考え中
手紙を出してすぐに周囲に光が溢れ、その眩しさに咄嗟に目を瞑る。
数秒経って、瞼の外から伝わる光が落ち着いた後再び目を開けると、そこはあの不思議な空間だった。
「ふぅ。ラクロさん、ただいまです。……ラクロさん?」
戻ってきた事にほんの少し安堵を覚えて肩の力を抜き、そこにいるだろう人の名前を呼びながら、辺りをキョロキョロと見回したけれど、何故か周囲には誰もいない。
どうしたんだろう、と軽く首を傾げていると、空からスーッと、音もなく真っ直ぐに黄色の飴玉大の大きさの光が落ちてきた。
見上げたそれは私の頭の位置で止まると、小さく明滅する。
そして、次の瞬間。
「お疲れ様でした、華原さん。申し訳ございませんが、私はまだ仕事が残っておりますので、お茶でもしながら暫しお待ちください」
そうラクロさんの声が聞こえて、それはパッと消えた。
私は光が消えた場所を見つめたまま、納得したようにひとつ頷く。
「そっか……ラクロさん、まだお仕事か。……でも、お茶でもしながらって、言われても……?」
次いでそう呟いて、また辺りを見回す。
この空間にあるのは、青空と白いふわふわした地面のみで、テーブルも椅子もなければ、お茶もない。
……仕事の忙しさにその事を失念して、つい言ってしまったんだろうか?
「ふふ、ラクロさんもそんなうっかりな事をする事があるんだね。……まあいいや、散歩でもしてますか!」
そう言って両手を組んで上に伸ばし、軽く伸びをすると、私は彼方へと続く白いふわふわの上を進むべく、一歩を踏み出した。
すると、まるでそれを阻むかのように、今度はさっきより少し大きめの緑の光が目の前にスーッと落ちてくる。
それは私の足下まで落ちて、そのまま白いふわふわの中に吸い込まれていった。
今のは何の光だろう、と、私がそこをじっと見つめていると、光が吸い込まれた場所からぴょこん、と小さな植物の芽が出てくる。
「ん……? わ、わっ!」
白いふわふわに生えた植物は、どういうわけかグングンと成長し、葉を広げ、花を咲かせた。
すぐ側に立っていた私は慌てて後退り、距離を取ってそれを見つめる。
すると今度は茶色の光が落ちてきて、また白いふわふわに吸い込まれていった。
それは花のすぐ隣で、一瞬後、今度はそこに高さ約三十センチから四十センチ程の切り株が、ポンッと現れる。
続いて、次は花の上に様々な色の光が落ちてきて、お皿とカップ、そして色とりどりのマカロンと、紅茶になった。
「………………。……これは……花がテーブルで、切り株が椅子って事? つまり、散歩じゃなく、あくまでお茶をしていろと、そういう事ですかラクロさん……?」
一連の出来事を呆然と見ていた私はぽつりとそう呟くと、ゆっくりと足を動かして花のテーブルと切り株の椅子に近づき、そこに座った。
ラクロさんに会うこの場所で起こった事な上、『お茶でもしながら』という言葉もあった以上、この現象はラクロさんが起こした事に他ならない。
つまり、このマカロンと紅茶は、口にしても問題はない筈である。
そう思いながらも、どこか恐る恐る手に取ったカップをゆっくり口に運び、次いで、マカロンを食べる。
「あ、美味しい……」
口にした紅茶もマカロンも、なかなかの味で、私は次々に手を出した。
不思議なもので、残りが少なくなると空から光が落ちてきて、数が追加される。
ラクロさんは仕事中な筈だからマカロンや紅茶の減り具合なんて見ていないだろうし……本当に、どうなっているんだろう?
う~ん、実は減ったら追加されるんじゃなく、単に一定時間が経つと追加されるように魔法が組まれているとか?
ちょっと食べずに待ってみて、どっちなのか確かめてみようかな……って、違う違う!
私が今考えるべきなのはマカロンと紅茶の追加方法じゃなくて、今後の職業の事だよ、うん!
えっと……ラクロさんが提示した選択肢は、あとは旅芸人とギルド職員と錬金術士、だったっけ?
う~んと……旅芸人は、吟遊詩人とそんなには変わりないよねぇ?
いや、むしろ、吟遊詩人より大変そう?
吟遊詩人は、各地に残る伝承ひとつ取っても、聞いた各人の価値観によって詩も変わるだろうから、同じ歌にはならないだろうけど……旅芸人は、ねぇ。
他の人と被らない、少しでも違う芸を意識して考えなきゃならないだろうし……それに何より、運動神経の鈍い私に旅芸人が務まるのかという問題もある。
うん……これは、却下かなあ。
次は……ギルド職員。
ギルド……これはファンタジー感溢れるものだよね。
依頼をしに来た人に詳細を聞いて、それを受ける冒険者さんの対応をして……あ、魔物とかが落とすドロップ品の売買もするよね!
……って……ん……?
あ、あれ、これって、もしかしてある意味、接客業?
依頼主さんや冒険者さん相手の…………接客業?
…………………………………………。
……せ、接客業は……もういいや。
日本にいた頃散々やってたし……もうお腹一杯だよ、うん。
仕事内容は違うとしても、もしまた前のようなろくでもないクレーマーでも現れたら……しかもそれが冒険者という腕に覚えのある屈強で、しかも乱暴な男性だったら、どんな悲惨な事になるか……!!
私は腕を交差させて自分の体を抱き締めると、ぶるりと身震いした。
うん、なしなし、これもなし!
あとは……錬金術士?
う、これもアトリエを経営して人々に自分が製作した物を売る、接客業になるのかな?
あ、でも、ギルドとかに売りに行くだけなら、一概にはそうとも言えないかな……。
それで、やがてはギルドに通ううちに顔見知りになって、親しくなった冒険者さんとかにも売る、とか。
そういう人達なら理不尽なクレーマーにはならないだろうから、問題ないかも?
うん……この考えは、いいかも!
この線で、ラクロさんに話をしてみようかな!
「うん、決まり! よぉし、あとはラクロさんが来るのを待つだけ……って、あ、あれ?」
考えが纏まった私が再びテーブルに視線を向けると、そこには山盛りになったマカロンと、カップの縁まで並々と注がれた紅茶があった。
「わ、わわわわわ! 紅茶溢れる、溢れる!!」
私は慌てて顔をカップに寄せて口をつけると、紅茶を啜った。
どうやらこのマカロンと紅茶は、やはり一定時間ごとに追加される仕組みらしい。
「疑問は解けたけど……これ、私のお腹がたぷたぷで、しかも満腹になる前に、ラクロさん、来てくれるのかな……?」
一抹の不安を胸に、私はマカロンと紅茶を口に運び続けたのだった。




