プロローグ:最終決戦
多分ラノベ。
高さ三メートル、幅は五メートルもある重厚な鉄製の扉がギイィと音を立てて開く。そこから姿を現したのは五人の人影。並び順は左から大盾を持った大男、槍を構えた色男、剣を抜く優男、杖に魔力を込める美女、弓の弦を引き絞る小娘といった具合。また、服装もそれぞれの装備に見合った一級品のものを身に付けている。
玉座の間、彼らが立ち入った場所はそう呼ばれている。天井はビル五階分程の高さで、扉から玉座まで赤い絨毯が続いている。そしてその玉座に余裕を持って座している者こそが魔王、ギルディウス。生きる者がこの名を聞けば震え上がり、死した者でさえ魂を差し出すという。真紅の瞳は輝き、頭から生やしている二本の角は悪魔を彷彿とさせる。
彼らと玉座との距離はおよそ三十メートル。この距離をどう詰めようかと考え倦ねているとギルディウスが右手を勢い良く突き出した。高らかに笑い声を上げ、歓迎の言葉を浴びせる。
「フハハハハハ! よく来たな勇者どもよ! まずはここまで辿り着いたことを褒めてやろう。だが……」
指をパチンと鳴らすとギルディウスの横、先程まではなにもなかった空間に黒い塊が浮かぶ。その中から出てきた五つの影。
それらは黒い塊が消えるとギルディウスに向かって跪いた。
「魔王軍総指揮オズウェル、只今参上いたしました」
「魔界四芯が一人、ガンドール。お呼びとあらばいつでも」
「同じく魔界四芯が一人ヘイネス」
「魔界四芯が一人ぃ、ミケランジェロ。お目にかかれて光栄ですわぁ」
「マカイシシンヴォルムフント・バッカス。マオーサマにエーエンのチューセイを」
挨拶が済むとギルディウスは頷くことでそれに応えた。
「うむ、よくぞ集まってくれた。お前たち、顔を上げ、楽にするといい」
『ハッ!』
口裏を合わせたわけでもないのに五人は一斉に立ち上がり、手を後ろに回す。足は少し開き、顎をやや上に向ける。見事なまでに綺麗な動作だった。
その光景に勇者たちはたじろいだ。自分たちが五人揃ってやっと一体倒せるかという存在が急に五体も現れたためだった。
上から順に、最上級悪魔、堕天使、骸骨剣士、メデューサ、人狼、どれを取っても最悪の敵だ。
勇者たちの考えは他所にギルディウスは部下たちと話をすすめる。
「フフ、丁度五人いるではないか。よし、お前たちに一人ずつ戦ってもらうとしよう」
『ハッ』
配下の五体はギルディウスに背を向け、勝手に獲物の選定を始める。
「拙者は剣士。なればこそ……」
ヘイネスは帯刀している二本の剣を抜き取り、片方を剣の男に向ける。
「では私は端っこの彼を」
オズウェルは大盾を指差す。
「えぇ~、じゃぁアタシはぁ、あのカワイ子ちゃん」
ミケランジェロは弓の小娘に向かって投げキッスをする。
「じゃ、僕は彼かな」
ガンドールはサーベルを構えて槍の男にウィンクして見せた。
「……ノコりモノ、おマエ」
ヴォルムフントの前足に生える鋭い爪が、杖の女に目標を定める。
獲物を選び終えたのを確認し、ギルディウスが合図を送る。
「では行くがよい。この余興で我を…………む?」
言葉を遮ったのは勇者たちから溢れだす白い光の粒子だった。
「魔王様……」
オズウェルが合図を促すが、それを手で制止する。
「貴様は心配症だなオズウェル。よい。ただでさえ脆弱な奴らがどのようにして抵抗するか少しばかり興味がある。それに今殺してしまっては楽しめんかもしれんだろう?」
「ですが……」
不安そうな顔をするが、それ以上はなにも言わずに王の命令に従った。
この時、少しでも彼の意見に耳を貸していればと後悔するのだが、それはまた後のお話。
「……どうやら準備出来たようだぞ」
光の放出は終わり、その部屋には先程までの静寂が戻りつつあった。
「これだけ待たせたのだ……。楽しませてくれよ? お前たち、殺れ」
ギルディウスは言葉と同時に手でも合図を送った。目の前に立っていた五体の影が一瞬で消える。
「きゃぁああああああぁあああ!」
最初に悲鳴を上げたのはミケランジェロに狙われた弓の小娘……ではなくミケランジェロ自身だった。
彼女は胸に矢を受け、そこから白い煙を噴き出している。仰向けに倒れてヘビの髪の毛をのたうち回らせている。
「何が起こっている!?」
ギルディウスは驚きのあまり立ち上がり、他の部下を見渡す。
最初に目にしたのは槍に貫かれたガンドールの翼だった。通常ならばすぐに治るはずのものだが、今回は違った。その部分を起点にボロボロと羽が崩れていく。土くれが水によって柔らかくなっているかのように少しずつ広がっていく。
「っ! これは、神聖魔法!?」
ガンドールの顔が歪む。
「貴様ァアアアアア! よくも僕の羽を神の力で汚したなァッ!」
霞むようなサーベルでの一撃を槍の男はそれを上回る速さで躱す。
「馬鹿なッ!?」
腕を伸ばしきったガンドールにカウンターの要領で槍の切っ先が迫る。
「――ッ!」
翼を羽ばたかせて体勢を変えるも片方はもげてしまったために上手くバランスが取れない。結果、その切っ先はガンドールの頬を掠め取った。
「魔王さまっ!!」
オズウェルの声が玉座の間に響き渡る。ガンドールの戦いに熱中しすぎて他に注意が回っていなかった。
声のした方を見ると、ヘイネスを倒した剣の男がギルディウスに向かって走ってきているところだった。その距離およそ三メートル。
「ギルディウスゥゥウウウウ!!」
「小癪なっ!」
剣を上段に構えたまま男が跳躍する。対抗して眼前にシールドを張り巡らせた。だが、男の剣はいとも容易くそれを切り裂く。
「馬鹿な、あり得ん!」
驚いたのも束の間、次の瞬間には胸に剣が突き刺さっていた。
「オォォ……オオォオォォォオオオオオオ!!!」
神聖魔法、神の力を一時的に宿す魔法である。強力であるがゆえに時間という危険と、犠牲という代償が必要になる。しかし、今回の発動には数分も経っていなかった。
ここでギルディウスには一つの考えが浮かぶ。ここではないどこかで儀式が行われていた可能性。だとすると全てに辻褄が合う。
「おのれぇ……おのれぇえええええ!」
神の領域に手を出した魔法はやはり本物のようで、傷口は縮むどころかますます広がっていった。薄れゆく意識の中で思いつく限りの罵詈雑言を並べ立てるが、最期は自分でも何を言っているのかわからなくなり、そこで思考は途切れた。
今日、この日、魔王が死んだのである。