シビレタケモドキ
イっている。
どこからどう見てもイっている。
それが彼女を見て、誰もが一番最初に感じることだろう。
だが、決して彼女の外見が悪いということはない。
髪は光沢のある綺麗な琥珀色で、毛先はやや淡色。
瞳の色は暗紫色で、瞳の奥から湧き上がるような赤い光を放っているのは、彼女が毒キノコであることの証だ。
しかも、常に散瞳状態でどこを見ているのか分からないのが、彼女の「イちゃってる」感をいや増しにしていた。
両耳には装着している純金のイヤリングが特徴的。
顔色が悪くいつも震えており、首には本体のつばを模したマフラーとマントを着用。
マフラーは若い時に現れる上向きのつばを、マントは成菌時の下向きのつばを模しているらしい。
両腕にも、これまた純金製のブレスレットをはめ、腕の部分に青色の刺青が入っている。ドレスとマントには縦線が入っており、ドレスの基部には白いファーの装飾。
なぜか、履物はサンダルだったりする。
不思議といえば、彼女は犬の糞を頻繁に踏む。そのため、替えのサンダルをいつも携帯。
そんな彼女の名前はシロシベ・キューベンシス。愛称はブーマー。
その本体はシビレタケモドキと呼ばれる菌種であり、以前は合法ドラッグの材料として用いられていた。
だが、幻覚や錯乱状態などの中枢神経系の中毒を起こす事故が相次いだため、現在では違法となっているので間違っても口にしていい菌種ではない。
本来、シビレタケモドキは熱帯種で我が国での分布は八重山諸島や沖縄本島などのはずだが、なぜかキノコノヤマにはこの種が自生していた。
「はー、今日もいいお天気」
さんさんと降り注ぐ太陽の光。その光を浴びて、彼女は気持ち良さそうに伸びをした。
「さぁて、今日は何をして過ごそうかな? これだけお天気がいいと、まずはお洗濯だよね?」
そう言いながら、彼女は早速とばかりに洗濯の準備を始める。
溜まっていた洗濯物をかき集め、片っ端から洗濯機の中へ投入。容量ぎりぎりまで放り込んだところで、洗濯機のスイッチをオン。
ごぅんごぅんとお馴染みの音を立てて洗濯機が回り始めたのを確認した彼女は、次に何をしようかと考えを巡らせた。
「あぁ? 鬱陶しいんだよ、テメェはよぉ? いつもいつもごうごう騒々しいったらありゃしねぇ。ちったぁ、静かにできねぇのかぁ?」
やや顔を伏せ、焦点の定まらない不安定な目付きでそれを見つめながら、彼女はがつんとそれに蹴りを入れた。
「はン、これに懲りたら少しは静かにするんだな!」
ぺっと唾を吐きかけながら、彼女はどすどすと足音を響かせてその場を離れた。
後に残されたのは、無言のまま動き続ける洗濯機のみ。
「…………終わってる……」
彼女は動きを止めた洗濯機の中を覗き込みながら、陰鬱な表情でぼそりと呟いた。
「……いちいち干すの、面倒臭い……どうして、洗濯なんかしたんだろ……?」
陰鬱な表情はそのまま、だが、視点だけは定まらず、身体もふるふると震えている。
それでも、彼女はぶつぶつと文句を言いながら洗濯物を干し始めた。ただし、干し方は適当。皺になっていようが、洗濯物同士が重なっていようが、まるでお構いなしだ。
その干し方は、すでに「干す」ではなく「吊るす」と言った方が正解だろう。
物干しに適当に濡れた衣類を引っかけるだけ。このまま洗濯物が乾いてしまえば、どのような結末が待っているのか考えるまでもない。
やがて全ての洗濯物を吊るすと、彼女は陰鬱な表情のままとぼとぼとその場を後にした。
「たっりっはーっ!!」
ててててーっと彼女が奇声を発しながら走る。
相変わらず彼女の眼は散瞳状態でどこを見ているのか分からない。そんな状態で走れば危険以外のなにものでもないが、そんなことは彼女の頭の中にはない。
意味もなく全力で走り去る彼女──シロシベ・キューベンシスの背中を見送りながら、ムスカリアははぁと大きな溜め息を吐いた。
「……相変わらず、掴み所がないわね、あの娘……」
「そうだねぇ。それがブーマーちゃんのいいところなんだけどねぇ」
「いいところ……? あれが?」
「うん! だって、見ていると楽しいじゃない? 次に何をするのか、全く予想ができなくて」
不思議そうに首を傾げるムスカリアに、シラフィーはにっこりといつもの笑顔で微笑んだ。
「あーっ!!」
そんなことをしていると、再びシロシベの叫び声。
反射的に声のした方へと振り向けば、シロシベがびきびきと震える身体でシラフィーたちの方へと駆け寄ってくるところだった。
「う……」
その光景は、はっきり言って怖い。
びきびきと身体を震わせながら、それでいて視線が定まっていない。そんな状態の人物が自分にすたたたっと走り寄って来るのは、まるでゾンビか何かが近づいてくるような恐怖感がある。
だが、恐怖を感じているのはムスカリアだけらしい。シラフィーはいつもの笑顔を浮かべたまま、走り寄ってくるシロシベを迎えた。
「久しぶりだね、ブーマーちゃん。元気だった?」
「お久方風呂式神! 桃太郎劇場後悔だよダサ~ん!」
「そうなんだ。それは良かったよ」
「シルベスタ羽虫はゲキガンパーンチ?」
「うん! 私も元気だったよー」
「頭は西ムク鳥、尻は東山動植物園! これカラスの行間38歯!」
「そうなんだぁ。それはおもしろそうだね。私も一緒に行こうかなぁ?」
なぜか成立している二人の会話に、ムスカリアは首を傾げるしかなかった。
どことも知れぬ山の中に、『キノコノヤマ』と呼ばれる場所がある。
その山の中で暮らすキノコの娘たちの中には、ちょっと困った娘もいるのだ。
だがこれもまた、自然の中の一コマであるのは、間違いないだろう。
※今回、リクエストがあったのでブーマーを登場させてみました(笑)。