幽霊騒動 1
陽も傾き、学園内には鐘の音が響き渡った。今日最後の授業が終わった事を告げる鐘だ。
終了後の礼を済ませ、ロロは他の生徒とは逆の方向に進んでいく。彼の向かう先には図書館があり、何万何十万という書物が並んでいる。普段なら放課後は人で溢れかえっているはずなのに噂のせいか最近はがらんとしている。
彼は本棚の間を縫うように進み、目的の棚にたどり着いた。
「フェ、フェ……フェデレーの基礎魔法……あった」
探していた本を見つけ、手を伸ばすと急に現れた別の手と触れ合った。
「あっ」
「えっ!?」
ロロともう一人の声が重なって誰もいない図書館内に響き渡る。彼は驚いてその声の主を確認した。それは相手も同じだったらしく二人の視線が重なった。
薄く赤みがかった髪に薄いピンクの唇、丸いレンズの奥に潜む赤い瞳が冷ややかにこちらを見据えていた。
ロロの鼓動は早くなり、頬が紅潮する。何かを言おうとするが頭の中で言葉がぐるぐると渦巻いて口に出せなかった。
「ごめんなさい」
落ち着いた女の子の声が聞こえた。
「えっ、いや、オレの方こそ、ごめんっ!」
伸ばしていた手を引っ込めて頭を下げた。そして悟る。ああ、これが一目惚れなのかと。既に本の事などどうでもよくなり、彼の頭の中は目の前の彼女のことでいっぱいになった。
急に頭を下げたせいか彼女も最初は驚いていたが、しばらくしてクスリと笑った。
「もしかしてあなたも『フェデレーの基礎魔法』を?」
「はいっ! あ、でも、次でいいです。オレは後で読みますから」
彼女が前に出したロロの手を取って握りしめる。すると彼の胸が早鐘を打つように鼓動し始めた。
もうダメだ。心臓が爆発する……。
「それはいけません。……もし、よろしければ一緒に読みませんか?」
「はいっ! 是非よろしくお願いします!」
彼女は再びクスリと笑い、口を開いた。
「……それではあちらに行きましょう」
いつの間にか本を胸に抱いた彼女が図書館の奥を指差す。言葉は出さずロロは頷いた。
「いくつか質問したいことがあるの。いいかしら?」
歩き始めた彼女は止まらずに話し始めた。
「……はい」
答える彼の声には今までの勢いはなかった。それを確認した彼女の口角が少し上がる。
まだ本棚の間だが、歩みを止めて彼女は振り返った。ロロの目の前に《マジックビジョン》が現れ、黒髪の少年を映していた。
「この少年を知っていますか?」
「……はい、知ってます」
「話したことは?」
「……編入してきた日に一度だけ」
「どんな内容でしたか?」
「……転入生だとかフィナ・フィルオートについて少し」
彼女は考える素振りを少しだけ見せて視線をロロに戻した。
「その少年の第一印象を教えてくれますか?」
「……世間知らず」
「成る程。わかりました。もういいですよ」
しばらくすると彼女はキョトンとした顔になり、続いて彼も似たような顔になった。
「あれ? 私は何を……?」
「ん? オレは何しようとしてたんだっけ?」
混乱する彼らを他所に人影が一つ、その近くから離れていった。
☆
「では、各々報告をお願いします。まずは……コネルから」
「はっ、はい」
薄暗く狭い部屋に四人の人影が並び、その前に男が一人、合計五人が立っている。窓は厚いカーテンで塞がれ細くなった陽の光が隙間から少しだけ漏れている。喧騒が外から聞こえるものの音量は小さく、この集団の会話を妨げるほどのものではなかった。
コネルと呼ばれた者は一歩前に出て男に一礼した。顔は童顔ではあるが男性ということが見て取れる。背中には黒い翼を生やしている。それはこの部屋にいる者すべてに共通する部分であった。
「まず、街を調査したところ例の少年はいたるところで目撃されています。……ただ、いつも修道服の女といつも行動を共にしているようです」
「修道服の女?」
男が聞き返すとコネルは肩をびくりと震わせた。
「はっ! 確かリビートハルク修道院のイレンとかいう小娘ですっ」
「ふむ……」
考える素振りを見せ、黙り込む。右に左にと瞳を動かし、やがて一つの結論を出した。
「まぁ……いいでしょう。それもあの方に何か考えがあってのことかと。では、次。ハイネル」
「はぁい」
返事をしたのはコネルの隣、少し長い髪の女だった。彼女はお尻からは黒くて艶やかな尻尾を出し、空中でうねうねとくねらせている。それを見たコネルは焦ったような表情で彼女に耳打ちをするがフイッとそっぽを向く始末だった。それを見た男はため息を吐いて注意するように促す。
「ハイネル……今は公の場ではないとしても尻尾はしまいなさい。お前は魔王様の前でもそのような態度をとるのですか?」
「……ごめんなさぁい」
まるで反省していない口調だったが、尻尾はするすると短くなっていき、やがて消えた。
「それじゃ報告するわ。オズウェル様が召喚したグリフォンを殺した……さっき話に上がった少年だけど名前はギル。その時同じ場所にいた女はフィナ・フィルオートと言うらしいわ。この辺りで一番強力な魔力を持っているのはこの二人くらいかしら」
四人の前に立つ男、オズウェルは頭を悩ませていた。ギルという少年もフィナ・フィルオートという少女も自分の目で直接確かめてきた。確かめてきたのだが魔王城にいた時のような魔力を感じなくなっていたのだ。
魔界を出てしばらくは感じ取れていた魔力も次第に薄れていった。なんとかこのリベート王国には辿り着けたのだが、どうしていいかわからず参ってしまっていたのだ。そこに大きな二つの魔力がぶつかり合うのを感じ取り、確認したところ例の少年少女二人だったというわけである。
明らかに人並み外れた魔力を持ち、自分たち魔族に到達しうる存在。最初は目を疑ったが彼らの戦いぶりを見る内にそれは確信に迫っていった。そしてそれを立証するために召喚したのがグリフォンである。当初はそれで十分だと思っていたのだが、その考えはすぐに覆された。
ギルと呼ばれる黒髪の少年がその怪物を圧倒したのである。オズウェルが強化魔法を何重も掛けていたにも関わらずだ。少女の放った《ホーリーレイ》にも少しは驚かされたがその後の反応でそれが限界だったのだと分かった。
オズウェルはグリフォン召喚時、少年と目が合ったことを思い出す。その雰囲気はかつての主君を彷彿とさせ、声すら思い起こさせた。
――『 邪 魔 を す る な 』
背筋が寒くなりオズウェルは思わずブルブルと顔を振った。
「以上でぇす」
ハイネルの甘い声によって現実に引き戻されたオズウェル。
「ん? もう終わりですか?」
顔を上げた彼をハイネルはジトッとした目で覗き込んだ。
「オズウェル様ぁ、ちゃんと聞いていましたかぁ? 話している間ずぅ~っと難しい顔してましたけど」
「え、ええ。もちろんです」
「……ふぅ~ん」
後でコネルに聞いておきましょうか……。
「では、次にデビネル」
「ハッ!」
ハイネルの隣にいた筋肉質な男が一歩前に出た。彼の左肩には人間大の袋が乗せられており、時折袋の中で何かが暴れるように動いている。僅かにわめき声が聞こえる。。
「な、なんですかそれは……?」
デビネルが話すよりも先にオズウェルが口を開いた。
「その、ギルってヤツの家を調べに行ったんすけど、コイツが帰ってきちゃて……」
「『コイツ』……が帰ってきちゃって? どうしたんですか?」
デビネルの視線が肩に乗っている袋に移る。
「暴れるしどうしたら良かったのか分からなかったっす。分からなかったので……持ってきちゃいました」
オズウェルの眉が釣り上がりピクピクと痙攣を起こしている。
「まずかったっすかね?」
機嫌を伺うように尋ねた。
「デビネル、私が最初に言ったこと覚えてますか?」
「いえ、忘れたっす」
「……でしょうね。もうこれからあなたにこういった仕事は任せないようにします」
この言葉に衝撃を受けたデビネルは不満そうだったがしぶしぶ頷いた。
「ではここに置いて開けてください」
彼が言われたとおりにすると、中から出てきたのはベールの無いシスター服を着た少女、イレンだった。
☆
「帰ったぞ。 ……ん?」
返事がない。まだ食材でも買いに行ったまま帰ってないのかとも思ったがどうやら違うようだった。
ドアを開けてすぐに見える廊下には衣服が散乱していた。奥にあるリビングの窓は割れ、カーテンはずたずたに切り裂かれていた。床にはシチューの材料であろうニンジンやジャガイモなどが転がっている。
ギルの中で何かが弾けた。
《パーセプションフィールド》《エディションフォース》
今の自分自身で出来る最大範囲の領域を支配下に置いた。おそらく、自分の考えが正しければ王国全土にまで広がっているはずだ。その範囲外に逃げられていては見つけられないが。
「……見つけたぞ。我のモノにこんなマネをしてタダで済むと思うなよ」
彼はそれだけを言い残すとその場から一瞬にして姿を消した。
一応自分でも添削しているつもりですが力不足故に至らぬところもあると思います。誤字脱字、疑問、などなどありましたら遠慮なく書き込んでください。
感謝と涙を送らせていただきます。