006 腹式呼吸
翌朝です。僕はいつものようにボロ布の制服に着替えて道場に行きました。夜遅くに寝て、朝早くに起きて修行をするため、気分は奴隷です。そのため、自分でも分かります。顔が青白いと。
「おはようございます」
しかし朝の挨拶は大切です。どんなに眠くても、朝大きな声で挨拶すると眠気が吹き飛ぶから。僕は鬼教官に教えられたまま、大きな声で挨拶したのです。すると、教官がこちらに振り返ってきて、ニコリと笑いました。嬋娟な顔立ちが美しいです。
「おはよう、良く眠れたか?」
彼女はそう聞いてきました。しかし、四時間しか寝ていないので、瞼が重たいです。
「あまり眠れません」
僕は正直に言いました。
「お前も人間だ。眠れない日はある」
「教官にもあるんですか? 眠れない日は」
僕は思い切って聞いてみました。すると彼女は真剣そうな顔で、
「勿論ある。私にも不安で眠れない日が」
「え、教官にも不安があるのですか?」
「誰にでも不安はあるだろう。言わないだけで」
そう、教官は『人は言わないだけで不安を抱えて生きている』というのです。確かにその通りだと思いました。僕も不安を人に話そうとは思いません。なぜなら、不安を誰かに打ち明けるのは最高に格好悪いと思うから。ほとんどの人はそうなのでしょう。
「僕も不安はあります」
明日、どんな修行をするのか不安なのです。
「それが人間の面白いところだな。動物は何も不安には感じない」
彼女はそう言いました。
「そうですね」
僕は彼女に共感して頷きました。
「さて、前置きが長くなったな。今日も修行をしよう」
「はい、よろしくお願います」
ようやく修行がスタートするようです。僕は彼女に手を握られて、道場の真ん中に連れて行かれました。そこには紐で縛られた雑誌が置いてありました。
「なんですか、これ?」
「紐で縛った雑誌だ」
見ると、ファッション誌ばかりです。教官も女なのでしょう。
「なににつかうのですか」
「取り敢えず、横になれ」
僕は彼女に言われたまま、横になりました。するとです。お腹に紐で縛られた雑誌の束を置かれました。腹が微妙に重苦しい。
「これは、どういうことですか?」
「今日は腹式呼吸の修行だ」
彼女はそう言ったのでした。
「腹式呼吸って?」
「その名の通り、腹で呼吸する事だ。人は胸が呼吸する事が多いからな。ちゃんと端整してやらないと損をする」
「損ですか」
「取り敢えず、そのまま暫く呼吸してみろ。その意味がわかる」
僕はそう言われて雑誌が乗ったまま仰向けになって呼吸をしていました。すると、見る見るうちに眠気が飛んでいき、意識がハッキリとしてきたのです。
「どうだ。凄いだろ?」
「こ、これは一体?」
雑誌が上に乗っているので、腹で呼吸してることが一目瞭然です。呼吸するたびに腹が上下に動いています。
「腹式呼吸で深く息を吸うことで、細胞が覚醒するのだ。眠気も吹き飛んで、鬱にも効果があるぞ。気分が落ち込んでいるときは腹式呼吸をするといい」
と、彼女は言うのでした。




