オオオニテングタケ
ずずん、と。
キノコノヤマの中に重々しい音が響いた。
山の中を歩いていたシラフィーとムスカリアは、その音を聞いて思わず互いに顔を見合わせる。
「……今の音って……」
「……間違いなく、あの娘がまた転んだのね……」
二人は互いに笑みを浮かべると、音のした方へと歩いて行った。
シラフィーとムスカリアが向かった先には、一人のキノコの娘がいた。
やや汚れた白色の短髪のあちこちから、先端が茶色になったクセ毛が無数に飛び出している。
瞳の色は茶色で、その奥にはオレンジの輝き。
服の色は髪と同じで全体的に白のイメージが強いのは、彼女がシラフィーやムスカリアと同じアマニタ族に属するからだ。
だが、一見しただけでは、彼女がシラフィーやムスカリアと同属だとは思えないだろう。
それは、彼女のその身体にある。
「…………相変わらず、おっきいねぇ、グランちゃんは」
「ホントね。同じキノコの娘……それも私たちと同属とは思えないわ」
彼女──アマニタ・グランディアの最大の特徴、それはその身体の大きさだ。
他のキノコの娘の倍はあろうその巨体。彼女の本体はオオオニテングタケで、傘の直径が最大で50センチにも及ぶ超大型のキノコなのである。
そんな巨体が倒れているものだから、目立つことこの上ない。
「だいじょーぶぅ? グランちゃん」
「怪我は……ないようね」
グランディアの元へと歩み寄った二人は、それぞれに倒れているグランディアへと声をかける。
「うぅ~、また転んじゃったぁ……」
半ベソかきながら、グランディアがその巨体を起こす。
「あっ!! グランちゃん、角が……っ!!」
グランディアの額からは二本の大きな角が飛び出しているが、この角が根元からぽっきりと折れていた。
「あ、う、うん、だ、大丈夫……これ、すぐ折れちゃうし、全然痛くないし……すぐにまた生えてくるし」
グランディアはぱたぱたと服に付いた汚れを払うと、にっこりと微笑みながら立ち上がった。
シラフィーとムスカリアも、キノコの娘の中では長身な方だが、やはりグランディアは桁が違う。
彼女が立ち上がった際に、その巨体に見合った大きな胸もばいんばいんと盛大に揺れていた。
「もう、転ばないように気をつけてねぇ」
「う、うん。ありがとう、シラフィーちゃん。ムスカリアちゃんもありがとうね」
立ち上がったグランディアが歩き出そうとして、その一歩を踏み出した時。
彼女はぎゅっと絞られた自分の服の裾を踏んでしまい、またもや盛大に地面に倒れ込む。
「…………ねえ、グランちゃん……もう、座っていたらぁ?」
「う、うん……そうする……」
グランディアは身体を起こすと、シラフィーに言われた通りにしょんぼりと体育座りをした。
元気なく座り込むグランディアを気の毒に思ったのか、シラフィーとムスカリアは手分けして木の実などを探して来て、グランディアと一緒に食べ始める。
やはり、この時期はクサイチゴやナワシロイチゴなどの野イチゴが美味しいだろう。
シラフィーもムスカリアも、甘酸っぱい野イチゴは大好物なのだ。
二人は集めた野イチゴを、グランディアにもお裾分けする。
「足りなかったらまた集めてくるから、遠慮なく食べてねぇ」
「あ、ありがとう、シラフィーちゃん」
嬉しそうに微笑んだグランディアは、自分の前に積まれた野イチゴを手に取り、口へと運ぶ。
口の中に野イチゴ独特の風味が拡がり、彼女の笑みが更に深くなる。
「美味しい~」
グランディアは両手を頬に当て、目を細める。
「うん、やっぱり野イチゴは美味しいよねぇ」
「そうね。でも、ツルグミやトウグミなんかも私は結構好きよ?」
「うんうん、グミの実もちょっとクセがあるけど、慣れると美味しいよねぇ。他にもエビヅルとかヤマモモとかも私は好きだなぁ」
自分の好きな木の実談義に花を咲かせるシラフィーとムスカリア。
ふと気づけば、先程からグランディアが全く発言していない。それが気になったシラフィーは、彼女へと話を振ってみた。
「グランちゃんはぁ、どんな木の実が好きなのぉ?」
「わ、私は……味よりも量の方が重要かなぁ……?」
と、そこまで言って、グランディアはしゅんと肩をすぼませた。
「どうしたの?」
不思議そうな顔のムスカリア。
「う、うん、その……や、やっぱり、たくさん食べるから身体が大きくなっちゃうのかなぁ、って……」
どうやら、グランディアは自分の大きな身体が気になるようだ。
彼女も女の子である以上、巨大すぎる身体はコンプレックスなのだろう。
「食べるのを控えると、シラフィーちゃんたちみたいにちっちゃくなれるのかなぁ……」
羨望の眼差しで、グランディアはシラフィーやムスカリアを見る。
「大丈夫だよぉ。グランちゃんはおっきくても可愛いよ?」
「そうね。私もグランのちょっとおっちょこちょいなところが凄く可愛いと思う」
ねー、と互いに顔を見合わせるシラフィーとムスカリア。
「そ、それでも……私はちっちゃくなりたいなぁ」
「うーん。私はグランちゃんみたいにおっきくなりたいけどなー」
互いの身体を羨ましそうに見つめ合うシラフィーとグランディア。
そんな二人を見て、ムスカリアは肩を竦めて溜め息を吐く。
「……確か、こんな状態を人間の言い回しで『隣の芝は青く見える』って言うんじゃなかったっけ?」
呆れたように言いながら、ムスカリアは自分の身体を見下ろしつつ二人に聞かれないようにぽつりと呟く。
「…………私はもう少し痩せたいわ……」
キノコの娘にも、それぞれ違った悩みがあるのだ。
「えー、ムスカちゃん、全然太ってないよぉ? 今のままで十分だよぉ?」
「う、うん。私も今のムスカリアちゃんで十分可愛いと思うなぁ」
「き、聞こえていたのっ!?」
ムスカリアは、愛用の日傘のように真っ赤になった。
どことも知れぬ山の中に、『キノコノヤマ』と呼ばれる場所がある。
そこには山に棲息する野生の動植物の他に、キノコの娘と呼ばれる愛らしい少女たちが笑顔と共に平和に暮らしている。
でもそんな彼女たちにも、いろいろと悩みはやっぱりあるようだ。