唖然としました
決まりきったルーチンワークが完成されてから、およそ三ヶ月。
武装魔術とゴーラル式体術は順調に進んでいっている。
しかし術技式魔術の方。
こっちは一つの壁にぶち当たることとなってしまった。
それは自作魔導演算機の限界である。
僕の魔導演算機はプロが作るそれと比べれば、やはり劣化品だ。
当たり前といえば当たり前である。
何せ素人の僕が作ってるんだ。
だからこその問題と言うべきか。
僕の魔導演算機は四級魔術までしか耐えることができなかった。
正確に言うなら、三級魔術以上の術技式魔術を扱うことができないのだ。
四級魔術までならば発動するが、三級魔術からは魔導演算機が悲鳴のような機械音をあげてしまう。
慌てて止めたからこそ故障に至ることはなかったが、あのまま続けていればどうなっていたか。
「……ここから先はやっぱり専門家に聞くしかないのか」
僕は自作の魔導演算機と睨めっこを繰り広げながら、そんなことを考えていた。
ここで言う専門家とは、我が家の大黒柱――ディノールだ。
しかしディノールは僕が魔導演算機を持つことを良しとしなかった。
頼んだところで成功率は低い。
いや、もしかすると最悪の場合は僕が作った魔導演算機を没収されるかもしれない。
それを考えると、ディノールに聞くことは戸惑いが生まれてしまう。
一応、ディノールの工房にはほぼ毎日通っているような状態。
だが、やはり見るだけでは得られる知識にも差が出てしまう。
本を読んでもわからないことも出てきた。
魔導演算機に関しては、正直手詰まりな感覚を覚える。
まあ、今は四級魔術まで使えることを良しとするべきか。
僕が今いる場所は開けた空き地だ。
シルーグ都市内を散策中に偶々見つけることができた場所。
アルノード家から北に徒歩で少し。
路地裏の一本道を通り、行き止まりの柵の向こう。
隅にある穴を潜り抜けるとこの場所に辿り着く。
立地条件も良い、秘密の魔術の演習場である。
僕はその小さな空き地の中にある一つの木を的にして、魔術を放つ。
僕の右手から四級雷属性魔術――サンダーランスが飛んだ。
衝撃音。
サンダーランスをまともに受けた樹木は大きく抉れた。
ただ、倒れるまでには至っていない。
四級魔術といえば、使うことができれば一端の魔術師として認められるほど。
しかし僕が使うその魔術は明らかに威力が劣っている。
これはおそらく魔導演算機の性能によるものなのではないだろうかと予想する。
もちろん他にも様々な要素は絡んでるだろうけど。
魔術の威力は魔紙に刻んだ魔方陣に注入されてある魔力の安定性などに比例するから。
しかし今回の大部分の原因は魔導演算機の性能。
やはりまた新しい魔導演算機を製作するべきだろうか。
「……考えていても仕方ない、かな」
結局まだまともな魔導演算機を製作できるレベルには達していない。
まだ知識をつける段階だ。
焦っても仕方ない。
今は魔導演算機があることを良しとするべきじゃなかろうか。
というわけで。
僕は次の魔紙を魔導演算機にセット。
今度は四級水属性魔術、アイスカッターを撃つ。
氷の刃が真っ直ぐに飛び、抉れた樹木にぶつかる。
刃物を切りつけたような鋭い傷を樹木に負わせた。
しかし、先ほどのサンダーランスのような威力はない。
同じ四級魔術なのにだ。
どうやら魔術というものには適正というものがあるらしい。
得意な属性、苦手な属性があるということ。
僕の場合は雷属性魔術が一番適正が高いようだった。
他の炎、水、風、地の四種の魔術が使えないわけではなかった。
だけど、一番扱い易いのは雷属性魔術だったというわけだ。
ちなみに僕が魔方陣を刻めるレベルまで達しているのは、雷属性魔術が三級。
水と風属性魔術が四級。
炎と地属性魔術が五級。
こんな風に扱えるレベルがバラけている。
ま、全部が全部上手く扱えるわけじゃないということだ。
扱えるだけマシと考えよう。
「……っと」
空を見ればもう夕方。
そろそろ帰らないといけないな。
家に帰って余った僕の魔力を武装魔術の修練に使わないと。
僕はそのまま家に帰るために空き地に出入りするための小さな穴を潜り抜けた。
………………。
「何この状況」
一瞬で後悔することになったけれど。
僕は穴を潜り抜けたところで口を半開きにしたまま固まってしまった。
いや、だって。
「今度こそ負けねえぞ……!」
「ふん。やってみなさいよ」
ボロボロの外灯に身を包んだ少女を、少年の一団が囲っていたのだから。
少年の一団の方をよく見れば、どこかで見たことのある顔があった。
あれは確か、三ヶ月ほど前に僕にカツアゲを仕掛けてきたやつだったような。
少年の一団はおよそ十人程度。
それらの中心には一人の少女。
赤毛の髪に壁色の瞳。可愛らしい顔の可憐な少女だ。
しかもかなり幼い。
おそらく僕と同じ六歳くらいの年齢だろうか。
その少女を少年達が囲んでいる。
うむ。
どうみてもカツアゲですありがとうございます。
なんてやってる場合じゃあない。
あれは助けるべきだろうか。
いかにゴーラルム式体術を学んでいるところで、まだ一年の経験値しか得てない。
それに対して女の子を庇いながら十人を相手取れる自信はない。
見なかったことにしようか。
ふむ、それがいい。
いや、良くないだろ。
前世での失敗を思い出せ。
ここで逃げても後悔しか残らない筈だろ。
だったら立ち向かう。
今世では失敗しない。
そう決めた筈だ。
よし。
「流石のお前でもこの人数なら何もできないだろ」
「今までの積年の恨みを思い知れ!」
「……はっ。雑魚が吠えても全然怖くないわ。さっさとかかって来なさい!」
見れば、もうすでに互いは臨戦態勢。
可哀想に。
あの少女は気丈にも強がっているが、多分心の中では恐怖でいっぱいの筈だ。
僕にもあれと同じ経験がある。
強がっても結局は倒される。
数の力は絶対だ。
でも今の僕なら。
魔術がある。体術がある。
戦う術がある。
やる。やれる。
「てめえら! やれ!!」
一人の少年の怒号が響く。
それと同時に全員が動き出した。
号令と共に襲いかかる少年の一団。
少女を助けようと動く僕。
誰よりも早く先頭の少年の懐に潜り込む少女。
え。
「くらいなさい!」
少女が腕を引き、勢いの乗った拳を振り抜く。
少年の一人が地に付した。
え。
「クソ。流石は暴力姫、やるじゃねえか……!」
「あんた達なんて何人来ようと一緒よ。全員倒してあげるわ」
勇ましい動作で手招きする少女。
それに恐れ戦く少年達。
状況がまるで理解できない僕。
「さあ、行くわよ!」
え。




