修道院 3
丁度いいくらいだと思います。
「……オズウェル!! 何だこの失態はっ!」
玉座の間に怒声が木霊する。叱責されたオズウェルはかつて仕えていた王の息子、ベルゼフに片膝を地面に着けて頭を下げる。横に控えていたガンドール、ヘイネス、ヴォルムフントもそれに倣う。
決戦当時の爪痕は残っておらず、何事もなかったかのように修復してある。
「弁明のしようもございません……」
ベルゼフは震える腕を胸元まで持ち上げ、拳を固く握りしめる。彼の頭からはギルディウスと同じ形状をした二本の角が生えていた。
「二十年だ……この俺が成人の儀に赴いていた、たった二十年!! たった二十年だぞ! テメェらは仕えてた王を満足に守れもしねぇってぇのかぁ!!?」
凄まじい咆哮によって玉座の間の天井を支えている柱数本に亀裂が走る。
「しかし……ベルゼフ様…………」
「役立たずの戯れ言など聞く耳持たんわっ!」
声と同時に放たれた魔法がオズウェルの顔を掠める。頬が裂け、赤黒い血液を流しながらも言葉を続ける。
「今、魔国領は魔王様が亡くなられたことにより大変混乱しております。私と魔界四芯共々鎮圧に動いておりますが、やはり事態は改善せず……やはりこの国には絶対的な支配者が必要なのです! ベルゼフ様がお帰りになった今! 戴冠式を行わずしていつ行いましょうか!」
他三名もこれに賛同する。
「ぼく……いえ、私もそう思いますね」
「カキューマゾクはアタマがヨワいから、ボードーのヒダネになりやすい。アットーテキなチカラをミせつけ、ココロにキザむヒツヨーがあるかと」
「同じく……」
ベルゼフは歯ぎしりをする。もし正式に戴冠式が行われるのであれば彼も心から受け入れただろう。しかし一番が急にいなくなったために、二番である自分が繰り上がって王になることが納得ができないのである。
だが国がこのままでも良いのかというと、そういうわけにもいかない。
「……親父ぃ、死ぬのが早すぎんだよぉ」
唇を噛み締め、愚痴を漏らす。その時、遥か遠方からとても懐かしいものを僅かだが感じ取った。魔族だからこそ出来る魔法使用者の特定。
この魔力は……
それはオズウェルたちも感じていた。今まで立ち込めていた暗雲が払拭される。それはここにいる全員が同じだったようで、それぞれ視線を合わせる。
「今のは……」
「ああ、間違えようがないよ。これは」
「……ォォォオオオォォ……」
「ええ、ですが何故……しかし、確かに」
「同じく……拙者もそう思う、紛れも無く」
五人の声が重なる。
『魔王様(親父)の魔力!』
ベルゼフは子どものように目を輝かせる。
「オズウェル、これで戴冠式は延期だな! それと今から命令を一つ与える! いいな?」
「はっ、なんなりとお申し付けください!」
彼もその命令を喜々として受け入れる。
「さっきの魔力の持ち主を探してここに連れて来い!」
「はっ!」
返事をした途端に彼はその場から姿を消し、力を感じた地点に向かって全力で飛んでいった。
☆
ギルの頬を一筋の汗が伝う。目の前には青で縁取りした白いシスター服を着た老婆、ルイーゼ・ガリアンが椅子に腰かけている。彼女との間に漆塗りの机があり、その上には書類や書物が積み上げられていた。院長室、この空間には二人しかいない。
「単刀直入に聞きます。貴方は一体何者なのですか?」
「…………」
黙り込むギルを前にルイーゼは大きくため息を吐き出す。
「貴方の使った《フレアボール》はランクセブンの魔法です。なぜ、貴方のような子どもがそんな強力な魔法を習得しているのですか?」
ギルは何を言えばいいのか分からなかった。ただ使える魔法を使っただけなのにここまで警戒されるとは思わなかったのだ。そもそも人間社会の中では魔法がクラス分けされていることすら知らなかった。クラスは全部で十五個に分かれており、今回彼が使ったものは真ん中に位置付けてある。
あまりにも人間の知識がないために会話が成立せず不信感を持たれる可能性がある。今でも十分に持たれているが、黙っていればこれ以上悪い方向にいかないだろう。
「…………」
一向に喋る気配のない少年を見てルイーゼは一つの可能性を思いつく。
それは、――
まさか、強化人間? 確かに薬を使って強制的に魔力を強化させていた国がありましたが、魔王が滅んだのと同時に研究することすら禁じられたはず……。
ルイーゼはこの考えをある記憶と結びつけた。
ミレットからの報告では記憶が曖昧だと……これが薬による副作用だとしたら?
彼女の中にギルの人物像が構築されていく。
自称十六歳だが決戦以前に生まれていた可能性があるためにそれ以上だと推測される。十歳前後から現れる魔法の才覚を比較的幼いころに薬物で強制的に目覚めさせられ、能力強化の薬物を服用し続ける。まともな教育を受けてこなかった為に偏った知識しか持っていない。記憶障害は投与された薬物の副作用だと思われる。
本人が偽名と思われる名を名乗ったり自分についてはあまり語らないのも何かを恐れているようにも捉えることができる。
しかし今回の事件があったように、親しくしていたイレンを救ったり、攻撃してきた男を殺そうとしたように人の命を軽く見ている節があり、優しさと残虐性を兼ね備えた非常に不安定な状態。
修道院の庭で倒れている彼を保護したときはまともな衣服も着ずにボロを纏っていたという。
非人道的な場所からここまでやっとの思いで逃げ延びてきたのだと思うと、涙ぐましいものがあった。
この子を保護し、正しい倫理観を身につけさせねば……
ルイーゼは母性と慈愛によって潤んだ瞳を少年へと向ける。
「話は変わりますが、ここを退院した後に行く当てはありますか?」
「は?」
話題が変わるにも程があるだろう、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「もしなければこちらから条件付きで提供することが可能です」
「ほぅ……」
ギルが初めて興味を示した。この反応がルイーゼに確信させる。
「貴方にこの修道院の推薦権を使い、魔法学園に編入してもらいます。学園には寮が備えてありますので、そこが提供できる住居になります。こちらの院生も一人同行させますが、何か質問はありますか?」
「学園とはなんだ?」
一瞬呆気にとられたが、自分の考えが正しければこの反応は当然だと納得する。
「学園とは貴方と同じ年齢の子どもたちが通う学び舎のことです。彼らと共に勉学に励み、切磋琢磨することで見えてくるものがあると思います」
学び舎、か。人間について何か情報が手に入るかもしれんな。それに、この姿では我が城に戻ることもできぬし……せめてあ奴らを陰から支えてやるとしよう。ベルゼフが戻るのもそろそろか。しかし――
「同行させる者は首輪、ということか?」
ルイーゼは微笑みを絶やさずに否定する。
「いいえ、貴方の身の回りを世話するためですよ」
ふん。言いようによって幾らでも変えられるな。……まぁ、一人くらい良かろう。危険なくして得るものはない、か。
「……分かった。その条件を飲もう」
「そう言って頂けると助かります。わたくしたちも貴方が良い学園生活を送れるように精一杯サポートさせてもらいますね」
二人の考えはすれ違いながらも意見は完全に一致した。
☆
陽も傾き、空に薄暗さが増してきた頃。イレンはルイーゼ院長に呼び出され、廊下を足早に歩いていた。石畳の上でコツコツと足音が響く。
目的の部屋の前まで来ると、大きく息を吸い込んでノックを三度繰り返す。
「どうぞ」
中からルイーゼ院長の声がする。
「イレア・ビレフィレオです。失礼します」
扉を開けて一礼。彼女はいつもと違った雰囲気を纏う院長を前に少しばかり緊張を強める。
「イレア、貴方はあの少年についてどう思いますか?」
あの少年とはギルのことだろうと察しが付く。それを前提に彼女は言葉を紡いだ。
「ギルは変わったところがあって、その、なんていうか少し、優しい? ……あっ! いえっ! その、助けてくれたことが嬉しかったとかじゃなくて、あんなの一人でなんとかできたし。なんか勇者様の一人が死んだって話を聞いただけで泣いてたから……」
ルイーゼは今まで一度も見たことのない彼女の表情に目を丸くし、そして微笑んだ。
「そうですね、彼は優しい。しかしその一方で人を傷つけることを躊躇わない危うさも持っています。そこで一人だけ院生を同行させることを条件にリドルヘイム魔法学園に編入してもらうことにしました」
「リドルヘイムッ!?」
彼女は声を荒げて聞き返した。リドルヘイムといえば世界で五本の指に入るほどの名門であり、歴史に名を刻む魔法使いを数多く輩出した場所である。
ここ最近には騎士学も取り入れたらしいが、知名度はあまり広がっておらず、魔法学園としてのリドルヘイムのほうが圧倒的に人気も知名度も高い。
「でも、なんでアタシが……?」
もっともな疑問である。最近になってようやく上手くなったのはギルの褒めたシチューくらいである。コトコトじっくり時間をかけて煮込むことが好きで、時間を費やすほどにその腕は上達していった。
しかし、ルイーゼが頼りにしているのはそれだけではなかった。息をゆっくりと吸い込む。いつの間にか笑顔は消えていた。釣られてイレアの顔も引き締まる。
「私はあの少年が薬物によって強化された子どもだと思っています。おそらく何者かに追われているかもしれません。貴女の役目はそんな彼を見守り、近づく者を排除することです。ただし、命を奪う行為は必要最低限の人数に絞ること。できますね?」
一瞬の逡巡の後「借りを返すだけ」と心で呟き、彼女は決心した。
「はい、できます。やらせてください」
彼女の瞳は澄み渡り、一切の淀みなく輝いていた。その眼光は丁寧に磨き上げたナイフを思わせるほど鋭かった。
修道院、終了。どうだったでしょうか? 感想をいただけると嬉しいです。
次は何かな。どうしようかな。