新たな住み処
サク、と音を立てて踏んだ地面の感触に目的の地へ到着した事を知り目を開ける。
すると視界に広がったのは、丸太で組まれたログハウス風の二階建ての建物だった。
「わあ……凄い! ログハウス! 木の家だ! これが私の新しい家!?」
「ええ、そうです。お気に召して戴けましたか?」
「えっ? あ、ラクロさん! はい、そりゃあもう!」
ログハウスを見てテンションが上がり、やや興奮ぎみに一人ごちた私に、すぐ隣から声がかかり、驚いてそちらを見上げればそこにはラクロさんがいた。
そう、ラクロさん、何だけど……んん?
あれ、何だろう、何かおかしいような……?
「それは良かった。では、牧場の施設を一通りご説明致します。まずはあちらをご覧下さい」
そう言うと、ラクロさんはくるりと体を反転させ、所々に草や花が咲いている広い野原を指し示した。
私はそれにつられるように、同じく体を反転させて示されたほうを見る。
何故か感じた違和感は置き去りにした。
「この一帯が畑を作るスペースとなります。必要な部分の草花をむしり、耕してお使い下さい。草花は物によっては錬金術の材料となるものもございますので、よく確認なさって処理なさって下さい。参考となる図鑑を家の本棚に入れておきましたので」
「わ、本当ですか? ありがとうございます、助かります!」
「では次に、鶏小屋です。こちらへどうぞ」
そう言うと、ラクロさんは今度は左を向き、その正面にある小屋へと歩き出した。
一歩遅れて私もそれに続くが、歩いているうちにラクロさんとの距離が段々開いていく。
あ、あれ、何でだろう?
疑問を感じながらも急いで足を動かし、扉を開けて待っていてくれたラクロさんに軽く頭を下げて小屋の中へと進んだ。
そこには五センチ程の高さの正方形の十個の木箱が、五個ずつに分かれて左右の壁際にずらりと並び、その中には藁が敷かれている。
恐らく鶏の寝床だろう。
この小屋では十羽飼えるようだ。
「ええ、ご覧の通り、ここでは十羽飼育できます。右奥にある棚には、鶏の餌を入れてあります。小分けにしてありますので今の貴女でも重くはないでしょう」
「え? ……あの、ラクロさん? その、"今の貴女でも"っていうのは、何……」
「それについては、また後で。今は施設の説明を先に済ませましょう。次は動物小屋です。隣にありますから、行きましょう」
「え、あっ、はい」
私の質問をさらりとかわして再び歩き出したラクロさんに続いて歩き、小屋の扉をくぐる。
すると、背後から『コッコッコッ』という声が聞こえてきた。
それにつられて振り返ると、閉まる扉の隙間からあの馬鹿天使の姿がちらりと見え、その手の先には一羽の白い鶏の姿があった。
「あ、あの、ラクロさん、今……!」
「ええ。ルークに必要なものを揃え運び入れるよう命じてあります。仮想世界で既に体験しているとはいえ、この世界では周囲の環境などをまた新しく一から知る必要がある為、そういった意味で生活に不慣れとなりますから、動物はとりあえず鶏、この世界ではコッコと呼びますが、一羽のみ手配しました。牛であるモオや、羊であるメエは、貴女が生活に慣れた頃手配致しますのでご了承下さい」
「は、はい、わかりました。コッコと、モオと、メエっていうんですね。覚えておきます。あっ、じゃあもしかして、他の動物や植物なんかも呼び方が違うんですか?」
「はい。それについても、図鑑を用意しておきましたので、後ほど本棚をご確認下さい」
「わ、わかりました。ありがとうございますラクロさん。本当に、助かります」
「いえ。さあ、こちらが動物小屋です。中へどうぞ」
そう言ってまた扉を開けてくれたラクロさんに軽く会釈して、私は動物小屋へと足を踏み入れた。
造りは鶏小屋と変わりなく、やはり十匹ずつ飼えるようだ。
まだモオとメエの手配をしていないせいか、右奥の棚には何も入っていない。
「ご覧の通り、ここでも十匹飼育できます。モオとメエは乳搾りや毛がりをしますので、その為の道具を置けるよう、棚は鶏小屋のものよりも大きめにしておきました。小屋の説明は以上となります。では最後に、家の説明を致しましょう。さあ、行きましょう」
「あっ、はい!」
ラクロさんは手短に説明を終えると、今度は家に向かって歩き出した。
私はまたも懸命に足を動かし、それについていく。
うう、どうしてこうも距離が開くんだろう……。
またしても扉を開けて私の到着を待っていてくれたラクロさんに会釈をして中に入ると、私は右側に見える扉に向かって歩き、吸い込まれるようにその部屋へと足を踏み入れた。
その後をラクロさんがついてくる。
「こちらはリビングとキッチンになっています。家は、一階がリビングとキッチン、お風呂とトイレ、そして二階と、地下へと続く階段があります。地下にはたくさんの物を置けるよう広い倉庫を造っておきました。長期保存が可能なように、劣化防止機能をつけてあります。二階には同じ大きさの部屋が四つあります。お好きな部屋を自室になさって下さい。……説明は以上ですが、何か質問はございますか?華原さん?」
リビングの中央で立ち止まった私の隣に立ったラクロさんは家についての説明をしてくれる。
けれど私はそれを聞きながらも、意識はリビングにある大きな窓に向いていた。
いや、正しくは、そこに映った自分の姿に、だろうか。
それを見た私は、これまでの違和感の正体を知ったのである。
そう、私は、子供の姿になっていたのだ。
恐らく十歳にもなっていないくらいの背の小ささだ。
そう言えば、ラクロさんから子供の姿になると言われていた事を今更ながらに思い出す。
もうかなり昔、少なくとも私にとっては一年以上も前の事だから、すっかり忘れていた。
「……ラクロさん、私今、何歳ですか……?」
「……思い出されましたか。現在の貴女は、八歳となります。この世界の暦では今日は十月一日ですから、その日を貴女の誕生日と定めると良いでしょう。他に何か、ご質問はございますか? この世界に関する基本的な事柄はやはり図鑑としてそちらにある本棚に入れてありますが……今知っておきたい事があれば、お答え致しますよ」
「あ……いえ、それなら、まずは図鑑を読みます。その上で何かあれば、手紙でお聞きします」
「承知致しました。ではこの後はお好きにお過ごし下さい。畑を耕すも良し、周囲を散策するも良し、図鑑を読みふけるも良し、早速近くの街へ行くのも良し。全て貴女の心次第です。ああ、けれどひとつだけ。鶏に餌を与える事だけは、お忘れなきよう。貴女自身の食事は、冷蔵庫に日本の食材を入れておくようルークに命じてありますから、適当な時間にそれらを調理してお食べになって下さい」
「あ、はい。ありがとうございます」
「いえ。では、私はこれで。どうか素敵な日々をお過ごし下さいますように」
「はい」
最後のラクロさんの言葉に私がしっかり頷くと、次の瞬間、まるでそれを合図にしたかのようにラクロさんの姿は一瞬で消えた。
私は数秒の間ただじっとそこを見つめた後、リビングをぐるりと一度見渡すとそこを出て、まずはコッコに餌をあげてしまおうと、再び鶏小屋へと足を向けた。
あ、コッコに名前もつけなくちゃね。
う~ん…………ココ、で、いいかなぁ。
わかりやすいし、可愛いしね。