三の方
橙色の癖のある髪を項から緩く纏め、翡翠の瞳は磨きあげられた宝石の様に輝き。
現十神衆では、美しさのみなら10国随一だという三の国王であるが、彼にも少し困った所がある。
「…君達は本当に可愛らしいね。」
「まあ、三の方様ったら。」
ゆったりとした長椅子に座り、両隣には薄手の衣を着けた美女達。
美女達は一様に必要以上にまとわりついている。
仕えるべく紅神子が見つかったというのに、その日常は変わっていなった。
まとわりつく妾の内、最も年かさの一人は少し疑問だった。確かに三の方は好色だが、仕事に関しては別であるし、紅神子を此方が戸惑う程の意気込みで待っていたからだ。
なのに、紅神子が湯殿に消えた途端これだ。
どうしたのだろうか?
年かさの妾は、三の方に酌をしながら首を傾げる。
「…神子様のお世話はよろしいのですの?」
ああ、と三の方は難しい顔で杯を煽る。
「メイドがお世話なさるから大丈夫だろう。それに……。」
そこで口ごもる相手に年かさの妾はある疑念が浮かぶ。
「偽の紅神子の事ですか?」
「……ああ、あの一の方が連れて行った少女。どうしてもあの瞳が頭から離れない。」
何もかも見透かす赤は、私へ何の感情も向けていなかった。
もしも…もしも、あの少女が真実の神子だったら?
しかし、髪は黒かった。先に現れた女性が紅神子で間違いないはずだ。
なのに、あの赤を見た時から動機が止まらない。
あの少女が神子だったらどうする?
偽の神子を守り、紅神子を牢に入れて処刑しようとした事になる。
妾から受けた杯を煽り、溜め息を堪える。
どうしようもない。今さら。
「…っ三の方様、失礼致します!」
「どうした?」
扉を叩く音に気付き入らせれば、青い顔の侍従が息を切らせ飛び込んで来た。
「っは!牢に入れて居た五の国侍従長が、牢から逃げ出したようです!」
申し訳ありません!と頭を下げる相手に、三の方には疑問しか浮かばない。何故なら、全てが初耳だったのだ。
「…待て、だれが牢に入っていたと?」
侍従は顔色の変わる美しき主に戸惑いつつ、「…っは!」と繰り返す。
「…10日前三の方様のご命により、侵入者五の国侍従長ケイラを牢に入れた件でございますが。」
三の方は文字通り言葉を失った。
「…そのような事、聞いた事など無い!」
怒りだか恐れだか、様子の変わった三の方を見て、年かさの妾以外は静かに退室して行く。
憤りの収まらないまま話しを聞けば、三の方から命を受けたというメイド長から伝えられ実行したそうだ。
メイド長?…先日実家から呼ばれたか何かで、退職した筈だが。
「…直ぐにメイド長へ連絡を取れ。それと伝令の用意を。五の国へ書簡を送る。」
慌ただしく五の国への使者を送り出し、牢の番人に話しを聞き調べ物をして深く椅子に腰掛けた。
疲れきった彼の脳裏に、浮かぶ美しき紅。
初代紅神子 モミジ。
歪み一つない絹糸の様な赤い髪に、ずっと見つめて欲しくなる様な優しい瞳。
憧れで、恋で、敬慕で、執着で…何度も懇願した。
自分を室に入れて欲しいと。彼女は結局、一の方を正室に、五の方を側室にしただけだった。
三の方と呼ばれたこの歪んだ思いに、気づかれたのか?
厭わしいと思われたのか?
その後の歴代神子の側室になれても、心から気が晴れる事は無い。
モミジ様…ああ、モミジ様…!
凛と魔を払う姿、時折見せる微笑み、茶目っ気のある言葉すら全て記憶している。
紅神子様は、記憶を受け継がれないが…此度はどうだろうか?
その時、扉が軽く叩かれ身を起こす。
「…どうした?」
「紅神子様が、お話しをなさりたいと仰っておりますが。」
扉の外の侍従の声に、何故か嬉しい筈だが気乗りしない自分がいた。
「…分かった。直ぐにお会いします、と。」
短く言えば、侍従の気配は直ぐに消えていく。
いつか、また、紅神子様に名を呼んで頂けるだろうか?
『魅影』
『貴方は、美しき私のただ一つの影よ。』
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