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ヒトヨタケ



 ここはいつものようにキノコノヤマの中。

 そしてやっぱり、いつものように山の中を散歩していたシラフィーは、地面に転々と黒い染みのようなものが落ちていることに気づいた。

「あれぇ……これって、もしかして……」

 とある確信を得て、シラフィーは点々と落ちている黒い染みを追う。

 それはまるで目印のように、シラフィーをとある場所へと導いていく。

 そして黒い染みがシラフィーを導いたのは、彼女が考えた通りのところ。そこには一人のキノコの()がいた。

 白と黒を基調としたモノトーンのキノコの娘。

 身に纏う装束は和服。襦袢と帯、そして足袋は白だが、着物と高下駄は黒。伸ばした爪や頬紅まで黒色という拘りよう。

 髪も真っ直ぐな漆黒。だが、なぜか先端が液化しており、シラフィーが見つけた黒い染みは、彼女の髪から落ちたその雫だろう。

 容貌は整っていて仕草も落ち着いており、彼女からは気品さえ感じることができる。

 真っ直ぐに切り揃えた前髪の奥には、僅かに赤い光が宿る黒い瞳。

「あー、やっぱり(ヒト)()ちゃんだぁ」

 彼女を見つけたシラフィーの顔が、ぱあああっと明るくなる。

 (クロ)()()(ヒト)()。それが目の前の純和風のキノコの娘の名前だった。




「あれぇ? 一夜ちゃん、どうしたの?」

 一夜の姿を見つけ、嬉しそうに彼女へと駆け寄ったシラフィー。だが、どうも一夜の様子がおかしい。

 普段は凛とした雰囲気の気品漂う彼女だが、今日は妙に落ち込んでいるようだ。

「も、もしかして……また、やっちゃった?」

「…………はい」

 こっくりと頷く一夜。そして彼女は元気のない理由をシラフィーに話し始めた。

「実は……昨日、ムスカリアさんやヴェルナさん、ヴィロサさんたちとポルチーニさんのお店に食事に出かけたのですが……」

「えー、みんなでご飯食べに行ったのぉ? どうして私は誘ってくれなかったかなぁ?」

「いえ、ムスカリアさんはシラフィーさんも誘おうとおっしゃっていたのですが……捕まらなかったのです」

 携帯電話などを持たないキノコの娘たちである。そのため、連絡を取り合う方法は、居そうな場所を探して直接伝えるしかない。

 もしかすると、中には携帯電話を所持しているキノコの娘もいるかもしれないが。

「そして、皆で食事をした後……食後にお酒が出たのですが……」

「あー、一夜ちゃん、壊滅的にお酒に弱いもんねぇ」

 一夜の本体はヒトヨタケ。庭や畑の隅などのあらゆる所に発生する菌類である。

 ヒトヨタケは基本的に食用なのだが、アルコールを接収した後に食すると、短時間で悪酔いを引き起こす。

 頭痛や眩暈などの症状を引き起こし、酷い時には呼吸困難にも陥る。

 それと関係あるのかないのか、一夜はアルコールに滅法弱かった。

 普段は物腰柔らかで冷静な彼女だが、少量のアルコールを口にしただけで顔は真っ赤になり、性格も変貌する。

 しかも、その時の記憶がしっかりとあるようで、彼女は酒に酔った自分が最大のコンプレックスなのである。

「だったら、お酒を飲まなければいいのにぃ」

「私もそう思っているのですが……目の前にお酒があると……そ、その……」

 恥ずかしそうに肩を竦める一夜。酒に弱いと分かっていながら、それでも酒を口にするタイプのようだ。




「それで、昨日は何をやっちゃったのぉ?」

 酒を飲むと性格が変貌する一夜だが、その変貌した性格はその時その時によって違ったりする。

 時には笑い上戸になったり、時には泣き上戸になったり。はたまた、時にはただ黙って延々と酒を飲み続けたり。

 そんな彼女の様子がおもしろいのか、仲間のキノコの娘たちはよく一夜を食事や酒の席に誘うのだ。

「そ、それが……夕べは一人でアニメの主題歌を延々と歌い続けるという……」

「あー、それはぁ……」

 どうやら、昨日の一夜はかなりイタい方へとはっちゃけたらしい。

 そんなことを思いつつも、一体どこでアニメの主題歌なんて覚えてくるんだろう、と明後日なことをシラフィーは考えていたりしたが。

「…………はぁ。この世からお酒をなくす方法はないものでしょうか……」

「お酒がなくなっちゃったら、それはそれで困るんじゃない?」

「……そ、それはそうですが……」

 しょんぼりとする一夜。何だかんだ言いつつも、彼女は酒を飲むことが好きなのである。

 いや、もしかすると、気の合う仲間たちと一緒に騒ぐのが好きなのかもしれない。




 見るからに力なく肩を落としている一夜。シラフィーは優しげに目を細めると、そっと彼女の頭を撫でてやった。

「気にしなくてもいいんじゃないかなぁ? みんな、一夜ちゃんのことは承知しているから……ううん、一夜ちゃんと一緒だと楽しいから、ご飯やお酒の席に一夜ちゃんを誘うんだと思うんだぁ」

 にっこりと。まるで日溜まりのような暖かな笑顔を浮かべるシラフィー。

「だから、一夜ちゃんも楽しんだらいいんだよ。みんなと美味しいものを食べて、美味しいお酒を飲んで、そして、みんなで騒いだらいいんだよ。きっと、他のみんなもそれを望んでいるんじゃないかなぁ? 少なくとも、私は一夜ちゃんと一緒にご飯を食べたりお酒を飲むのが楽しいよ?」

 だから今度は絶対一緒に連れて行ってね、と微笑むシラフィーに、一夜もまた、澄んだ笑顔を向けたのだった。




「……ところで、ちょっと小耳に挟んだことがあるのですが」

「え? 何なに?」

「人間たちの間では、お酒を飲んだら絶対に自動車を運転しないという、飲酒運転撲滅という活動をしていると聞きました」

「うんうん。それで?」

「そこで、私たちキノコの娘も活動をするべきだと思うのです。名付けて、『飲酒記憶消滅運動』! 私と一緒にお酒を飲んだ時は、私のやっちゃった痴態を綺麗さっぱり忘れ去るという……」

「いやぁ、それは無理じゃないかなぁ?」


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