製作を決意しました
僕は毎日のように自分の部屋で魔力の循環を習得するための修練を行っていた。
一日一日が経つごとに魔力の扱い方を少しずつ心得ていく。
そして魔力循環を始めてから五ヶ月ほどで、ようやく腕輪が光り始めるようになった。
といってもかなりか細く淡い光だ。
とても満足できるようなものではなかったけれど。
それでも進歩が見えたことは嬉しい限りだ。
また、その間も僕はディノールの工房に通い続けた。
ほぼ毎日、通い妻のごとく。
魔術に関する本を持って行き、ディノールが魔導機器を作り上げる様子を観察する。
もちろん色々と質問をした。
魔導機器の作り方やその機能についてなどから下らない質問まで様々だ。
それのおかげで魔導機器についてのある程度の知識がつき始めた。
最初こそ専門用語ばかりで何を言っているのかわからなかったが、半年近くも経てば全部とは言えないが、多少程度なら理解できるようになった。
ディノールは僕がもう少し成長すれば魔導機器の作成の仕方を教えてもいいと言ってくれた。
今からでも楽しみだ。
そうした期間を過ごしていき、僕は気付けば三歳になっていた。
「魔力循環もだいぶ覚えたし、そろそろ次の段階に移ってみるか」
僕は机に着きつつ読み終わった本を閉じてそう決心した。
この頃は魔力観測機を使わなくても魔力が循環しているかどうかがわかるようになり始めた。
こうなってくると次の段階に進んでもいいと本にも書いてある。
僕はさっそく行動に移した。
次の段階というのは、武装魔術の習得である。
武装魔術というのは一言で言えば、魔力を使った身体能力を向上させる魔術だ。
魔力の循環の応用に当たるこの魔術は一般的な魔術のようで、魔術師でなくとも軍部に関わる人なら誰でも習得しているような魔術らしい。
むしろ魔術師よりも騎士や戦士などの人が武装魔術に特化していないとダメなのだそうだ。
一般的には体技式魔術を得意とするのが戦士や騎士。
術技式魔術を得意とするのが魔術師とされている。
まあ僕がどちらに傾くかは知らないが、どちらにせよ基礎的な体技式魔術を習得しておかないと術技式魔術も使えない。
やっておく必要はあるだろう。
武装魔術のやり方はあくまで魔力循環の応用のようなもの。
魔力を体中に循環させて魔力を込める。
この魔力を込めるというのは魔力を体に染み込ませるようなものらしい。
慣れてくれば無駄な魔力の動きをなくしたり、ピンポイントで体の一部を強化することができるらしいけれど、それはまだ先の話だ。
僕は魔力を体中に循環させ、さっそく武装魔術を使ってみる。
体のあちこちに魔力を浸透させるような感覚だ。
しかしこれで本当に身体能力は強化されているのだろうか。
正直に言うと実感がわかない。
試してみるか。
僕は自分の部屋の中にあるものを見渡して、ふと目の前の机を見る。
実はこの机、僕があまりに本を読み過ぎるのでつい最近マリーナが買ってくれたものだ。
三歳児ではこれを持ち上げることは不可能。
だけれど、武装魔術を使った今ならどうだろうか。
「……よし」
僕はさっそく椅子から降りて、机を持ってみることにした。
魔力を体に浸透させる。
なんだか体が温まるような感覚を覚えた。
僕は腕に力を込めてさっそく机を持ち上げてみた。
やはり三歳児の筋力では無理があったらしく、数センチ程度しか上げられない。
しかし逆を言えば数センチ程度は上げられた。
もしも普通に持ち上げてもピクリとも動かなかっただろう。
これはもしかしたら成功か?
……と思っていると、何やら急激な脱力感を覚えた。
なんだ、いきなり。
強烈な睡魔が襲ってくるような感じだ。
僕はゆっくりと机を下ろして尻餅をつく。
そしてそのまま意識は暗転してしまった。
★
謎の気絶。
結論から言うと、その原因は魔力切れだった。
魔力循環は体内に魔力を循環させるだけだから魔力が減ることはなかったけれど、武装魔術はどうやら魔力を消費するようだ。
魔力は使えば使うほど増えていくということ。
僅か数秒で魔力切れを起こしたけれど、不安になることはない。
多分。
それを証明するように、次の日には机を持ち上げたまま一分ほど耐えることができた。
その次の日には五分も耐えれた。その結果、筋肉痛を起こしたけれど。
使えば使うほど魔力が増えていくというのは本当らしい。
今はまだ形にすらなっているか怪しい武装魔術も、回数を重ねれば質も向上する筈。
そうなった時が体技式魔術の基礎を習得したと言える瞬間だ。
それからの僕の生活は決まったパターンを取るようになった。
朝は起きて本を読んで知識を深め、昼はディノールの工房に足を運んで仕事を見学し、夜は気絶するまで武装魔術の練習をする。
それをずっと繰り返しているおかげか、日々日々自分の知識や魔力量がどんどんと増えていくのが自覚できた。
時々、家から一歩も出たがらない僕をマリーナが心配するが、僕はこれでいいと思う。
家から出てもやりたいことなんてないし、何より好奇心が勝る。
僕は外で遊ぶよりも魔術の本を読んで好奇心を満たす方がずっと楽しいのだ。
よく子供っぽくないと言われるが、気にはしない。
その生活を続けて数ヶ月が経つ頃には武装魔術もなかなか様になってきたように感じる。
三歳児の力なんてたかが知れているけれど、持続力が付いてきたのだ。
今は質を抑えた武装魔術程度なら二、三時間くらい持続できる。
ディノールに見せてもらっている魔導機器の作成工程も大体は把握できてきた。
魔導機器は動力となる魔石に魔力回路を繋ぎ合わせ、その魔力回路を各重要な部分に行き渡らせることが常だ。
魔導機器に刻み込む魔術陣も決まったパターンが多い。
魔術陣は図形のパーツ一つ一つに意味があり、それを読み解くには算術が必要だったが、その程度の算術なら前世である程度習得している。
困るほどのことでもなかった。
それに魔術書を読んであるから魔術陣の法則性も少しずつだが理解しているため、魔術陣の効果も分かり始めてきた。
ここまで来た時、僕は魔術の段階をもう一つ上げることを決める。
「そろそろ術技式魔術を覚えよう」
体技式魔術の基礎を習得した今なら術技式魔術も習得が可能な筈。
だから僕はそろそろ術技式魔術に手をかけてもいいと考えた。
しかし問題もある。
術技式魔術は体技式魔術と違って二つほど絶対に必要なものがあるのだ。
それは魔導演算機と魔術陣が書かれた魔紙。
魔導演算機は魔導技師に直接注文しなければならなく、価格も庶民が手を出せるようなものではないらしい。
魔紙の場合は一般商店で売ってはあるけれど、魔術陣は魔術師が自分で書き込まなければならないらしい。
この二つを乗り越えて初めて術技式魔術が使える。
といっても、僕の場合は違う。
なにせ父親が魔導技師だ。
ディノールに頼んで魔導演算機を貸してもらおうと思っている。
頼るべきは人脈とコネだ。
その目論見は見事外れたけど。
「魔導演算機? ダメだダメだ。子供が持つようなものじゃない」
ディノールに魔導演算機を一つ貸して欲しいと頼んだ僕だったが、帰ってきたのは否定の言葉だった。
「どうしてダメなんですか?」
「魔導演算機は子供の玩具じゃないからだ。大体、魔導演算機を何に使うつもりだ」
「術技式魔術を習得したいので」
「術技式魔術だと? そんなもの三歳の子供が扱える訳がないだろうが。というか、術技式魔術を扱いたいならまずは体技式魔術の基礎を覚えてからだ」
「体技式魔術の基礎ならある程度は習得しました」
「――は?」
僕の一言にディノールが完全に固まった。
ここまで唖然としたディノールの姿は珍しい。
「……嘘つけ。たかが三歳の子供が体技式魔術を基礎とはいえ習得できるわけないだろ」
「でも――」
「例えできたとしても、術技式魔術は一歩間違えれば危険な事故に繋がることがある。それを三歳の子供に教える親がどこにいる」
「……うっ」
真剣な視線に圧された僕は思わず言葉に詰まってしまう。
確かに本にもそういったことが書かれていた。
もっとも確率としてはかなり低いようだけど。
しかしディノールとしては僅かでもその可能性があるのが問題なのだろう。
「賢いお前ならわかるだろ。お前が十歳になったら魔導演算機を一つ貸してやる。それまでは我慢しろ」
「……はい」
「よし、わかったならそれでいい」
子供をあやすようにように頭にポンと手を置かれる。
実の子供には危険な行為をして欲しくないという親の気持ちは当然だろう。
それが理解できたので、僕はそれ以上のことを言えなかった。
話は済んだとばかりにディノールは工房の方へと戻っていった。
茶髪の頭をポリポリと掻きながら。
「しかしあいつ、本当に三歳児か……?」と呟いているのが聞こえた。
だが今の僕はそれどころではない。
「目論見が完全に外れた……」
ディノールなら快く許してくれるとばかり思っていたが、現実は非情。
術技式魔術に限っては厳しかった。
ディノールの話によれば、十歳になれば魔導演算機を一つ貸してくれるらしい。
しかし七年。
七年だ。
流石に長いように感じる。
だが現時点ではどうしようもないことは事実。
魔導演算機を買う金もなければ、ディノール以外の伝もない。
打つ手がないのだ。
こうなってしまった以上は仕方がないだろう。
術技式魔術は一旦諦めよう。
これからやるべきことは一つだ。
作るのだ。
魔導演算機を。