家の父の姿があった
「来たか」
机に座るディノール。
そこから僕が入って来たことにより発せられた短い一言。
その瞬間、僕の胸中には嫌な予感が通り過ぎた。
それはあまりにも突然のことだった。
なぜだろうか。
僕の頭の奥底から危険を知らせるアラームが鳴り響いてくる。
まるで目の前のディノールから逃げろとでも言うかのような、そんな警告が……。
直後のことである。
ディノールの体がブレた。
「俺は言葉にするのは苦手だ。許せよレイ」
気づいた時には僕は背後を取られていた。
ディノールに。
そしてなぜか首根っこを掴まれていた。
ぶらぶらと揺れる僕の小さな体。
いや、どんな状況だ、これは。
「今からお前を外に出す。護身用の訓練だ」
……脈絡が掴めない。
どうやら我が父親は電波な人のようだった。