魔術を使いました
面倒事というのはどこにでもあるものなのか。
僕は目の前の現実に溜息を吐きたくなった。
「おい、何か言えよ。新入り!」
僕の目線の先には三人の子供が立っている。
背丈は僕よりも頭一つ分高い。
肉体年齢六歳児である僕よりは年上だろう。
そんな子供が三人、だ。
小さな身体の僕の周りを囲んでいる。
うむ。
これは間違いなくイジメの現場にしか見えない。
無事に魔紙を買えたと思えば、まさか路地裏にいきなり連れ込まれるとは思わなかった。
油断していたな。
「お前、さっき市場で金を貰っていただろう? それを出せ」
子供の一人がそう言った。
それで状況は把握できた。
なるほど。
つまり僕はカツアゲされているわけだ。
掘り出し市場で僕が青銭を貰っていたのをこの三人の子供は見ていたのだろう。
それで子供ながらに一丁前に金をたかろうというわけか。
ふむ。
これは面倒なことになりましたな。
「ほら、さっさと出せよ!」
一人が威圧的な声を上げてくる。
ただ、まあなんだ。
精神年齢26歳の僕からすれば、小中学生ていどの子供の威圧感など屁でもない。
さらには毎日のディノールとの訓練の方が遥かにやばい。
それを思えば恐怖など感じることの方が難しいというもの。
「これ、どうしようか」
「どうするも何も金を早く出せばいいんだよ!」
「いえ、それは嫌ですよ」
当たり前だ。
なんで汗水垂らして作り上げた魔導ランプの結晶をこいつらに渡さなければならないのか。
「なんだと……?」
「お前、痛い目を見たいようだな!」
言葉の後に放たれたのは、大振りな拳の一撃だった。
ハッキリ言おう。
遅い。
「ほっ」
「んなっ!?」
軽く受け流してそのまま相手の重心をズラして転ばせる。
殴りつけてきた相手は何が起こったかわからないといった様子だ。
ディノールから教わったゴーラルム式体術。まさかこんなところで使う時が来ようとは。
「お前やる気か!?」
「いえ、先に手を出したのはそちらですし」
「うるせえ」
血気盛んなもう一人の少年が飛びかかってきた。
流石に子供。隙だらけである。
「てい」
「痛ぁっ!」
今度は足払いで転ばせた。
この程度じゃあ流石に武術を習ってる身からすれば攻撃が当たる心配はない。
これで残るはあと一人。
「ひっ」
と、思ったが。
どうやら今の攻防を見て旗色が悪いと悟ったらしい。
残った一人の少年は僕を見てあとすざりした。
「くそ、覚えてろよ!」
「お前なんて暴力姫にぶっ飛ばされちまえ!」
僕が転ばした二人も起き上がり、捨て台詞と思わしき言葉を吐いてそのまま逃げていった。
嵐のように現れて去っていったな。あの三人。
とりあえず面倒事は去ったか。
ディノールに武術を教えてもらっていてよかったな。
おかげで難なく乗り切ることができた。
しかし。
暴力姫とは一体誰のことだろうか。
最後の捨て台詞のその言葉が少しばかり気になる。
ま、気にしていてもしょうがないか。
それよりもさっさと家に帰らないと。
何せ今から試したいことが山程あるのだから。
★
家に帰ると一直線に自分の部屋へと向かう。
目的の代物は手に入れた。
後は実験あるのみ。
目的のもの、それは魔紙。
魔導演算機の製作を決意してから早三年。
遂にこの時が来たのだ。
これより、術技式魔術を試してみよう。
僕が習得している体技式魔術はあくまで武装魔術などの身体能力の向上など、できることの幅が狭かった。
だが、しかし。
今から僕が試そうとしている術技式魔術は体技式魔術と比べて圧倒的にできる幅が広がる。
今から胸が踊るぜ。
「では、さっそく」
僕は懐から一枚の紙を取り出した。
魔術を行使する際に必要とされる――魔紙だ。
術技式魔術を構築するには三つのプロセスがあり、その第一段階目としては魔紙に魔方陣を刻むこととされている。
魔方陣を刻むには一つ一つの図形の意味を理解し、算術を用いて必要な魔力を図形の部位によって微調整することが大事だ。
それを怠れば魔方陣は安定しない形になってしまい、魔術に影響が出る。
次の第二段階は魔方陣を刻んだその魔紙を魔導演算機の差し込み口に入れること。
まあ、こればかりは誰にでもできることだ。
そして第三段階。
魔方陣を読み込んだ魔導演算機が自動で魔術を構築してくれる。
しかしここで重要なのが、半自動ということ。
つまり全自動ではないのだ。
ここで話は変わるが、魔方陣を刻むには自分の魔力を指や物に伝わらせる必要がある。
そして魔導演算機が反応するのは自分の魔力を使った魔紙。
魔紙に刻んだ魔方陣の魔力と体内の魔力が同一の物でなければ魔導演算機は作動しない。
要するに他人が描いた魔紙での魔術行使はできないということ。
僕が描いた魔紙は僕にしか使えないということだ。
そして話を戻す。
魔力で魔方陣を刻んだ魔紙。
それを読み込んだ魔導演算機はその持ち主の体内の魔力を魔力回路を通して導こうとする。
それは魔紙に刻んである魔力と同一の魔力に反応するからだ。
しかし、この時に細かな魔力調整が必要なのだ。
だから半自動。
魔力を魔導演算機まで導いてくれるが、それまでの過程での調整は自分でしないといけない。
これができて初めて魔術は構築される。
「ふぅ。こんなもんかな」
僕はさっそく自分の魔力で魔紙に魔方陣を刻み込んだ。
これが術技式魔術を発動させる上での第一段階。
次に僕は懐から魔導演算機を取り出す。
僕が二年ほどかけて完成させた一品。
もちろんプロの魔導技師が作るそれよりは劣っているが、発動する上では問題ない筈の仕上がりだ。
その魔導演算機の差し込み口に魔紙をセット。
第二段階完了だ。
そして第三段階。
セットした魔方陣を魔導演算機が読み込む。
その際、僕の内側の方から何かが魔導演算機へと向かうような感覚に襲われる。
これが魔力か。
そしてそれを僕の意思で魔導演算機に向かわせる。
結果、僕の手のひらの上には拳ほどの大きさの水の塊が浮いていた。
第五級水属性魔術――ウォータボール。
成功だ。
「これが……」
これが術技式魔術。
三年も前から憧れていた、本当の意味での魔術と呼べる技術。
その成功には流石に胸が踊るのも仕方なしだ。
一応、失敗した時のリスクを考えて安全な水属性の魔術を選んでおいた。
火属性や雷属性なんて魔術で失敗すれば、最悪マイホームが燃えてしまう恐れもあったからだ。
ただ、その心配も杞憂だったってことか。
まあ魔術を試すことはこれからは外でやろう。
せっかく家から出られるようになったんだから、失敗した時のことは考慮して外に出た方がいいだろう。
これからは他にも色々な魔術を試すつもりだし。
僕のそれからの生活では魔術の習得も本格的に取り組み始めることになった。
朝はディノールとの訓練。
昼は外で魔術の試し撃ち。
夜は武装魔術の修練。
そして暇な空き時間などに本で知識を蓄える。
そんな決まりきったルーチンワークが出来上がっていった。




