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女の子と戦いました

 また一人、少年が倒れる。


「はああ!」


 また一人、散っていく。


「やっ!」


 もう一人、ぶっ飛ばされた。


 現状はまさに地獄絵図。


 僕と同い年くらいの幼い少女に、千切っては投げ、千切っては投げをされる少年一団。

 むしろそちらに感情移入してしまいそうだ。

 だってあれはあまりにも哀れなのだもの。


 レイバース・アルノードこと僕は唖然と目の前の光景を見ている。

 場所は路地裏。

 僕の秘密の修練場の入り口近く。

 そこで一人の少女の無双が行われていた。


 少女の拳でまた一人倒れた。

 残りは三人。

 その誰もが足を震わせていた。


「だから言ったんだよ! これっぽっちの人数じゃ勝てないって!」

「でもお前だってもしかしたらって言ってただろうが!」

「ともかく早く逃げるぞ!」

「ふふん。私が逃がすと思ってる?」

「ひぃ」


 少年達がこの場を退散しようと算段している間。

 すでに赤毛の少女は彼ら三人の後ろにいた。

 そしてここは僕の御用達の空き地への一本道。

 然もありなん。

 あれでは逃げることもできない。


「さあ、くたばりなさい!」

「ぎゃあ!」


 見事な回し蹴りが炸裂した。

 それが華麗に三人同時にクリーンヒット。

 仲良く地面に口付けする羽目になってしまった。


 これにて終わりか。

 可哀想に。


 でも、これで僕が助太刀する必要もなくなったというわけだ。

 結果的には良かったと言える。

 とりあえず終わったことだし、帰りますか。


「さあ、これであと一人ね」


 と、どうやら思っていたが。

 少女は何やら警戒した様子を解こうともせずにそういった。


 でも少年一団は全員が伸されている。

 誰一人として戦闘不能だ。

 もしかして誰かが隠れていたりするのか。

 でもそんな気配はまるでない。

 僕以外は一人として立っているものはいない筈……。


 僕、以外……?


「あなたもどうぞかかって来なさい?」


 可憐な少女に見合わない、獰猛な笑みと共にこちらを向く少女。

 え、ちょっと待って。


「ええっと。僕はただの通行人でして、別に彼らと関わりのある人間じゃないです」


 とりあえず誤解されている。

 彼女の言動を見て間違いはないだろう。

 それがわかった以上はそれを解かなければ。


「あら、そうなの」


 すると意外にも反応は良かった。

 キョトンとした表情をされるだけだ。


「はい。ですので僕は家に帰りたいので、帰ってもよろしいでしょうか?」

「ふぅん。まあいいわ、どうぞ?」


 僕の言葉に少女は道を譲るように一歩引いてくれた。

 人間、やはり対話が大事なのだ。

 話せばわかるものだ。

 無駄なトラブルが起きなくてよかった。


「じゃあ通りますね」

「ええ」

「失礼します」


 とにかくこの嵐が過ぎ去ったかのような現場から一刻も早く逃げ出したい。

 さっさと離れることにしよう。


「――なんて、ね」


 呟きが聞こえた。


 直後。

 直後である。

 僕の頭部に向かい、鋭い蹴りが向かってきた。


「――うわっとぉ!?」


 何とか回避。

 僕の頭上から蹴りの風圧が感じられた。

 危なかった。

 気付くのが遅ければ直撃コースである。


「……何するんですか?」


 さっきは通してくれるって言ってたのに。

 あれは嘘だったのかよ。

 畜生。


「当たり前でしょ。こんな路地裏の一本道を誰が好き好んで通るのよ。ただの通りすがりって言われても信用できないわ」


 ごもっとも。

 正論でした。


「残念だけど私は騙されないわ。ごめんね?」

「謝るくらいなら通してくださいよ」

「嫌」


 少女が構える。


「さあ。あなたも覚悟を決めなさい」


 少女の視線が一層鋭くなった。


 え、これもしかしなくとも戦闘に突入してしまう感じですか。

 勘弁してください。

 いや、本当に。

 大体僕はあんまり女の子に手を上げたくはないのですが……。


「行くわよ!」


 いや、来ないでください。


 なんて念じが通用する筈もなく。

 赤毛の少女は迷う素振りを見せずに一直線にこちらに向かってきた。


 早い。

 そう思っているとすでに少女は僕の懐の中だ。

 そのままストレートの拳が飛んでくる。

 早い、がディノールほどではない。

 状態を逸らして回避。


「む、やるわね」


 やるわね、じゃねえよ。


「っと」


 次は足払いが繰り出される。

 武装魔術を施し宙に跳ぶ。

 これも回避。


「ちょこまかと。なら!」


 彼女は力を溜めるように拳を引いて構える。

 なんだ、雰囲気が変わった。

 何か来る。


「ゴーラルム式体技――『速撃』」

「ぐうっ!?」


 一瞬の出来事だ。

 霞むほどの速度で少女の拳が僕に激突した。

 幸い事前に警戒していたからなんとかガードすることはできたが、それでも今までの正拳とは異なる一撃。

 重たい衝撃と同時に僕は後ろに飛んだ。


「……いっつ」

「へえ。あれを耐えるんだ」


 少し楽しそうに笑う少女。

 何が楽しいのか、理解できない。

 いや、したくもないけど。


「これは少しは楽しめるかもね」


 何が、楽しめるかもねだ。

 少し頭きた。


 僕は懐から魔紙を取り出す。

 どちらにせよ近接でのわ戦闘じゃ分が悪い。

 なら僕も得意分野で行かせてもらう。


 魔紙をセット。

 使う魔術は五級水属性魔術、ウォータボール。


「きゃあ!」


 突然の魔術にさしもの少女も反応できなかったようだ。

 ウォータボールをまともに受けた少女は仰け反った。


 よし。

 では次の魔紙を……。


 そう思っていた時だ。


 少女は仰け反った状態から流れるような動作で腰まで手を伸ばす。

 そしてそこからあるものを取り出した。

 取り出したものは――一つの銃。

 それが僕へと真っ直ぐに向けられた。


 僕はすぐさま魔紙をセットして魔術を発動する。


 発動したのは五級雷属性魔術、サンダーボール。


 僕のサンダーボールと少女の魔力弾が激突した。

 激突した両者の一撃は威力が拮抗していたようだ。そのままどちらも魔力が霧散するように消えた。


 その光景を眺めながら、僕は戦慄する。


 魔導銃。

 自身の魔力を弾の代わりとし、魔力弾として放つ魔導機器。

 本で読んだことはあったが、実際に見るのは初めてだ。

 それを目の前の少女が持っている。


 なんで、どうしてという気持ちが強い。

 少女の年齢は僕と同じくらい。

 大体六歳くらいだ。

 その少女が魔導銃を持っている。


「マジか」


 ポツリとそんな言葉が出てしまった。


 ただし、それは向こうも同じだったらしい。


「どうして、魔導演算機(プロトリアクター)なんてものを持ってるのよ」


 少女も信じられない物を見たとばかりの表情を向けて来る。

 それからは互いが互いを警戒するように距離を取った。


 ……なんで僕はこんなに本気(ガチ)の戦闘をしてるのだろうか。


「魔術師、となれば手加減も要らないわね」

「いや、僕は素人魔術師なのでお願いしますから手加減して欲しいんですが」

「よく言うわ。この私とここまで戦える分際で」


 腰を落としてさらに警戒心を引き上げる少女。

 どうしてこうなったのか。

 もはや溜息しか出ない。


 銃口が真っ直ぐとこちらに向く。

 魔導銃なんて代物を向けられることになるとは。

 正直、全力でお家に帰りたい。


 溜息を吐きながら、懐から一枚の魔紙を取り出した。


 魔導銃から魔力弾が放たれた。


 魔紙を魔導演算機にセット。

 四級水属性魔術、アイスシールドを発動。


「氷の盾……?」


 僕の目の前に氷の盾が出現する。

 それが襲いかかってくる魔力弾を防いでくれる。


「防がれた!?」


 少女の驚いた声が脳内に響く。

 まさか防がれるとは思っていなかったのだろう。


 次の魔紙をセット。

 発動、ウォータレイン。

 少女の頭上から激しい豪雨を降らせる魔術。

 突然の出来事に対応できなかった少女は豪雨に晒されるより他にない。


「ぬぬっ! 地味な攻撃を……!」


 少女の言うとおり、確かに地味だ。

 このウォータレインは少女の頭上から激しい雨を降らせるだけの魔術。

 正直、この魔術だけならダメージはないに等しい。


 ただ、一つ訂正したい。

 これは攻撃ではない。

 その前段階である。


 もうひとつ魔紙をセット。

 四級雷属性魔術、エレクトリック。


 魔導演算機を装着している僕の右腕から魔方陣が現れる。

 そこから迸るのは――電撃だ。

 電撃を放つ魔術であるエレクトリックが雨に濡れる少女に一直線。

 結果は想像に容易い。


「きゃあ――――ッ!」


 感電。

 威力は弱めの設定にしてある。

 それでも僕とそう歳の変わらない少女が受ければどうなるか。

 もちろん意識が飛ぶ。


 赤毛の少女がフラッと倒れる。

 そしてそのまま水溜りのある地面にバシャッと音を立てて地面に伏した。


 戦いは終わった。


 だが、ちょっとやり過ぎたかもしれない。

 不安になったので少女の下まで行き、安全を確かめる。

 意識はないが呼吸は整っている。

 狙い通り、気絶しているだけだ。


「しかしまさかこんなことになるなんて」


 僕の周りは屍累々だ。

 立っているのは僕一人だけ。

 世界は静寂に包まれ、僕は孤独な時間を噛みしめる。


 まあ、とりあえず少女をこの場に置いておくわけにもいくまい。

 何せこの少女は少年一団から狙われている様子だった。

 意識を取り戻すのが少年達の方が早ければ、この少女がどうなるかはわからない。

 寝ている間に報復とかされたら悔しいだろう。

 何よりその恨みが僕に行きかねない。


 もはや戦闘狂という認識になったこの赤毛の少女とはあまり関わりたくない。


 というわけで。

 僕は我が秘密の訓練場に少女を運び、そこで寝かすことにした。

 意識を取り戻せば勝手に出て行くだろう。

 うん、それがいい。


 地獄絵図ともいえる悲劇の場を後片付け、もとい処理する。

 なぜ無関係の僕がこのようなことをしなければならないのか。

 ああ、神よ。

 あなたを恨みます。


 そんな愚痴を零しながら作業をしていると、その作業も終わりを迎えた。

 少女を秘密の訓練場に運び、少年達を一箇所にまとめた。

 これにて一仕事終わり。


 僕は早速天国である愛しの我が家への帰路に着いた。



 ★


 愛しの我が家は天国ではなかった。

 地獄だった。


「――ちゃんと説明してもらうわよ?」


 母上マリーナの笑顔がまさかここまでの圧力を持っていようとは。

 目の奥が笑っていない。

 この視線にずっと晒されるのは、辛い。


「息子よ。言い残すことはあるか?」


 ディノールも殺気すら漂わせているのではないかという剣呑な雰囲気を纏っている。

 つうかそのセリフは完全に殺す気ではないのかと疑うのですが。


「ええっとですね……」


 現在僕は正座中。

 目の前には多少傷が付き始めた魔導演算機が一つ置かれている。


 バレたのだ。

 魔導演算機を持っていることが。


 始まりは家に帰ってきた時。

 いつも通りにただいまと告げ、自宅に戻ろうとした時にマリーナに悲鳴を上げられた。

 何があった、とビビったものだ。

 何てことはなかった。

 僕の体がボロボロだったのだ。


 そらそうだ。

 あのべらぼうに凶暴な赤毛の少女との戦闘を乗り切ったのだ。

 本来なら魔導銃を持ち出されて、むしろこれだけの傷で済んでいることを喜ぶべきなのだ。

 そういえばあの赤毛の少女の名前は結局分からず仕舞いだった。

 暴力姫なんてあだ名が付けられていたことは覚えているけど。


 ともかく、だ。

 ボロボロの僕の体を見たマリーナの反応。

 それを聞きつけたディノール。


 それからはあっという間にこの状況だ。

 僕が魔導演算機を持っていること。

 魔紙を持っていること。

 それらを二人に知られてしまった。

 なんたることだ。


「まず聞こう」


 視線を逸らす僕を見かねたのか。

 ディノールが口を開いた。


「これはどこから調達した」


 これと言いつつ魔導演算機を指差す。

 いや、どこで調達したと言われても……。


「自分で作りました」

「もう一回言う。どこで調達した?」

「いえ、だから」

「もう一度聞くぞ。どこで調達した?」


 頑なに僕が作ったことを信じようとしないディノール。

 いや、当たり前なのか。

 六歳児が魔導演算機を作る。

 常識的に考えればあり得ないことだ。

 いやまあ作ったといっても完璧なものでない劣化品だけど。


「でも、本当に僕が作ったんです」

「……嘘、じゃあないのね?」


 僕の真っ直ぐとした視線に思うことがあったのか。

 マリーナが僕の目を見つめてくる。

 逸らしては駄目だと。

 そんな直感があった。

 だから視線を逸らさない。


「冗談だろう……」


 ディノールもその光景に何を思ったのか。

 ふぅ、と息を一つ吐いて、額を手で覆った。

 と、思ったら。

 おもむろに僕の魔導演算機に手を伸ばす。


「確かに専門家が作った割には造りが甘いか」


 甘くて悪かったね。


「だが、この出来なら四級魔術までならどうにか作動するか」

「そういえばこの子、魔紙も持っていたわ」

「魔紙? 見せてくれ」

「あ」


 ディノールは僕がマリーナから取り上げられた魔紙を手に取る。

 そしてそれを見ながら、次第に表情を固くしていった。

 何か問題でもあったのだろうか。


「これは……三級雷属性魔術の魔方陣。どうしてこれを」

「えっと。それも自分で刻みました」


 もはやここまでバレてしまっているとなれば、下手に誤魔化しても無駄だ。

 正直に言った方がいいだろう。


「……それは、お前がすでに三級魔術師だと言うことか?」

「正確に言えば、まだ四級魔術しか使ったことはありませんけど」


 三級魔術師。

 つまりは三級魔術を習得した魔術師ということだ。

 三級魔術師ともなれば一流の魔術師を名乗れるほど。

 うむ。

 六歳児の一流魔術師。

 それを考えれば自分の境遇が異常なのだなぁと改めて感じるな。


「……あり得ん」

「でも、実際にこれを見てしまえば信じないこともできないわね」

「しかしマリー」

「ディノ。頭が固いのはあなたの悪いところよ」

「む」


 ディノールが少し表情をムッとさせた。

 いやまあこの場合はディノールはあまり悪くないように感じる。

 僕が三級魔術までを習得できたのは普通より二十年ほどの人生経験の差と魔力を違和感として捉えられたからだ。

 そうでなければ僕もまた凡人の域を出なかっただろう。

 いや、才能自体は凡人のそれだけど。

 もしかするとレイバースという存在が優秀な遺伝子を持っていたということもあるかもしれない。


「まあ、ここまでできるのなら仕方ない、か」


 ふとディノールがそう呟いた。


「今度からお前も俺の工房で魔導機器作製を手伝え。魔導演算機の作り方を教えてやる」

「え?」

「発動可能なレベルの魔導演算機を作れるなら、今から教えてもいいだろう。六歳児だからと遠ざけていたが、もうそんなことは考えなくても良さそうだ」


 ディノールがさっきとは打って変わって優しげな表情で頭に手を乗せてきた。

 つまり、それはどういうことか。


「パパが魔導演算機の作り方を教えてくれるって。良かったわね」


 魔導演算機。

 それを専門家の手助けを得て作れるようになった。

 つまり認められたということか。


 嬉しい。

 その感情が素直に先に出た。


 この日から僕とディノールは共同で魔導演算機の作製に入った。




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