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ツチグリ

 しとしとと、キノコノヤマに雨が降る。

 だが、適度な雨は山に暮らす動植物には文字通りの恵みの雨。

 雨を糧に木々は成長し、動物は喉を潤す。

 そして、雨の中でしか姿を見せないキノコの娘の仲間もいるのだ。




「……今日も雨だねぇ……」

「……今日も雨ねぇ……」

 シラフィーとムスカリアは、クヌギの大木の影で仲良く雨を凌ぎつつ、どんよりと曇る鉛色の空を見上げていた。

 彼女たちが雨宿りをするキヌギの樹上では、同じように一羽のアカゲラが雨に羽毛が濡れないように葉の影でじっとしている。

「……もう、これで何日目だっけぇ……?」

「……さあ? いくら梅雨だと言っても、降り過ぎじゃないの?」

 適度な雨は恵みの雨であり、キノコにとってはとても重要なもの。だが、降りすぎた雨は災害へと繋がる。雨で緩んだ地面が崩れるというのは決して珍しくはない。

 特に身体の小さなキノコの娘たちにとっては、小さな土砂崩れでも大きな災害なのだ。

「やあやあ、お二人さん。今日はいい天気だね!」

 突然、二人の背後から元気のいい声が聞こえてきた。

 二人が振り返れば、そこには一人のキノコの娘。

 褐色ストレートの髪には濃い目のメッシュが入れられており、なぜか髪の裏側は白地に暗赤褐色のチェック柄で、毛先が外側へと拡がっている。

 瞳は鮮やかなブルーで、赤茶色のファー生地の上着。その上着は腕の関節部分でベルトで止められているだけであり、結構露出度が高い。

 そんな上半身とは対照的に、下半身はもっさりとしたふわふわ生地のスカート。そのスカートの周囲を、髪裏と同じ模様のチェック柄の裾が、まるで蜜柑の皮を剥いたような感じに拡がっていた。

「あら、(ウルル)じゃない」

「あ、雨ちゃんだぁ。やっほー」

 降りしきる雨を気にする風もなく、ずぶ濡れの雨──(ツチ)(グリ) (ウルル)は、ぱたぱたと手を振るシラフィーとムスカリアに、にっこりと笑顔を浮かべた。

 それに合わせて、首から鎖でぶら下げたガラス製の晴雨計と、両手首に巻いた気象観測用の精密な晴雨計が揺れて、きらりと光る。




 雨はその名の通り、ツチグリが本体だ。

 ツチグリは雨を感じると外皮が裂開して胞子を撒き散らすため、通称『キノコの晴雨計』とも呼ばれるキノコである。

 そんなツチグリを本体に持つ雨もまた、晴れよりも雨の方を好む性質を持っていた。

「確かに、あなたにとっては今日みたいな雨の日の方が『いい天気』なのでしょうね」

「そうとも、ムスカリア。君もそんな立派な傘を持っているのだから、こんな所で雨宿りなんかしていないでもっとこの雨を堪能したまえ」

「私のコレは日傘なの! 雨傘じゃないの! 何回説明したら理解するのっ!?」

 自慢の日傘を雨傘扱いされ、ムスカリアはちょっとムキになる。なんせ雨はいつも彼女の日傘を雨傘扱いするのだ。

「ねえねえ、雨ちゃん。この雨ってあとどれくらい続くのかなぁ?」

 キノコの娘の仲間内での雨は、天気予報師的な存在である。雨に敏感な彼女は天気の移り変わりに敏感で、明日以降の天気も詳しく分析できているだろう。

 そう判断しての、シラフィーの質問だった。

「そうだねぇ。風向きと風の強さ、そして雨の勢いと気圧からして……おそらく、今晩中には雨は上がるだろうね。いやはや、実に残念なことながら……ね」

 首元や手首の晴雨計を確認しながら、雨は今後の天気を予測する。どうやら、雨天が大好きな雨としては、雨が上がってしまうのが残念らしい。

「一年を通じて梅雨だったらいいのに、と何度真剣に考えたことか……」

「うーん……雨降りも悪くないけど、やっぱりお日様が元気な日も大切だよぉ?」

「そうね。確かに私たちにとって雨はとても重要だけど、太陽の光も同じくらい重要よね」

「そ、そんな……同じキノコなのに……雨の素晴らしさが理解できないなんて……こ、この裏切り者っ!!」

「……一体、私たちの何が何を裏切ったって言うの……?」

 右手の人差し指で右のこめかみを押さえながら、疲れた風を漂わせてムスカリアが言った。




 そして翌日。

 雨の言った通りに、昨日までの悪天候が嘘のようにすっきりと晴れ上がり、キノコノヤマの中は雨上がり独特のしっとりとした、それでいて清々しい朝の空気に包まれていた。

「今日は雨の言った通り、天気が良さそうね」

「本当だねぇ」

 日傘が使えることが嬉しいのか、ムスカリアは愛用に日傘をくるくると回してご機嫌だ。

 その隣を歩くシラフィーも、木々の間から零れる日光を気持ち良さそうに浴びていた。

 昨日まではどこかに身を潜めていた野鳥や動物たちも活発に活動し、山は早朝から実に賑やかな雰囲気に包まれている。

 だが、そんな周囲の明るい雰囲気とは対照的な者もいた。

「………………おはよ……」

 シラフィーとムスカリアの目の前を、ゆらゆらと頭をふらつかせてながら歩くのは、他ならぬ雨である。

 だが、昨日見た活発な彼女ではなく、無口で控え目。

 昨日は外側へと拡がっていた髪も元気なくきゅっと纏まり、前髪の奥に特徴的な綺麗な青い瞳が隠れてしまっている程。

 裾が拡がっていたスカートも髪と同様で、裾先をベルトの辺りで結び会わせ、一見するとタマネギのような印象だ。

 唯一、足元のブルーのブーツだけが昨日と同じ印象を与えている。

「相変わらず、天気がいいと元気がなくなるわね、あの()は」

「本当だよねぇ。雨天の時の雨ちゃんと、晴天の時の雨ちゃんってまるで別人だよねぇ」

「雨天の時にしか、元気な雨とは会えないのよね」

 シラフィーとムスカリアは顔を見合わせると、くすくすと楽しそうに笑い合う。

 そんな二人の楽しげな笑い声は、雨上がりのきらきらと輝く木々の間を涼やかに流れていった。




 どことも知れぬ山の中に、『キノコノヤマ』と呼ばれる場所がある。

 そこには山に棲息する野生の動植物の他に、キノコの娘と呼ばれる愛らしい少女たちが笑顔と共に平和に暮らしている。

 そして、中には天気によって性格の変わる、ちょっと変わったキノコの娘もいたりするのだ。


 毎日更新は本日まで(笑)。

 今後は週一か隔週ぐらいの感覚で更新できたらと考えています。


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