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シイノトモシビタケ


 梅雨も明け、太陽の光は日増しに強くなってきている。

 キノコノヤマの中は、梅雨が明けるのを待ちわびていたのか、蝉たちが毎日大合唱を繰り返している。

 アブラゼミやミンミンゼミ、そしてクマゼミなどが、子孫を残すために伴侶を呼び寄せようと、必死にその歌声を披露していた。

 他にも各種の野鳥や動物、そして昆虫たちが、間近に迫った夏の本番に向けて元気に活動している。

 だが、夜ともなると昼間の喧騒が嘘のように静かになる。

 聞こえてくるのはコノハズクの鳴き声と、夜行性の動物たちが動き回ってかさかさと落ち葉を鳴らす音ぐらい。

 だが、それは決して寂しいものではない。

 夜には夜だけの、昼には見ることができない顔があるのだから。




 銀色の月光に照らされた、キノコノヤマ。

 しかし、山の中は全てが寝静まっているわけではない。

 ヘビやノネズミなどの夜行性の動物が忙しそうに動き回っているのは、おそらく餌を求めてだろう。

 夜行性昆虫の王者であるカブトムシこそまだ出現する時期ではないが、ノコギリクワガタやヒラタクワガタなどはもう活動期に入り、餌場の奪い合いで激しい樹上バトルを繰り返している。

 今もノコギリクワガタの大型の雄同士が、大顎をがちがちとぶつけ合いながら餌場と雌を奪い合っている。その隙を突いて、カナブンやコメツキムシ、そして小さなコクワガタなどがちゃっかりと餌場に集っていたりするのだが。

 樹上で繰り広げられている昆虫大激突。それを見上げながら、シラフィーはくすりと微笑む。

「……夜には夜のドラマがあるんだねぇ。うんうん、やっぱり夜の散歩も悪くないね」

 いつものようにアイゼンを装着したブーツは、ちょっと歩きづらそうだ。

 それでも、シラフィーは鼻歌混じりで月光に照らされる山の中を、ゆっくりと歩いていく。

 頭上を覆う木々の葉の向こうには、ちらちらと星々が見える。

 誰に聞いたのかは忘れたが、人間たちはあの星たちを線で結んで、様々な形に見立てているという。そして、その見立てた形を星座と呼ぶのだそうだ。

「星座かぁ。確か、かみのけ座とかハエ座とかけんびきょう座とかカメレオン座とかあるそうだけど……私には全然分かんないなぁ」

 木々の向こうに輝く星を見上げながら、シルフィーがちょっと詰まらなさそうに呟く。

 山からちょっと出てみれば、光害の全くない場所だけに満天の星空を見ることができる。だが、逆に見える星が多すぎて、シラフィーにはどれがどれだか分からない。

 それでも、夜空を飾る宝石のような星を眺めるのは嫌いではない。今日、夜遅くにこうして出歩いているのは、散歩がてらに星を眺めようと思ったからだ。

 木々の密集が薄い方へと足を向けるシラフィー。と、彼女の進行方向に、ちらちらと輝くものが見えた。

 最初は星かなと思ったシラフィーだが、星にしては位置が低すぎることに気づく。

「あれってもしかして……」

 輝きの正体に思い至ったシラフィーは、そのまま輝きを目指して歩いて行った。




「やっぱりぃ。光の正体は(アカリ)ちゃんだぁ」

 シラフィーの嬉しそうな視線の先。そこには小柄なキノコの娘がいた。

 彼女の名前は(シイ)() (アカリ)。その本体はシイノトモシビタケ。

 シラフィーが見た光の正体は、彼女が手に持っている銅製の小さなランタン。そこに宿った光が、周囲を優しく照らし出しているのだ。

「……こんばんは……」

 灯もシラフィーが近づいてくることに気づき、ぼそぼそと小声で挨拶をする。

 彼女がぺこりと頭を下げると、肩口で切り揃えた淡い褐色の髪がさらりと揺れる。その髪の内側には濃色の縦線が入っているのが特徴的。

 特徴と言えば、額の辺りにあるくるんとした強いクセ毛もそうだろう。

 瞳の色は鮮やかな緑。暗闇の中、その緑の瞳が輝いている。その光はシラフィーたちのような毒キノコの放つ鋭い光とは違って、どこか暖かさを感じさせる光だった。

 身に着けているのは、裾に白い綿毛の飾りのあるロングドレスワンピース。そして、胸元には椎の葉の形をした蛍光樹脂製のペンダント。そのペンダントは、彼女の瞳と同じ光を放っている。

 ランタンのオレンジの光と瞳とペンダントの緑の光が、周囲をある種の幻想的な雰囲気に染め上げていた。

「えへへ。こんばんは、灯ちゃん。ちょっと星が見たくなっちゃってぇ。今日は夜更かしさんなんだぁ」

 いつものようににぱーっと笑うシラフィー。その彼女の言葉を聞いて、灯も納得したのかこくこくと小さく何度も頷いている。

「灯ちゃんもお散歩? 私はこれから星を見に行くけど……よかったらご一緒しない?」

 シラフィーに誘われた灯は、しばらく考える仕草を見せた。そして、やっぱりこくこくと小さく何度も頷く。

「うふふ。相変わらず、無口さんだねぇ、灯ちゃんは」

 そう。彼女は無口なのだ。

 暗い場所でこそランタンや瞳の光で目立つ灯だが、昼間のような明るい場所ではとても地味だ。それこそ、すぐ近くにいても全く気づかないほどの。

 しかも、その口数の少なさと引っ込み思案な性格もあって、社交性はほとんどゼロ。それでも、こうして誘いをかければ頷いてはくれるのだ。

 だから、灯のことをよく知る者は、決して彼女をのけ者にしたりはしない。

 シラフィーも灯のことをよく知る一人である。だから、誘えばきっと頷いてくれると思っていた。

 それでも、やっぱり誘いを受けてくれると嬉しい。

「じゃあ、早速星を見にいこうっ!! ねえねえ、灯ちゃんって、星座に詳しい?」

 シラフィーの問いかけに、またもや小さく頷いて返す灯。

「ホントっ!? じゃあじゃあ、私に星座を教えてくれないかなぁ? 私、全然星座って知らないんだぁ」

 灯はくるりと踵を返すと、そのまますたすたと歩いていく。彼女の向かうのは、山の外側。つまり、木々に邪魔されずに星を見ることができる場所だ。

「あのねあのね、私、カメレオン座ってのが見たいんだぁ。今日、カメレオン座って見られる?」

「……カメレオン座は……日本からは見えない星座ですから……」

 ぼそぼそと小声で囁く灯。でも、その小さな声は何とかシラフィーの耳に届いたようだ。

「ええぇ~、カメレオン座、見られないのぉ?」

 がっくりと肩を落とすシラフィー。彼女のその様子を見た灯が、くすりと小さく笑った。

「……今の季節だと……白鳥座や鷲座、サソリ座などが見られます……よ?」

 星座は時間帯によって見られるものと見られないものがある。今の時間帯だとどの星座を見ることができるだろうか。

 言葉にすることなく、灯は心の中だけで考えた。




 木々の繁っていない開けた場所に来ると、頭上にはそれこそ無数の星が輝いていた。

 大小様々、色も様々。きらきらと瞬く星々は、まさに宝石と読んで相応しいだろう。

「うわぁ~」

 シラフィーが満天の星空を見上げて歓声を上げた。

「灯ちゃん、灯ちゃん! 星座を早く教えて!」

 テンションの上がったシラフィーにちょっと引きながらも、灯は幾つかの星を指で指し示し、それをなぞっていく。

 だけど。

「う~ん……よく分かんないぃ……」

 たくさんの星の中から、特定の星だけを見つけて繋ぐのは、これが結構難しい。

 顔を灯の肩にぺたりと近づけ、必死にその指先を目で追う。何度も何度も灯が指し示してくれたおかげで、シラフィーも幾つかの星座を識別できるようになった。

「ありがとう、灯ちゃん。おかげでちょっとだけど星座が分かるようになったよ」

 嬉しそうに微笑むシラフィー。そんな彼女を見て、灯もまた小さく笑う。

「でも、星座って季節によって変わるんだよねぇ? じゃあ……秋が近くなったらまた星座を教えてくれる?」

 シラフィーのこの申し出に、灯は今までよりもちょっとだけ大きく頷いた。




 どことも知れぬ山の中に、『キノコノヤマ』と呼ばれる場所がある。

 そこには山に棲息する野生の動植物の他に、キノコの娘と呼ばれる愛らしい少女たちが笑顔と共に平和に暮らしている。

 そして、その平和な生活は、昼も夜も同じように続いていた。


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