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マツタケ


 キノコノヤマは秋たけなわ。

 森のあちこちに様々な果実が実り、木々の葉は赤く色づいていく。

 ある意味で、この季節は自然が最も豊かになる時期と言っていいだろう。

 夏の活力溢れた時期とは異なる、色彩豊かな季節。

 そんな季節を、キノコの()たちも堪能していた。それは間もなく訪れる、厳しい冬を前にした短い一時なのだから。




 秋のキノコと言われて、一番最初に思いつくものは何だろうか?

 シイタケ、マイタケ、エノキタケなど、この季節特有のキノコは数多く、食用になる菌種も少なくはない。

 だが、最近ではシイタケやマイタケなどは人工栽培されており、一年中みかけることができる。

 そんな中、未だに人工栽培方法が確立されておらず、なおかつ誰もが知るキノコがある。

 古くは縄文時代から既に食されていた記録もあり、「キノコの王様」と言っても誰もが頷くであろうそのキノコ。

 そう、マツタケである。

 最高級品のキノコとされるマツタケにも、やっぱりキノコの娘は存在する。

 (アカ)(マツ)かほり。

 それがキノコの王様である、マツタケのキノコの娘の名前であった。




「…………あれ?」

「どうしたの、シラフィー?」

 いつものようにキノコノモリの中で一緒にいるのは、シラフィーとムスカリアの二人である。

 秋も深まり、キノコの娘たちの今年の活動期もそろそろ終りが見えてきた。

 休眠期も間近に迫り、最近のキノコの娘たちは何かと忙しい。

 今年あったあれこれを振り返ったり、来年は何をしようかと計画を立てたり。

 最後まで遊び倒そうとがんばったり、既に眠気を覚えてうとうとし始める者もいた。

 中には今年お世話になった仲間たちに、挨拶をして回る者もいる。シラフィーとムスカリアも、そんな挨拶回りの真っ最中だった。

「ねえ、ムスカちゃん。この香りって……」

「香り?」

 シラフィーに言われて、ムスカリアは可愛い鼻をすんすんと動かす。すると、森の中に覚えのある芳香が漂っていた。

「……ああ、これはあの娘の香りね」

「うん! 間違いないよね!」

 にぱーと嬉しそうに笑うシラフィー。

「ねえ、ねえ、ムスカちゃん。かほりちゃんに会いに行こうよ」

「そうね。どうやら近くにいるようだし、会いに行きましょうか」

 手の中で愛用の日傘をくるくると回しながら、ムスカリアはシラフィーの提案に同意した。

 二人が漂う芳香を頼りに森の中を歩いていくと、前方に見覚えのある人影が現れる。

 目は細くいわゆる「糸目」。

 ショートにした淡い黄色の髪には、所々に不規則な褐色のメッシュ。その模様は髪だけではなく、着ている着物にも入っていた。

 その着物の内側には、マツとサワラの模様が入った緑の襦袢。

 全体に和服姿でありながら、なぜか下半身からは迷彩カラーのズボンが見え隠れしているし、足元は丈夫そうなアーミーブーツ。

 そして、頭の上に乗せた大きな傘と手にした松葉杖──別に足が悪いわけではない──が、何より彼女の特長と言えるかもしれない。

「かほりちゃーん!」

 彼女の姿を見たシラフィーが、ばたばたと走り寄っていく。

「お久しぶりでございますね、シラフィー様、ムスカリア様」

 シラフィーたちの存在に気づいた彼女──赤松かほりもまた、嬉しそうな表情を浮かべて小さく頭を下げた。




「かほりちゃんは何していたの?」

 にっこりとした笑顔を崩すことなく、かほりの元へと辿り着いたシラフィーが尋ねた。

「はい、わたくしはこの森のあちこちを歩いて回っておりました。何分、わたくしは活動期が他の皆様よりも短いので、今の内に森の様子を見ておきたかったのでございます」

 シラフィーやムスカリアたちのように、夏から秋にかけて活動期に入る者もいれば、かほりのように秋だけが活動期の者もいる。

 中には春や晩秋だけが活動期のキノコの娘もいるなど、本体の種類によって彼女たちの活動期は様々なのだ。

「……そう言えば、今年はまだお(ハツ)様のお姿を見かけておりませんが……彼女について、何か心当たりはございませんでしょうか?」

 普段から着物を愛用するためか、かほりとハツタケの(マツ)(バヤシ) (ハツ)とは仲がいい。その仲のいい友人の顔を見ていないのだから、かほりが初を心配するのも無理ないだろう。

「ああ、お初ちゃんなら、旅に出たよぉ」

「旅……でございますか?」

 シラフィーは、先日の初とのやり取りをかほりに説明した。

「そうでございましたか……お初様は、念願の旅に出られたのでございますね」

「うん。今頃、どの辺りを歩いているのかなぁ」

「……案外、本当に一日400キロ歩いていたりしてね」

 ムスカリアの冗談に、シラフィーたちは楽しげに笑い声を上げた。

「お初ちゃんがどこまで行ったのか……それは来年のお楽しみだね」

「はい。来年になったら、お初様に尋ねてみましょう」

 活動期の長くはないかほりだが、それでも毎年毎年を楽しく過ごしている。そして、来年は更に楽しい年となりそうだ。

「そうだねぇ。私たちだけじゃなく、たくさんの仲間たちにこの森の外のことを話して欲しいな」

 そう言ったシラフィーは、どこか寂しげだ。

 秋も深まったことで、既に数多くのキノコの娘たちが休眠期に入っている。シラフィーたちと仲のよいアマニタ・ヴィロサも、彼女らよりも一足先に休眠期に入ってしまった。

「……私たちの活動期も、そろそろ終りだものね」

「うん……でも、できる限り遅くまで起きていたいなぁ」

「シラフィーったら、毎年そう言っているわよ?」

「そうだっけ?」

 夏と秋だけではなく、できるものなら一年中起きていたい。それがシラフィーの願望であった。

 この世界には、彼女の知らない季節がある。冬から春にかけての季節は、シラフィーにはどうしたって体験することができない季節なのだ。

「シラフィー様のお気持ちはよく分かります。わたくしも、もっと長く起きていたいと常々思っておりますから」

 かほりは春を知らない。夏を知らない。冬も知らない。

 桜が咲き乱れる光景も、ぎらつく真夏の日差しも、降り積もった雪の冷たさを知らない。

「よぉしっ!! それじゃあ、今年はみんなでできる限り遅くまで起きていようよ! みんなで雪が降るまでがんばろうっ!!」

「雪が降るまでっ!? それはいくらなんでも無理っぽくない?」

「いいではございませんか、ムスカリア様。目標は大きい方が、がんばり甲斐があるというものでございますよ?」

「もう、かほりまでそんなことを言って……ま、仕方ないから私も付き合ってあげるわ」

 肩を竦めつつ、それでもムスカリアの表情はどこか嬉しげだ。彼女にとっても、仲間たちと少しでも長く付き合えるのは、やはり嬉しいことなのだから。

「この際でございますから、他の方々にもお声をおかけいたしませんか?」

「うんっ!! まだ起きている娘たちにも声をかけようよ。みんなでがんばれば、起きていられる時間も長くなりそうだし!」

 言うが早いか、シラフィーがすたたたっと駆け出す。

 どんどん小さくなっていく彼女の姿を、ムスカリアとかほりは呆れたような、それでいて楽しそうな顔で眺めていた。




 どことも知れぬ山の中に、『キノコノヤマ』と呼ばれる場所がある。

 秋も深まり、そろそろ冬支度も終盤に入る今日この頃。

 だけど。

 だけど、今年のキノコノヤマはちょっとだけ長く賑やかなままになりそうだった。


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