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地下牢の神子  作者: 雪香
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一の方


一の方『壱刄』

一の国を治め、十神衆筆頭の紅神子側である。


暗黙の了解とし、一の方~五の方は紅神子に仕え、六の方~十の方は蒼神子に仕える。


この一の方は、正真正銘紅神子の物である。

壱刄と初代神子に名を与えられた一の方は、初代神子 紅葉の正室であった。


神子は代々魂は同じだが、人格も外見も事なり記憶すら受け継がない。

それ故、記憶を持ち続ける十神衆達は辛い生涯を送る。


しかし、一の方はどの紅神子にも変わらず仕えた。それが初代神子との約束だったからだ。


どの神子に仕えても紅葉様は戻らない。それでも、彼女の魂を守り続けよう。

他の十神衆が妾を持つのを尻目に、一の方は初代神子以降誰とも情を交わす事は無かった。


今回、長き二千年もの神子不在十神衆達を宥めてきたが、各国は既に限界を迎えていた。


そんな折の紅神子の帰還。深く安堵し壱刄は、早くお披露目し各国を沈静化させようと思った。


三の方が保護していると聞き、直ぐに馬を走らせたが、今回は何か様子が違っていたのだ。

妖艶な血のように赤い髪と瞳の女は、三の方に寄り添いしなだれかかっている。


何だか変だ。


歴代の神子は、温かで品のある赤を持ち、清廉な女性が多かった。


自分から十神衆にまとわりつく者などおらず、此方から気を引きたいと思える方ばかりだった。


三の方もどうしたのか?

気が多く妾を集め好色だが、紅神子様へは崇め奉り信望していた男。

間違っても、神子を侍らし罪人を神子の前で処刑させる愚か者では無い。


壱刄の疑念は、罪人として玉座の前に置かれた女を見て、全て消え去った。


目の前には、赤い瞳の少女。そして、自分を壱刄と呼び優しく微笑む。


一の方を壱刄と名付け、その名を知るのは一人しか居ない。


初代紅神子 紅葉 。

一の方壱刄のただ一人の女性。


他の全てがどうでも良い。

紅葉様が戻った事が、現在の全て。


一の国宮殿は、にわかにさざめいた。普段表情を僅かも変えぬ、氷の様な主が微笑みを浮かべて女性を連れてきたらしいと。


どちらかと言えば凡庸な容姿の紅神子は、湯殿に入り汚れを落とすと、着替えてある部屋に案内された。


うわあ…この服綺麗だなあ~。なんだろう?中華?っぽい感じ。昔のお姫さまみたい。


くるりと自分の衣裳を眺めてから、案内された部屋にある椅子に座る。


テーブルに置かれた飲み物を口にし、やっと先ほどより落ち着いていた。


…何で私、あの人を知ってたんだろう?


あの人も、私を紅葉って呼んだし


人違い……でも、私も何故か知ってたし。いやいや、それよりも元の世界に帰らないと!


あれ?何か私、忘れてないっけ?


思考に耽っていると、心に引っ掛かるものを感じる。

順番にこの世界に来た時の事を思い出し、その事に気付くと立ち上がり慌てて扉を開けた。


ケイラさん!!

まさか殺されてないよね?


「…モミジ様。」


扉を開けると、少し驚いた様子の一の方が立っていた。


「どうかされましたか?」


「…あ、えっと、壱刄さんを探そうと?」


戸惑いながら自分を見上げる少女に、一の方は飴色の瞳に熱を帯びる。


「壱刄、とお呼び下さい。愛しい人…。」


紅葉の手を取り、指先に一の方の唇が落とされた。麗しい男性に好意を向けられ、免疫の無い紅葉は頬を赤らめ俯く。その様子さえ、一の方を喜ばせる。


「…それで、何か御用でしたか?モミジ様。」


「え…ああ、そうなんです。ケイラさんが…」


一の方の問い掛けにケイラの事を簡単に説明すると、直ぐに理解したらしく部下を呼んでいる。


「ああ、頼む。」


部下とのはなしが終わり、直ぐに部下は走り去って行く。


「モミジ様、5の国と3の国に使者を送りました。直ぐに対処するかと。」


良かった。


ホッとする紅葉に、一の方の表情は蕩けんばかりだ。


「貴女の笑顔は本当に美しい。永久に、この眼に留めて置きたい程に。」


愛しげに見つめる相手に恥ずかしく思うが、紅葉の心は少し困惑していた。


「…あの、私、ケイラさんの無事が分かったら帰らないと。」


方法は分からないけど、あのメイド長…偽の紅神子だっけ怖いけど方法知らないかな。


思わず出ていた言葉に、考え込む紅葉は相手の顔色の変化に気付かなかった。


「壱刄さ…きゃ?!」


黙り混んだ一の方を不思議に思い顔を上げると、浮上する体。


え?え?なんで?


抱き上げられた体は、室内のソファーに下ろされる。


「……帰さない。」


切なげに揺れる相手の瞳に、紅葉の心も震える。一の方の手が紅葉の頬に添えられ、ゆっくりと唇が重なる。


「んっ…やめっ?!」


驚き混乱する紅葉の唇を何度も荒々しく食らい尽くされる。


恋すらほとんど経験の無い少女にとって、それはあまりに唐突な刺激である。


相手の手が襟元に触れた時、紅葉は強く相手を押し返した。


「やめて!」


その途端に一の方の少し虚ろな瞳が、悲哀に染まっていく。


「…申し訳、ありません。」


ソファーに座る紅葉の前で、俯く一の方は片手で顔を覆う。


「二千年待ったと、他の者は言うでしょうが…俺は、それより前にお待ちしておりました。…俺にはあなた方しか要らない、モミジ様。もう、喪いたくない。」


ぐっと唇を噛む姿に紅葉も何も思わないわけでは無い。紅葉の中の誰かが騒ぐのだ。


この人を嫌えない、と。


紅葉は、意を決して相手の手を両手で包む。


「…モミジ様?」


「私、まだ帰れません。方法も分からないし…それに、壱刄さんの為に。」


一の方の瞳に、優しい赤が映る。


「…私は壱刄さんの待っていたモミジじゃないかもしれない。でも、壱刄さんは私を助けてくれました。そんな人を置いて、勝手に居なくなりませんよ?…だから、方法が分かるまで、私を助けてくれませんか?」


これが今言える自分の精一杯。納得してくれるかは分からないけど、それでも言わないといけない気がする。


一の方の顔に笑みが戻り、紅葉を引き寄せ抱き締める。


「勿論。この身に代えて。…帰す気はありませんが。」


腰の抜ける様な低い声で囁かれ顔に熱を持つが、最後の言葉に心配は募る。


「ああ。どうか壱刄、とお呼び下さい。」


「…え、でも。」


年上だしなあ。


「じゃあ、私も紅葉って呼んで下さい?それならおあいこですし。」


軽く首を傾げた紅葉に、可愛いと思い口元を押さえた一の方だが、少し考え頷く。


「貴女がそうお望みなら。では、そうお呼び致します…モミジ。愛しい人。」


甘やかに微笑む相手に、紅葉はこれからを思いやられる。


「よろしくお願いします、壱刄。」




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