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地下牢の神子  作者: 雪香
29/31

─七の方─



「…ほおう?それで十の方が、九の方様を出し抜こうとしているのですか。」

「…あ、七の方様…」


広く豪奢な室内では、一人の男性…七の方がゆったりと茶器に口をつけ喉を潤し、話し相手へと笑みを向けていた。深緑の長い髪をキッチリと纏め上げ、僅かに垂れた目尻は柔らかい印象を与えるだろう。

相手の年若い少年…侍従は慌てた様子で話しを続ける。


「…9の国の侍従からの伝達なのですが、九の方様の記憶が戻らぬ内に、蒼神子様を10の国へとお連れしたかったのではと。」

「ふむふむ。なるほど、なんと愚かな事を…。九の方様の記憶が有れば、到底思いもつかなかったでしょうに。」


嘆かわしげに頭を小さく左右に振り、侍従へとお茶のおかわりを催促し机上の書簡を整理する。


…初代様の時代では、紅神子様側の三の方と同年代であった十の方。若い気質が抜けないのは困った物ですねえ。もう少し慎重に動かねば、六の方様と八の方様にどんなお叱りを受けるか。

それ以上に、記憶の戻った九の方様を敵に回したくは無いですが。

初代の九の方を思い出し、思わず背筋にうすら寒い物を感じる。


蒼神子様が帰還した…そう9の国から伝達が届いたいうのに、七の方の反応は薄い物だった。6の国では、六の方が直ぐ様出立したらしい。8の国では、表だっては平静だが国内で何やら準備をしている様だ。


「七の方様は…その、9の国へ赴かれないので?」

「おやおや。お前は、若いのに口の聞き方を知らないようですね。」

「!申し訳ありません、口が過ぎました。お許しを…。」


おかわりを茶器に注ぎ、一歩下がり深々と頭を下げる侍従に、七の方は特別気分を害した風も無く少し笑う。侍従の抱いた疑問は、蒼神子側で無くても気になる事だろうから。

むしろ侍従長や侍女頭達から問われ続け、聞きあきた程だ。咎めるつもりは無いと軽く手を振り、書簡の整理を続けていく。


「とうに六の方様が向かわれたのだから、私は斎女を集める事を優先したまでですよ。」

「…左様でございますか。」


それでも納得はしていない侍従だが、追及せずに置く。七の方は少々皮肉めいた所はあるが、基本的には優しい性質である。

噂に聞く他国の、周囲に全く関心が無かったり、周囲を見下したり、優しく見えて時折恐ろしい…という事は無い。


ゆっくり午後の政務を進めている中、静かに部屋の扉が開き二人の人物が入室する。揃って礼を取る姿は、初めて見る者なら見分けはつかないだろう。ただ、しっかりと観察すれば体型の丸みで性差を知るだろうか。


「…侍従長 凛音。」

「…侍従長 凛晏。」

「「ただ今戻りましてございます。」」


入れ替わりに出ていった侍従の姿を見送り、双子の侍従長を眺める七の方は特に手を止めず口だけ開く。

凜晏と名乗った男性の侍従長が、間を置かずに抱えていた紙の束を机上に重ね置く。


「…ふむ。思っていたよりも早く戻りましたねえ?国内の様子はどうでしたか。」

「っは。民達は蒼神子様のご帰還を大層喜んでおるようです。本年は作物の実りも良く、水害も無かった事で豊作が見込め、農村の雰囲気も穏やかでした。ただ、国境沿いで魔の物が活発化しており、早めの対処が必要との要望が………また…………」


一通りの報告を終え、一歩後ろに下がる。了承の返事を返した七の方に凜晏は一度礼を取り業務を続けるが、今度は女性の侍従長である凛音が前へと進み出る。


「…七の方様。私個人へのお話しがあると、侍従から聞きましたが。」

「ええ。その通り。」

「?…話しとは…」


特に普段と変わらぬ雰囲気の七の方に比べ、凛音は控えめな眼差しに緊張を浮かべる。簡単な命だろうと、困難な命だろうと七の方は表に出さない為、側に仕える者は毎回命を受ける際に冷や冷やとさせられてしまう。

7の国二代目の侍従長として、二人で15年仕えてきたが未だに我が国主の意向を汲み取れない。


そんな凛音と、近くで耳を澄ませる凜晏は仕える国主の言葉に衝撃を受ける事となる。


「凛音。これから十日以内に全ての業務を凜晏、他の侍従に引き継ぎしなさい。お前を蒼神子様の斎女として献上します。」

「…斎女…。」

「おや、何か異論でも?」

「…いえ。畏まりましてございます。」


何か言いたげな侍従長は、そっと目を伏せ弟である凜晏と部屋を退室していく。侍従長達が去った室内では、七の方は椅子から立ち上がり窓から見える外庭を眺める。


人や物を献上し、神子本人には会わない。初代蒼神子が天に還った後、二代目以降はずっとそれは変わらなかった。

ただ、今回は二千年ぶりの帰還…。会いに行かぬのも六の方からの反応を思い、国にとって大事な侍従長を差し出せば小言程度で済むだろう。


…私は認めません。私にとっての蒼神子様は、初代様ただお一人なのですから。














部屋を出た凜音は滑る様に音も立てず回廊を進む。それを黙って追う凜晏は、十分な距離を取ったと周囲を確認し堪えきれず呻き声を洩らす。


「…姉上。今思い付いたんだけど、病に臥せった振りをするのはどうかな?」

「……お黙りなさい。誰が聞いてるかもしれないわ。」

「っ姉上。」

「…………良いのよ。ありがとう。」

「……駄目だよ、侍従長は代替わりがあるけど、斎女は死ぬまで辞められないんだよ!…だって、姉上は、け…あの人と一緒になるって……」

「っ黙って!」


俯き袖で顔を覆う姉に、弟はそれ以上言葉を重ねる事は出来なかった。そっと顔を上げた凜音は既に普段通り、生真面目そうに背筋を伸ばす。


「…さあ、政務の続きを致しましょう。凜晏。」

「そうですね、凜音…。」


双子の侍従長は、何事も無く仕事を再開したのだ。






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