最後の詰め
本日二回目の更新です
いつものあのシンプルな場所に戻ると、そこには既にお花のテーブルと切り株の椅子が二つ設置されていた。
ラクロさんに促され共にその椅子に座ると、ラクロさんは巻物のような長い紙をテーブルの上に広げる。
「ではまず、確認を致します。華原紅葉さん、貴女の移住地はラザルドールのネオスティア王国で、職業は錬金術士。これでよろしいですか?」
「あ、はい。それでお願いします」
「わかりました。では次に実際の住居ですが、どのような土地に住みたいですか? やはり店も多く、賑わっていて治安もいい王都でしょうか」
「王都……。……あの、その王都に、さっきまでいた仮想世界での家みたいに広い土地はありますか? 外れのほうでもいいし、あれほど広くなくてもいいんですが。……その、野菜や薬草を育てて、動物の世話もして収穫物を得ながらそれを使って錬金術の技を行使するあの生活、大変でしたけど、でもそれ以上に楽しかったので、できれば続けたいなと思うんです」
「……なるほど。けれど残念ながら、王都にはそれが可能な程の広さがある土地はありませんね」
「そ、そうですか。えっと、じゃあ、王都以外でなら、ありますか?」
「そうですね……田舎の村になら、ございますが……。ですがここでは日々の買い物等に少々不便です。商店は小さなよろず屋ひとつで品数も少ないですし、行商人も時々しか訪れませんので」
「え、そ、そうなんですか……」
それはちょっと、困るかな。
錬金術で必要な材料を買う事もあるだろうし、物欲が全くないというわけでもないから買い物は満足にしたい。
どうしよう、野菜とか動物を育てるのは諦める?
でも本当に楽しかったんだよね……無事に実った実や繁った葉を見ると嬉しくなるし、動物は可愛いし……うう、諦めたくないなぁ。
「……華原さん。もし街や村の中でなくとも良いなら、栄えている街の近くに広い土地がありますよ」
「えっ! ほ、本当ですか!? ならそこでお」
「ですが。以前お話した通り、ラザルドールはファンタジー世界です。魔物がおりますし、盗賊などもいます。街の外に住むという事は、それらに襲われた時に守り戦ってくれる騎士や領主の私軍がいないという事です。はっきり申し上げますが、危険ですよ。それでもよろしいですか?」
「うっ!!」
勢いよく『そこでお願いします』と言いかけた私の言葉を遮って更に続けられたラクロさんの言葉に、私は言葉を詰まらせた。
それは……よろしくないです。
生命の危険があるのは満足に買い物できないより嫌です。
う~ん……野菜や動物を諦めたくないなら、買い物を諦めるしかないのかなぁ。
小さくても商店があって時々でも行商人が来るのなら、全く買い物ができないわけじゃないんだし……この際、我が儘は言ってられない、よね。
うん、仕方ない、仕方ない。
「……あの、それじゃあ」
「華原さん。……貴女は、今のご自分の立場を正しく理解していらっしゃいますか?」
「へっ?」
じ、自分の立場を、正しく?
と、突然、何……?
またも私の言葉を遮って告げられたラクロさんの言葉の意味がわからず、私は首を傾げた。
頭の上には幾つものクエスチョンマークが浮かんでいる。
「……やはりわかってはおられないようですね。良いですか? 貴女はこちらの不手際で、間違って死を迎えたのです。そしてそのお詫びとして私の加護を授け、異世界にて新たな肉体を得て暮らす事になりました」
「え、は、はい? それなら、わかってますけど……?」
「ならば。何故"私が不自由なく希望通りの生活が送れるように取り計らえ"と言わないのですか? 非は全面的にこちらにあるのです。貴女にはそう言うだけの権利があります」
「え。えっ? えっと……で、でも、ラクロさんは既にちゃんと、私の希望を叶えようと相談にのってくれて、色々してくれてますでしょう……? 今だって、住む土地について希望を聞いて、色々考えて話してくれていますし……十分、取り計らってくれていると思いますが?」
「……………………」
「あ、あの、ラクロさん……?」
私が自分の考えを伝えると、ラクロさんは無言で私をじっと見つめた。
黙ってしまったラクロさんにどうしていいかわからず、私は声に困惑を滲ませてその名を呼ぶ。
するとラクロさんは息を長くゆっくりと吐き出し、再び口を開いた。
「スキルを、授けましょう。侵入不可の強力な結界を家の敷地に張るスキルと、万一張る前に侵入を許した場合の強制退去のスキル、そして、悪意ある者が近付いた際にそれを知らせる危険察知のスキルを
。これで街の外に住んでも危険度は格段に落ちる筈です」
「えっ! わあ、本当ですか!? ありがとうございますラクロさん!!」
「いえ。それより、他に欲しいスキルはございますか?」
「え、他に? ……う~ん……あ、じゃあ、錬金術の調合の時に作業を短縮できるスキップスキルと、あと、動物に好かれやすいスキル、戴けますかっ?」
「わかりました。他には?」
「ないです。それでお願いします!」
「……そうですか。わかりました。では、最後に。華原さん、私が加護を与え助力するのは、貴女の生活が安定するまでの間となります。それ以降は、ご自分の力と、ラザルドールで知り合った者達の助力のみでの生活となります事を、予めご了承下さいますよう」
「え、そうなんですか? わかりました、覚えておきます。……ああでも、その時は一言教えて下さいね? 知らないうちにお別れしてたなんていうのは、悲しいですから」
「……悲しい、ですか。わかりました、その時は必ずお知らせします」
「はい、お願いします」
「はい。……では華原さん、お手を。ラザルドールへお送り致します」
「あ、はいっ」
私は椅子から立ち上がったラクロさんに続くと、伸ばされたその手を取った。
途端に白い光が私の体を包み、もうお馴染みとなった浮遊感を感じる。
さあ、これでいよいよ新しい生活の始まりだ。
いざ行かん、新たな新天地へ!
なんてね。