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ドクツルタケ


 夏本番。

 キノコノヤマは、一年で最も活気に満ちる季節に入っていた。

 太陽は遠慮容赦なくぎらぎらと輝き、木々は青々とした葉をこれでもかと生い茂らせている。

 森の生き物たち──昆虫や動物、植物──は、次の世代を残したり、厳しい冬を乗りきる準備に忙しい。

 配偶者を呼び寄せるために必死に鳴くセミ。冬の間の食糧をせっせと集めるリス。

 水辺では多くのトンボが飛び交い、子孫を残すための相手の選定に必死だ。

 その水の近辺でも生存競争は激しい。

 トンボの幼虫であるヤゴが小さな魚を電光石火の早業で捕えたり、水面に落ちたセミにたくさんのアメンボが群がり、哀れなセミから体液を吸い上げている。

 木々を始めとした植物も必死に光合成をし、来る秋に備えて各種の実りの用意をしていることだろう。

 そんな暑いとはる日のこと。いつものように一緒にいるシラフィーとムスカリア。

 だが、今日の彼女たちの出で立ちはちょっと違った。

 いつもはシラフィーは白いコートで、ムスカリアは同じく白を基調にしたゴスロリドレス。

 しかし、今日の二人はそんな暑苦しい恰好ではなく、もっと涼しげな恰好をしている。

 すなわち。

 今日の二人は、肌色率のぐっと高い水着姿なのである。




 キノコノヤマの中を流れる小さな小川。その中でも流れが緩やかな場所。

 ここは毎年、この山で暮らすキノコの()たちの遊泳場となる。

 今日も朝一番で、シラフィーとムスカリアは新調した水着を着てここに遊びに来ていたのだ。

 鮮やかな黄色のビキニ姿のシラフィ。対して、ムスカリアはスポーティな赤いセパレートタイプ。

 二人ともスタイルはなかなかで、メリハリのあるボディラインを惜しげもなく晒している。

 山の中を流れる清流は冷たく心地よい。

 二人は思いっ切り泳いだり、時に小魚と戯れたりして楽しんでいた。

 と、そろそろ太陽も真上に差しかかる頃、さすがに疲労を感じてきた二人は、川岸近くの岩──あくまでも彼女たちの主観で──の上に腰を下ろし、水中で下がった体温を取り戻すべく日光浴を始める。

「あー、気持ちよかったぁ。やっぱり暑い時期は水の中に限るねぇ」

「そうね。水泳は全身運動だからダイエットにも丁度いいし」

 用意しておいたタオルで髪の水分を拭き取りながら、ムスカリアも楽しそうな笑みを零した。

「もぉ、まだ言っているぅ。ムスカちゃんは全然太ってないよぉ?」

「あなたに言われても嫌味にしか聞こえないのよっ!!」

 ムスカリアはちらりと隣に腰を下ろしているシラフィーの身体を見る。

 程よい大きさの胸元に、細く括れた腰周り。そしてそこから丸みを帯びて続くヒップラインは、同性から見ても十分魅力的だった。

 更には足の細さやラインの美しさも格別だ。「こいつ、分厚いコートの下にとんでもないもの隠していやがった!」とムスカリアが心の中で叫びを上げたとしても、誰にも責めることはできないだろう。

 かく言うムスカリアも、決してそのプロポーションは悪くはなく、シラフィーに見劣りするものではないのだが、どうやら彼女は自分のプロポーションに自信がないらしい。

 岩の上で暖かい日差しを浴びながら、ぎゃいぎゃいと騒ぐシラフィーとムスカリア。

 と、そこへ第三者の声がかかった。

「あら、シラフィーとムスカリアじゃない。あなたたちも泳ぎに来ていたの?」

 二人が揃って声の方へと振り向けば、そこには一人のキノコの娘。

 白い。それが彼女の第一印象だ。

 頭の頂辺から爪先まで白尽くめ。

 それ以外の色彩は、瞳の赤と胸元を飾るシルバーアクセ。ちなみに、そのシルバーアクセは髑髏だ。

 鍔広の大きな帽子。そしてそこから覗く、肩口で切り揃えられた髪はどちらも白。

 身体にぴっちりとしたワンピース。そのスカートの裾は、ギザギザとボロボロが交互になっているデザインであり、これは彼女の本体であるドクツルタケのささくれた柄を模しているらしい。

 そして、なぜか手には巨大な鎌。背中には空を飛ぶことはできないが翼もある。

 アマニタ・ヴィロサ。それが彼女の名前であり、シラフィーやムスカリアと同じアマニタ属に属するキノコの娘であり、また、全キノコの娘のリーダー的存在でもあるのだ。

 ちなみに、彼女の本体であるドクツルタケは、海外では「死の天使」とも呼ばれる知名度の高い猛毒キノコである。




「ヴィロサちゃんも、泳ぎに来たのぉ?」

「あなたってば、暑さが苦手だものね」

「いいじゃない。いつどこで泳ごうが私の勝手よ」

 そう答えたヴィロサは、その場で服を脱ぎ出した。

 そもそも、キノコの娘には女性しかいない。そして、この山の中には人間はまず入ってこない。

 いるのは昆虫や野生動物ばかりで、当然ながら彼らはヴィロサの眩い裸体にもまるで興味がない。

 着ていたものを全て脱ぎ捨て、一糸まとわぬ姿となったヴィロサは、用意してきた水着を着る。やはりというかなんというか、彼女の水着は白のビキニだった。

 このような状態なので、水着に着替える必要もないように思えるかもしれないが、そこは彼女たちもやはり女の子。それに、水着もまたオシャレの一部なのだ。

 着替えを終えたヴィロサは、軽く身体を解した後にゆっくりと水の中に入っていく。

「はぁぁ、冷たくて気持ちいい……生き返るわぁ」

「ヴィロサちゃん。なんか、おじさん臭いよぉ?」

「うるさいっ!!」

 ヴィロサはそのまま水を切って泳ぎ出す。美しいフォームの力強い泳ぎ方だ。

 そんなヴィロサを岩の上から眺めていたシラフィーとムスカリア。

 二人は互いに顔を見合わせた後、にっこりと微笑んだ。そして、ヴィロサの後を追うように水の中へと入っていった。

「待ってよぉ、ヴィロサちゃぁん」

 シラフィーの声が聞こえたヴィロサは、その場で立ち泳ぎをすると背後を振り返る。

「あら、来たの?」

「うん! みんなで一緒に泳ごうよぉ」

「いいわよ。じゃあ……」

 ヴィロサは周囲を見回して、反対側の岸を指差した。

「あっちの岸まで競争ね!」

 言うが早いか、ヴィロサは再び水を切り出す。

「ああぁぁん、ずるいぃぃ」

 シラフィーも慌ててヴィロサの後を追う。普段はおっとりとしているシラフィーだが、これが意外と泳ぎが速かった。

「ちょ、ちょっと待ちなさい、二人とも! 川の中央は流れが速いから、流されないように注意して……って、全然聞いてないでしょっ!!」

 自分の忠告にまるで耳を貸さない二人に、ムスカリアも慌てて二人の後を追う。




 その後も三人は水辺で楽しい時を過ごした。

 浅瀬で苔に足を滑らせたシルフィーが転んだり。

 ヴィロサが泳いでいる途中で流れに飲まれかけたり。

 ムスカリアが川の中から飛び出したイワナに驚いて溺れかけたり。

 いろいろあったが、楽しい一日だったと言っても差し支えないだろう。

「あー、楽しかったぁ。また泳ぎにこようねぇ」

「ええ。今度は他のみんなも誘いましょうか」

「いっそのこと、キノコの娘を全員集めて水泳大会ってのもおもしろいかもね」

 本気かどうか分からないヴィロサの企み。

 でも、それも楽しそうだとシラフィーとムスカリアは笑い声を上げた。




 どことも知れぬ山の中に、『キノコノヤマ』と呼ばれる場所がある。

 そこには山に棲息する野生の動植物の他に、キノコの娘と呼ばれる愛らしい少女たちが笑顔と共に平和に暮らしている。

 時には人間と同じように、仲間同士で水辺で戯れたりもしているのだ。


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