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シンプルな場所で 2

 視線を向けた先には、シンプルな白い服に、白いズボンを身に纏った、二人組の男性がいた。

 一人は柔らかくウェーブしてる茶色の髪に、ニコニコと可愛いと言える笑みを浮かべた癒し系の男性。

 もう一人は、青い髪に切れ長の目をした、どことなくクールな感じの美形。

 その二人が、背中に見える翼をはためかせ、私の頭上に浮かんでいた。

 もう一度言おう。

 浮かんでいる。

 つまり、飛んでいる。

 ……えっと……うん。

 これが、最近疲れてた私が癒しを求めて見ている夢だとして。

 背中に翼を生やして空を飛ぶ、タイプの違う美青年が二人も出てくるって…………え、それ、どんな夢?

 おかしいな、最近は本当に忙しくて、ファンタジーな物語も、ゲームも、TVさえ見ていない筈なのに、何でこんな夢を見ているんだろう?

 ……いや、逆に、だからなのかな?

 頭がファンタジー成分が足りないと訴えた結果の、この夢って事?

 だとするとこの後の展開は…………ど、どうなるんだろう?

 私がそんなふうに思考を巡らせていると、二人の男性は私のすぐ近くに降り立った。

 次いで真っ直ぐに私を見ると、茶色の髪の男性が口を開く。


「あの、本当に、遅くなりましてすみませんでした。えっと、短くとも堅実な人生、お疲れ様でした! 僕達は貴女を迎えに参りました。これから貴女を、責任をもって天国までお連れしますね!」

「……え?」


 茶色の髪の男性はニコニコとした笑顔をそのままに、そんな事を言い放った。

 私は軽く目を瞬いて首を傾げ、次いで男性の言葉の意味を理解すると、愕然とした。

 け、『堅実な人生お疲れ様でした』?

 『天国までお連れしますね』?

 な、何それ……自分が死んだ設定の夢見てるの?

 嘘、私そこまで疲れてたっけ……!?


「ちょ、ちょっと待って、いくら何でもこんな夢見るなんて……」

「え? えっと、あの、夢じゃ、ありませんよ?」

「へっ?」


 とんでもない夢を見ている事に衝撃を覚え、両手で顔を覆いながらそう言うと、茶色の髪の男性は遠慮がちに、でもしっかりとした言葉を返してきた。


「夢じゃ、ない? ……って、そんなわけ、ないでしょう?」


 男性の言葉に反応して顔から手を外し、男性を見る。

 すると男性は首を横に振った。


「いいえ、夢じゃありません。ここに来る前、何があったのか、覚えていらっしゃいませんか?」

「……ここに、来る前? 何が、って……」


 男性の問いに、困惑気味に言葉を発しながら少し前の記憶を探ろうとすると、途端、頭の中にひとつの映像が浮かんだ。

 自分の体を照らす眩しい程の光、迫り来るエンジン音……。


「そう……そうだ私、仕事帰りに交差点で信号待ちしてたら、車が突っ込んできて、それで……。……気がついたら、ここに……。……し、死んだの? 私?」


 全てを思い出すと、私はゆっくりと二人の男性を交互に見た。

 どうか、否定して欲しい。

 どっちでもいいから、お願い……!!

 そんな願いを視線に込めてみたけれど、伝わらなかったのか、茶色の髪の男性はあっさりと頷いた。


「はい。ですが、貴女は地味でも堅実な人生を歩まれていた事が評価され、天国へ行く事が神様より認められたのですよ! おめでとうございます!」

「えっ……」


 男性はニコニコと曇りのない笑顔で、明るくそう言い放つ。

 い、いくら天国に行ける事になったらしいとはいえ、死んだと聞かされてショックを受けている人間に『おめでとうございます』はないだろう。

 私はまだ、ギリギリでも若いと言える歳で、結婚もしていなかった。

 人生の醍醐味は全部まだまだこれからだったのに、なのに……。

 失われてしまった、これまでの、そしてこれからの人生を思うと、段々視界が滲んできて、私は両手で目を覆って俯いた。

 口からは微かに嗚咽が漏れる。


「! ……あっ……! ……え、ええええと……!!」


 そんな私の状態に気づいたのか、茶色の髪の男性のオロオロとした慌てたような声が耳に入った。

 でも、それに反応を返す余裕は、今の私にはない。

 そのまま静かに泣いていると、ふいにバシンっという音が聞こえてきた。


「痛ぁ! な、何するんですか先輩……!」

「やかましい。……全く、死者を気づかって心穏やかに天国に連れていく、ただそれだけの事も今だに満足にできないのか、お前は」

「うっ……! す、すみません……!」


 聞こえてきた音に、指の間から男性達を見れば、彼らはそんな会話を交わし、そして、今まで黙っていた青い髪の男性が一歩前に出て、私を真っ直ぐに見つめた。


「……後輩が無神経に捲し立て、申し訳ございません。残念ですが、貴女は先程、その生を閉じられました。短い一生となってしまった事、心からお悔やみ申し上げます。ですが、貴女は神様より天国へ行く事が認められました。これよりはどうか、一日も早くその悲しみを忘れられ、天国にて心穏やかに過ごされる事ができるよう、お祈り致します」


 青い髪の男性は落ち着いた口調でそう言うと、スッ、と私に手を差し出した。


「さぁ、お手をどうぞ、佐原暮羽(さはらくれは)さん。我々と共に、天国へと参りましょう」

「あ……。……は、は…………い……?」


 その紳士的な態度に幾分か心を落ち着かせる事ができた私は、伸ばされた手を取ろうと自分の手を動かす。

 けれどその途中で、男性から告げられた言葉のひとつに違和感を感じて、その手を止めた。


「? どうなさいました? 佐原暮羽さん?」

「!」


 動きを止めた私を見て男性が再び発した言葉に、私はぴくりと体を揺らした。

 や、やっぱりそうだ、この人私の事、さはらくれは、って呼んでる……!!


「あ、あのぅ……ひとつ、訂正させて貰って良いでしょうか? ……私の名前、華原紅葉(かはらくれは)、なんですけど……?」

「!!」

「え。……えっ!?」


 私が自分の名前を告げると、青い髪の男性は目を見開き、次いでファイルのような物をその手の中に出現させると、凄まじい早さでそれを捲り始めた。

 その半歩後ろでは、茶色の髪の男性が顔色を若干青ざめさせ、狼狽えている。

 私はそんな二人を一瞥すると、青い髪の男性が捲っているファイルに視線を落とした。

 やがて、青い髪の男性の手がぴたりと止まる。


「……華原紅葉。仕事帰りに事故にあうも、かろうじて一命はとりとめる……」

「えっっ!?」


 どことなく固い声で、青い髪の男性がポツリとそう言うと、茶色の髪の男性は更に顔を青くさせた。


「……ルーク……!!」

「ひっ! す、すみません、先輩っ!!」


 次いで青い髪の男性がワナワナと震えながら、地を這うような低音で一言口に出すと、茶色の髪の男性はビクッと肩を揺らし、次の瞬間には勢い良く頭を下げた。

 その角度は、きっちり九十度だ。

 ……こ、これは。

 自分のものとは違う名前で呼ばれた時点で、まさかとは思ったけど……今さっきの青い髪の男性の言葉といい、やっぱり……あれだよね。

 人違い。


「……あの、つまり私、まだ死んでないんですよね? 帰れるんですよね?」

「!!」


 私が遠慮がちにそう問うと、ファイルを握り締め、その端をグニャリと歪めている青い髪の男性と、九十度に頭を下げたまま静止していた茶色の髪の男性はぴくりと反応して……次の瞬間、土下座をした。


「えっ? あ、あの?」

「……申し訳ございません。残念ですが、それは叶いません。この場に来られた時点で、既に貴女の死は確定してしまっているのです。……今頃は、本来死ぬ運命にあった女性が、貴女の代わりに一命をとりとめている事でしょう」

「……え?」

「す、すみません、すみません! まさか人違いで貴女をここに転移させてしまっていただなんて……! ぼ、僕まだ見習いで、担当する区域も凄く狭い未熟者で……っ、ほ、本当に、すみませんっ!!」

「…………私、もう生きられない、の? 人違い、なのに?」

「……申し訳ございません」

「すみません、すみませんっ!!」

「……………………」


 ふわふわした白い何かに頭を擦り付け、ただ謝罪の言葉を口にする二人の男性を、私は呆然と見下ろした。

 やがて、胸にふつふつと怒りが沸き上がってくると、ゆらりと体を動かし、茶色の髪の男性へと近づいて行く。

 この二人の会話から推察するに、私をこんな目に合わせた張本人は、こっちの男性らしい。


「……ねぇ、私、まだギリギリ二十代だったの。結婚もまだで、まだ全部、全部、これからだったのよ」

「え……は、はい……?」


 淡々と自分の事を話ながらゆっくりと近づく私に気づいたのか、茶色の髪の男性は土下座の態勢はそのままに、顔だけを上げ私に向けた。

 その、次の瞬間。


「……ふざけんな~! 人違いで死ぬとか、何してくれてんのよ! 私の人生返しなさいよ~~!!」


 私はそう叫びながら、足を持ち上げると精一杯の力を込めてそれを落とした。

 茶色の髪の男性の、頭に。

 そしてそのままグリグリと踏みにじる。


「いったぁぁ!? え、え……っ、お、落ち着いて、落ち着いて下さい! う、うわぁぁんごめんなさいぃぃ!!」

「ちょっと、何泣いてんのよ! 泣きたいのはこっちよ!!」


 そう叫んだ言葉を真実だと証明するように、私の視界は再び滲み、冷たい滴が次々に頬をつたった。

 足の下で泣き声を上げる茶色の髪の男性を、ボロボロと涙を流しながら足げにする私。

 とんでもない修羅場だが、すぐ側にいる青い髪の男性は顔を上げてそれを一瞥すると視線を明後日のほうに向け、何も言わず、私を止めもしない。

 人違いで私を死なせた罪悪感から、好きにさせようというのだろうか。

 まあ、いい。

 それならそれで、好きにさせて貰うまでよ!

 私は荒ぶる心のままに、茶色の髪の男性にその思いをぶつけたのだった。

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