魔法学院体験ツアー 4
「皆さん、一週間お疲れ様でした。今から、この一週間の皆さんの様子を見た上で判断した、簡単な評価表をお配りします。評価は最高がSで、最低がEの六段階でつけてあります。それと、皆さんの長所と短所を見極め、今後どうすると良いか等のアドバイスも記してありますので、良ければ参考になさって下さい。では、名前を呼ばれた方から取りに来て下さいね」
体験ツアーが終わって魔法学院を出る日の朝、校門前に集められた私達は、授業こそ担当の講師が教えてくれていたけど、それとは別に、この一週間私達を見守ってくれてた男性からそう告げられた。
次いで名前を呼ばれ、順番に評価表を取りに行く。
男性は受け取る一人一人に、「お疲れ様でした」とか「この一週間は楽しかったですか?」とか短く言葉をかけている。
それを視界に入れながらも、私の意識は男性の手元に置いてある評価表に向かっていた。
学生時代の成績表を思い起こされるそれに、私の評価は一体どんなふうにつけられているんだろう?
何しろ、魔力1で日に一回しか魔法を使えなかった私だ。
きっと、いや絶対、そこにはEの文字が輝いているに違いない。
そしてアドバイスには、『残念ながら貴女に魔法の才能はありません。他の道を探したほうが良いでしょう』とかなんとか書かれてるんだろう。
……い、嫌だな、受け取りたくないなぁ。
貰う必要性を感じないよ……。
「では次の方、クレハ・カハラさん」
「は、はい」
そんな事を思っても、無情にも呼ばれる名前に、私は渋々男性の元へ歩いて行った。
すると男性はこれまでの人達と同じく穏やかな笑みをたたえたまま、私に評価表を差し出した。
「一週間お疲れ様でした。道は険しいでしょうが、これからも頑張って下さいね」
「えっ? あっ、は、はいっ」
男性から意外にも優しい言葉をかけられ、私は戸惑いながらも慌てて評価表を受け取り、元の場所へと戻った。
そして再びちらりと男性のほうへ視線を向けると、男性は既に次の人の名前を口にしていた。
……しゃ、社交辞令、なのかな?
そう思いつつも、かけられた言葉に動揺したまま、けれどそれを隠すかのように、私は自分の評価表を開いた。
どうせEの文字が並んでいるんだろうけど、とそこに目を落とした私は、それを大きく見開いた。
攻撃魔法 C
支援魔法 C
回復魔法 C
召喚魔法 C
総合評価 C
備考:貴女は魔力が極めて少ないです。その為、攻撃・支援・回復魔法の使い手になるのはとても難しいでしょう。今後魔法を扱うのなら、召喚魔法を磨く事をお勧めします。召喚魔法は召喚時に魔力を要するだけで、あとは召喚対象が己の持つ能力を使ってくれます。もっとも、召喚主の器以上の力は出せませんので、貴女は自らの器をも磨く事を留意しておくと良いでしょう。
「う、嘘……」
ズラリと並ぶCの文字に、きちんと考えられたアドバイスの言葉。
自分が思っていたよりずっと優しいそれに、何とも言えない感情が沸き上がり、ほんのり涙腺がゆるんだ。
お、落ち着け、落ち着くんだ、私。
いくら想像してたよりずっといい評価だったからって、こんな所で泣いてどうする。
そう思って目を閉じ、沸き上がったものを懸命に抑えていると、ふいに後方からバシッという音が響いてきて、私はビクリと肩を揺らした。
「何だよ、これ! どうしてこの俺の評価がEなんだ! 俺はどの魔法も使いこなしていただろうが! なのに、どういう事だよ!」
そう叫ぶのは、この一週間私を見下した目で見てた集団の中の一人。
彼の足下には地面に転がっている評価表。
恐らく叩きつけられたのであろうそれは無惨に折れ曲がっていた。
……あの人の評価が、E?
魔力が高くて、どんな魔法もすぐに覚えて使いこなしていたあの人が?
彼が叫んだ言葉に疑問を覚えたのは私だけではないようで、周囲には驚きに目を見開いている人や、怪訝な表情で軽く首を傾げている人がいる。
更に彼の周りには、彼と同じく怒ったような顔で評価表を配っている男性を睨み付けている人達がいた。
男性はその視線を受け止めると穏やかな笑みを引っ込め、真顔になって口を開いた。
「……確かに貴方は、いえ、貴方方は、魔力がとても高く、どの授業でも優秀でした。なのに最低評価がついたその理由は、きちんと評価表に書かれている筈です」
「ふざけんな! こんな事魔法とは何の関係もねぇじゃねーか! 理由になんかなるか!」
こ、こんな事?
魔法とは関係ない……って事はもしや、私を見下した態度をとっていた事がE評価に繋がっているんだろうか?
そういえば、私を馬鹿にした目で見る度に講師の人が何かチェックしてたもんね。
で、でも、それだけで最低評価をつけるというのは、ちょっと厳しすぎなんじゃ……。
そう思って男性を見ると、男性は小さく溜め息をつき、再び口を開いた。
「いいえ、関係なくはございません。評価表にもそう書いてある筈ですが……いいでしょう。私の口からも申しておきます。魔法は、とても便利で、そしてとても恐ろしい力です。誤った使い方をすればとんでもない大惨事にさえなります。故に、魔力の低い者も勿論そうですが、魔力が高い者ほど、優れた魔法を使える者ほど、己を律し、邪な欲望に負けぬ精神を鍛えるよう、当学院は教えを広めています。その点において、貴方方は激しく劣っている、と言わざるを得ません。授業でも寮でも、魔力の低い者を見下し、あまつさえ自分達の使用人か何かのようにこきつかう。その様を見て、あえて厳しい評価を下したのです。どうかご理解戴き、その認識を改めますよう申し上げます」
「なっ……! なんだよ、それ! くそっ、こんな馬鹿げた評価をする場所なんかに用はねえ!!」
男性の言葉を聞いた途端そう吐き捨て、彼はくるりと踵を返すと足早に門から出ていった。
彼を取り囲んでいた集団は、直ぐ様それに続く人と、戸惑ったように彼と男性とに視線を走らせる人がいたけれど、結局全員がそのまま出ていってしまった。
中にはまだ評価表を受け取っていない人もいたけれど、男性の言葉を聞く限り、評価は同じだったのだろうから、見るまでもなかったのかもしれない。
去っていく彼らを、男性は厳しい眼差しで見つめていたけれど、やがて彼らの姿が見えなくなると、私達をぐるりと見回した。
「先ほど彼らに言った言葉は、皆さんにも心に留めておいて戴きたい言葉です。どうかご自身のその魔法の力は、正しい事の為だけに使われるよう、切に願います。……では、評価表の配布に戻りましょう」
男性は最後にそう言って、残りの評価表を配っていった。