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春もまた、出会いの季節。 その1

 俺の目の前には柄の悪い奴が三人。

俺の後ろには可愛い女の子が一人。

まさに前門の虎、後門の天使。

目の前の災難をどうにか出来たら、天国への扉が開く。

なぜ俺がこのような事になっているかを説明するには、

少し時間を巻き戻す必要がある。はい、タイムスリップ開始。

 

 始業式から一日経過した今日、俺は朝から浮かれていた。

なぜならば、春は出会いの季節だからだ。

夏にも出会いはあるが、それとはまた違った出会いがある。

曲がり角でパンを咥えた美少女とぶつかったり、その子が転校生だったりする。

そんなラブコメの香りがする出会いが春にはある。

しかし、昨日は何も起こらなかった。

だから今日こそはと思い、俺は期待に胸を弾ませながら登校した。

だけど、何も起こらなかった。

曲がり角でパンを咥えた少女と出会うこともなかったし、転校生もいなかった。

いつもどおり、薔薇そうびに告白され、それを見た佐倉さんが

俺をはやし立て、傷ついた心を奈津美なつみに慰めてもらう。

いつもと変わらない、そんな日常。

美少女と関わりを持てることは、嬉しい。これ以上を求めたらばちがあたる。

しかし人間の欲望というのは果てしない物で、

もっともっと、と際限なく欲求が生まれる。

つまり、なにか刺激が欲しいのだ。こう、漫画みたいな。

不良に絡まれている女の子を助けるとか、そんなことがしたい。

そして何も起こらぬまま放課後になり、俺は一人帰り道を歩いていた。

前までは薔薇がついてきていたのだが、

あいつは去年のクリスマス以来さっさと家に帰るようになった。

どうやら家を継ぐ為の勉強をするらしい。ありがたい。

それにしても、何か起きないものだろうか。

きょろきょろと辺りを探っていると、事件の代わりに可愛い女の子を見つけた。

黒髪を三つ編みお下げにし、さらに眼鏡をかけている。

肌は日に当たった事が無いかのように白く、美しい。

とても可愛いらしい容姿なのだが、その子は自分に自信がないのか

目元を隠し、少し猫座気味に下を向いて歩いている。

そのせいで、一見しただけでは地味で暗い印象を受けてしまうだろう。

でも、俺の目は誤魔化せない。彼女は可愛い。

しかも文学少女だ。外見的にきっとそうだ。

それにうちの高校の制服を着ている。

雰囲気で分かる、彼女は新入生だ。あんな可愛い子が入ってきたとはな。

部活はたぶん文芸部だろうし、今から入部しようかな。

そしたら彼女と仲良くなって一緒に下校したりして、

そして卒業式の日に伝説の樹の下で告白されるんだ。

へへ、げへへ……

「おいごら! てめえどこ見て歩いてんだよ!」

ん、誰だ?俺の妄想という名の未来予想を邪魔するのは。

声のした方を向くと、リーゼントと学ランというレトロなヤンキー達が

さっきの文学少女に向かって怒声を放っているのが見えた。

ちなみに、リーゼントとはワックスやポマード等整髪料を利用し、

両側頭部から髪を撫で付け後頭部でIの字型にぴったりと

合わせる髪型の一種であり。

私達がよくリーゼントと言うフランスパンみたいなやつは

ポンパドールという名前らしい。だが面倒なので、

ここではそちらをリーゼントとする。

どうでもいい解説をしている内に、男達は文学少女を囲んで何やらヒートアップ。

文学少女はレトロなヤンキー達に怯えているのか、

目に見える位に震え、何も言えずにただ立ちすくんでいる。

それをみてヤンキー達はさらに声を荒げる。

これはあかん。そう思った瞬間、俺は走り出して

レトロヤンキー達と文学少女の間に割り込む。

はい、ここで冒頭に戻ります。

 急に現れた俺を見て、ヤンキーのボスらしき男は不審げな顔をした。

「なんだてめえ? なにもんだごらあ!」

「なにもんだごらあ!」

ヤンキーボスに便乗するレトロヤンキー二人組。

遠目では面白そうな人達に見えたが、間近で見るとめちゃくちゃ怖い。

でも、俺の後ろには美少女が居る。それだけで頑張れる。

「ま、まあまあ落ち着けって。

 たぶん、この子があんたにぶつかっちゃたんだろう?

 それぐらい寛大な心で許してやれよ」 

俺がそう言うと、ヤンキーボスの眉間にしわが寄る。

まずいな。今にも「てめえ舐めてんのか!」とか言い出しそう。

やっぱり敬語使ったほうが良かったかな。

「てめえ、舐めてんのか?」

「舐めてんのかごらあ!」

「え? 男なんて舐めませんよ」

は!つい本音が出てしまった。これはまずい。

ヤンキーボスの顔がみるみる赤くなっていく。

「いや、その、冗談です。 貴方の事も舐めたいと思ってます、よ?」

慌ててしまい、つい訳の分からない事を言ってしまう。

「なんで疑問系なんだよてめえ!」

「そうだぞてめえ!」

「突っ込むところそこ!?」

まさか舐められたいのか?  

「おい、やっちまうぞてめえら!」

ヤンキーボスが号令をかけると、今まで便乗しかしていなかった

レトロヤンキー二人組が襲いかかってきた。

うわ、どうしよう。勝てる気がしない。でも、勝たなければいけない。

後ろをチラと振り返ると、文学少女が不安げな表情でこちらを見ていた。  

「くらえごらあ!」

まず、リーゼントが小さいレトロヤンキー1が殴りかかってくる。

なるほど、それなりに喧嘩慣れしているようだな。

だが――遅い。

「ぐふ!」

俺の顔面に拳がヒットする。

カッコつけてみたけど……そりゃあ躱せませんよ!

だが、これも計算のうち。

倒れかかった体に右足でブレーキをかけ、腕を後ろに引いて拳を作る。

そして、殴った姿勢のままのレトロヤンキー1に勢いのついた拳を振るう。

俺の拳をくらったレトロヤンキー1は吹き飛び、

そのままレトロヤンキー2にぶつかって倒れる。

「やりやがったなてめえ!」

ヤンキーボスがお怒りだが、俺はもう戦えない。

「逃げるぞ!」

レトロヤンキー達が立ち直る前に、俺は文学少女の手を引いて走り出す。

後ろの方で、レトロヤンキー達の声が聞こえた。

 

 「こ、ここまで来たら、もう、大丈夫だろう」 

肩で息をしながら振り向くと、文学少女も同じく息を切らしていた。

文学少女は両手を肘に付けてしばらく息を整えた後、

姿勢を正してこちらを真っ直ぐに見つめてくる。

走ったせいだろう、その顔は真っ赤に染まっていた。

「あ、あの! ありがとうございました!」

そして深くお辞儀。三つ編みが飛び跳ねる。

「どういたしまして。 それよりもごめんね、急に走っちゃって」

俺がそう言うと、文学少女はとんでもないと

いった様子で首をぶんぶんと横に振る。

三つ編みがヌンチャクみたいで見ていて面白い。

「とっても……かっこよかったです」

そう言って、赤い顔を上げてこちらを見る。

目元は見えないけれど、たぶん少女漫画と同じくらい

キラキラとした目をしているだろう。

あれ、これって俺が待ち望んでいた展開じゃないか?

やった!これで俺の未来予想が現実になる。

ああ、ついに伝説の木の下で告白されるのか、俺。

「あ、あの! お名前を……教えていただけませんか?」

俺が未来予想図を作り始めると、

文学少女がこちらを見上げたまま名を尋ねてきた。

「君はうちの高校の1年生だよね?」

質問に質問で返すという失礼な行為をしてしまったが、

彼女は気にした様子もなく俺の質問に答えてくれた。

「は、はい、そうです。 1年B組の、紅葉(あかば) 美秋(みあき)っていいます」

そう言って深々と頭を下げる。うん、可愛い。

「そうか。 じゃあ、俺のことは気軽に先輩って呼んでくれ」

そう言ってサムズアップすると、美秋ちゃんは顔をほころばせて小さな口を開く。

「分かりました……先輩さん」

さん、って付けるとなんか違和感があるけど……可愛いからいいか!

少し恥ずかしげに言う所が可愛い。今すぐお持ち帰りしたくなる。

「うん! よろしくな、美秋ちゃん」

そう言って手を出す。レッツ、シェイクハンド。

「は、ははは、はい! よ、よろしくお願いします!」

うほ!柔らかい手!めちゃくちゃ可愛いな。

「それじゃあ、もう日も傾いてきたし帰ろうか」

こくん、と頷く実秋ちゃん。

「あいつらに会うといけないし、家まで送っていくよ」

「ふえ!」

可愛らしい声をだした美秋ちゃんは、顔を夕日に負けないくらい

に赤く染めて、握っていた手をブンブンと振る。ちょっ、痛い!

「そ、そんな! いいんですか!?」

「あ、ああ、いいんですよ。 だからその手を止めてください!」

「え? ああ! すいません!」

俺の訴えを聞くと、彼女は慌てて手を止める。でも、握った手は離さない。

「それじゃ、帰ろうか」

「はい!」

元気よく返事を返してくれる美秋ちゃん。うんうん、元気があるのは良いことだ。

そして俺達は、夕暮れに染まる道を仲良く手を繋いで帰ったのであった。


 次の日、いつもどおり薔薇と昼食をとろうと思い

教室を出ると、後ろからお美しい声が聞こえた。

「ねえ、ちょっといいかな?」

「ハイ! もちろん!」

振り向くと、そこにいたのは学園のアイドル佐倉さくら 春香はるかさん。

何やら両手を後ろに隠している。

「うんうん、いい返事だね」

柔らかリップから紡がれるお言葉がまるで麻薬のように俺の心をかき乱す。

「ハイ! ありがとうございます! して、御用はなんでございましょうか!」  

「げ、元気いっぱいだね……」

佐倉さんはちょっと引いてるみたいだ。じゃあ、テンションを元に戻すか。

「それで、どうしたの?」

すると、佐倉さんは後ろに隠していた手をこちらに突き出してきた。

その手に握られているのは、お弁当包。

「ねえ。 お昼、一緒に食べない?」

「喜んで!」

美少女に誘われて断る者がいるだろうか。いや、居ない。

「よかったー、断られたらどうしようかと思ってたの」

美少女に誘われて断る者が(以下省略)

「あと、貴方に会ってもらいたい子がいてね。 

 その子も一緒なんだけど、いいかな?」

「うん? 別にいいよ」

佐倉さんの友達なら美少女だろうしな。たぶん。

「ありがとう! それじゃあ、行こうか」

「どこに?」

「屋上まで!」


 屋上。そこはまさに少年少女達の夢と希望が詰まった場所である。

友達とお昼を食べたり、夕日を背に告白したりなど、青春といえば屋上!

というくらい高校生にとっては大切な場所だ。

しかし近年は危ないから閉鎖されている学校が多い。非常に残念だ。

まあ、うちの高校は解放されてるから関係ないんだけどね。

さて、屋上に続く扉の前まで来たわけだが、

俺に会わせたい子とはいったい誰だろう。

途中で佐倉さんに尋ねてみたが、「着いてからの、ひ・み・つ」

とはぐらかされてしまった。

ひ・み・つ。と唇に指を当てる佐倉さんはとても美しかったです。

「お、もう来てるね」

扉を開けて佐倉さんはつぶやき、そのまま屋上に出る。

佐倉さんに続くと、少し遠くの方に女の子達が見えた。

あれ、どこかで見たような顔が……

「さあさあ、こっちに来て」

そちらに気を取られていると、横から佐倉さんの声が聞こえた。

見ると、佐倉さんがカモンカモンと手招いていた。

それにふらふらと引き寄せられてしまう俺。

驚きの吸引力。一家に一台欲しいくらいだ。

そちらに行くと、見覚えのある顔があった。

「おお、美秋ちゃんじゃないか。 昨日ぶりだね」

そこにいたのは昨日出逢った少女。紅葉あかば 美秋みあきちゃんだった。

「は、はい! 昨日ぶりですね!」

そう言って深々と頭を下げてくれる。礼儀正しくていい子だなー。

「あれれーびっくりだなー。 二人が知り合いだったなんてー」

棒読み過ぎる。佐倉さん何かたくらんでるな。

「もしかして、会って欲しい子って美秋ちゃんのこと?」

不審感を見せぬよう尋ねると、佐倉さんはうんうんと頷いて親指を立てる。

何故にサムズアップ?

「佐倉さんと美秋ちゃんって、知り合いだったんだね」

「うん! みあちゃんとは親戚でね、小さい頃からよく一緒に遊んでたの」

「みあちゃん?」

「みあきから、前の二文字を取ってみあちゃん。昔からこう呼んでるの」

「へえ。 じゃあ美秋ちゃんは、佐倉さんのことを何て呼んでるの?」

「わ、私は春ちゃんって読んでます」

ギザかわゆす。可愛すぎて発狂しそうだ。

そうだ、可愛いは正義だったな。

ならば、たとえ佐倉さんが何を企んでいようと関係ない。

とにかく可愛ければそれでいいや。

「春ちゃんかー、どこかのマスコットキャラみたいで可愛い呼び方だね」

「可愛い……」

そう言ってうつむく美秋ちゃん。その顔は、ほんのりと赤く染まっている。

照れてるのか、可愛いなちくしょう。

それにしても、さっきからやけに目に付く物がある。

「あのさ。 ずっと突っ込もうと思ってたんだけど、その大きな物体は何?」

ベンチに座る美秋ちゃんの隣に見える、大きな重箱。

たぶんお弁当なんだろうけど、大き過ぎる。

美秋ちゃんの腰から肩くらいまであるぞ。

それに、美秋ちゃんが小柄なせいか余計に大きく見える。

「こ、これですか? これは……その……今朝、作りすぎてしまって」

たぶん物凄くお腹が空いていたんだな。きっとそうだ。

「うんそうなんだよー。 それで貴方を呼んだんだよー」

佐倉さんの棒読みが相変わらずひどい。

だけど、そんなところも可愛いと思える不思議。

「えと、美秋ちゃんはお弁当を作りすぎたから佐倉さんと食べようと思った。

 それでも食べきれないだろうから、俺を呼んだってことでいいのかな?」

「うんうん、そうなんだよー。 ね! みあちゃん」

「ふぇ! う、うん。 そ、そうだよね、はるちゃん」

あれ、打ち合わせ不足かな?まあ、いいか。

美少女が作ったお弁当を食べられるんだ、細かいことは気にしない。

「そっかー。 じゃあ、俺も食べていいのかな?」

「はい!」

美秋ちゃんがいい返事を返してくれる。それじゃ、ありがたくいただくとしよう。

重箱を広げていく美秋ちゃん。ウホッ、いい弁当。

「うーん」

でも数が多すぎて箱の置き場所に困る美秋ちゃん可愛い。

そしてやっとの事で全ての箱を出し終えると、

ベンチはお弁当で色鮮やかに染まっていた。

「おお、凄い。 俺の好きなものばっかりだ」

焼きそばやタコさんウインナー、卵焼きなど、

そこには俺の好物が勢ぞろいしていた。

もしかして、美秋ちゃんと好みが似てるのかな?うは、テンション上がってきた!

「そ、そうですか? それなら良かったです」

「おお! これは運命的な物を感じるねー」

そう言って、ひゅーひゅーと冷やかしてくる佐倉さん。

嬉し恥ずかしい。薔薇の時とは大違いだ。

「それじゃ、いただきます!」

パチンと手を合わせて箸を構える。

まずは卵焼きを口へと運ぶ。

こ、これは!

「うまい! とっても美味しいよ美秋ちゃん!」

甘くてふんわりとした卵焼き。俺の好みどストライクだ。

「そ、そうですか!」

「うん! 美秋ちゃん、料理上手なんだね!」

美秋ちゃんが照れくさそうにうつむく。耳が真っ赤だ。

そんな様子を見て、佐倉さんはうんうんと頷く。

「これはあれだね、定番のセリフを言うしかないね!」

定番のセリフ?ああ、あれか。

「美秋ちゃんはいいお嫁さんになれるね」

「ふぇ!」

可愛らしい声を出して固まる美秋ちゃん。

肌が白いせいか、顔が赤いのがよく分る。

「いやー、美秋ちゃんと結婚できる人は幸せだろうね。

 美秋ちゃん可愛いし、料理上手だし」

「そ、そんな……私なんて……」

「本当だよ、俺が保証する」

美秋ちゃんは顔を赤く染めたままうつむくと、

少しの間を置いてから絞り出すような声でこう言った。

「じゃ、じゃあ。 もし、私が告白したら……

 先輩さんはそれを受け入れてくれますか?」

「もちろん!」

「ふぇ!」

俺の返しがあまりにも早かったせいだろう、美秋ちゃんが驚きの声を上げる。

こんな可愛い子に告白されてOKしない男がいるのか。

いや、いるんだなこれが。悲しいことにな。

でも、その気持ちも分からなくもない。

相手が本気なのに、中途半端な気持ちで付き合ったりしたら、

それは、相手を傷つけることになると思う。

俺はどうなんだろう。確かに俺は美少女が好きだ。

付き合ったりしたいとか思ったことは山ほどある。

でも、それはほとんどが性的欲求からくるものだ。

それは、本当に好きということなんだろうか?

もし美秋ちゃんと付き合うことになったとして、

俺は彼女を幸せに出来るのか?ずっと好きでいられるのか?分からない。

「え、えええと、し、失礼します!」

固まっていた美秋ちゃんが急に動き出し、そう言って深く礼をして走り去る。

「ちょ、ちょっと待ってー!」

そう言って佐倉さんまで走って行ってしまう。

「え! 佐倉さん待って! これどうするの!?」

残された大量の弁当を指差し叫ぶが、時すでに遅し。

佐倉さんは姿を消していた。……弁当食べるか。

ベンチに戻り、一人で焼きそばを食べ始めた。

 

なぜか塩味がする焼きそばをうつむいて頬張っていると、上の方から声がした。

「何やってるんですか。 先輩」

顔を上げると、そこには奈津美がいた。

「塩焼きそばを食べてるんだよ」

「私にはソース焼きそばにしか見えませんが」

そう言って俺の隣に腰掛ける。

紹介しよう、こいつの名前は七海ななみ 奈津美なつみ。俺の後輩だ。

そして、身長が低い割に胸が大きいという典型的なロリ巨乳である。

「セクハラで訴えますよ、先輩」

「当たり前のように心を読むな。 お前は超能力者か」

「違います、先輩の顔にそう書いてあったんですよ」

「え、マジで? どこ?」

俺が顔をぺたぺたと触っていると、奈津美がハンカチを

持って体をこちらに近づけてきた。

「ここです」

え。ちょ、ちょっと待って……まだ心の準備が……。

ハンカチが近づくと、奈津美の顔も近づく。

桜色の唇が目に映るたびに心臓が揺れる。

視線を合わせるだけで思考が停止する。

漂う石鹸の香りを吸い込むたびに体が溶けそうになる。

な、なんだこれ!?めちゃくちゃ青春っぽい!

ハンカチが近づき、視界が薄暗くなる。あ、いい匂い。

柔らかな感触が顔に伝わり、そして――痛みが走る。

それはふわふわと夢の世界に旅立っている俺を一気に現実に引き戻した。

「痛い!」

なにこれ痛い!垢擦りで引っ掻かれてるみたいなんだけど!

しかも暗いから怖い!

「先輩動かないでください。 うまく取れませんから」

「いや! もういいから! 一生このままで暮らすから!」

俺が必死に訴えると手は止められ、ハンカチも退けられる。

あれ、太陽ってこんなに眩しかったっけ?

というか……何をするだァーッ!ゆるさんッ!

「あれ、今度は『何をするだァーッ!』って書いてある。また拭かなきゃ」

「それだけはご勘弁を!」

土下座。コンクリートが冷たくて硬いです。

「うむ、おもてを上げい」

「ははー」

そしてベンチに戻る。茶番終了。

「お前、本当に超能力者じゃないのか?」

「違いますって、先輩が顔に出やすいだけです」

「そうかな?」

「そうですよ」

うーん、そうなのか。

「それで、今度はどうしたんですか?」

「……絶対に超能力者だろ、お前」

それとも、また顔に出ていたのか?

「だから違いますって。 ただ、一部始終を見てただけです」

ほら、あそこら辺で。そう言って指差すのは、

俺がここに来て一番最初に見た場所。

「あそこに居たのお前達だったのか」

「ええ。 まあ、先輩は可愛い女の子達に囲まれてたせいで

 気づかなかったみたいですけどね」

ぷう、と言って頬を膨らませる。

自分で効果音を付けるなよ。

「なんだ、ヤキモチか?」

「さあ? どうでしょうね」

どうなんだよ。

「それよりも、何かあったんでしょう先輩。

 さあ、私に話してみてください」

明らかに話を逸らしたなコイツ。

「ん、ああ。 まあ、その、なんだ」

「はっきりと言ってくださいよ」

「なあ、奈津美。 恋って……なんだと思う?」

「は?」

予想の斜め上を行く答えだったのだろう、奈津美が驚きの声を上げる。

「人を好きになるって、どういう事なんだろうな?」

「先輩……どうしたんですか本当に」

「実はな、カクカクシカジカマルマルサンカク左右左右BAということなんだよ」

「はあ、なるほど。 女の子がどうやら自分に好意を抱いてるらしくて

 どうしたらいいか分からないということですか」

「なんで分かった!?」

正直、自分でも何言ってるか分からなかったんだぞ。

「さっき見てたって言ったじゃないですか。

 だから、その時の光景と先輩の様子から推理しただけです」

「……凄いなお前」

話が早く済んでありがたい。

「それで、先輩はどうして迷ってるんですか?

 確かに雰囲気は地味でしたけど、磨けば光るタイプですよ、あの子」

「そうなんだよ、確かに美秋ちゃんは可愛い」

「美秋って言うんですね。 名前も古風でいいじゃないですか」

「うん、文句の付けようがないくらいいい子だ。 でも……」

「でも?」

「俺はどうなんだろうって思ってさ」

「はあ?」

奈津美がこてん、と首を傾げる。

「俺は確かに美少女が好きだ。 美少女の為なら大抵の事はするだろう。

 でも、それは可愛い子に好意を抱いてもらいたいという下心があるからだ。

 もしあまり顔がよくない子だったら、そこまで一生懸命になれる自信がない」

奈津美はじっとこちらを見つめてる。

どうやら真剣に俺の話を聞いてくれているようだった。

「だからな、俺は怖いんだ。 美秋ちゃんと付き合うことになって、

 そのまま結婚したとしよう。 最初はいいさ、でも、人は年をとる。

 どんな美人だって、いずれはしわくちゃのお婆さんになる。

 そうなっても、俺はちゃんと美秋ちゃんを愛せるのか?

 そんなことを考えてると、俺は本当に美秋ちゃんのことが

 好きなのか分からなくなるんだ」

俺が言い終わると、奈津美は目を閉じ深呼吸をした。

そして溜息をつき下を向く。

「だから、迷っていると?」

「ああ、そうだ」

下を向いていた奈津美が顔を上げる。

その顔はいつにもなく真剣で、なにか覚悟を決めた時のようだった。

「私から言えることは一つです、先輩」

その声は静かだが、確かな力強さが感じられる。

そして奈津美は静かに口を開いた。

「ごちゃごちゃと面倒なことは考えないでください」

「へ?」

「未来の事なんて、それこそ超能力者ぐらいにしか分かりません。

 そんなものを予想して人生をどうするか決めてたら、日が暮れてしまいます。

 だったら、確かに分かるもので人生を決めましょうよ」

「分かるものって?」

「今の気持ちです」

「だから、それが分からないんだよ」

刺々しい調子になってしまったことに気づき、

ばつが悪くなって顔をうつむかせた。

「いいえ、分かるはずです。先輩はただ、選ぶのが

 怖くて逃げてるだけです。だから――」

逃げないでください。

そう言って、俺の顔を両手で挟み正面を向かせる。

視線と視線がぶつかる。

「先輩、未来の可能性とか考えないで、今どうしたいですか?」

俺は今どうしたいんだ?

「美秋さんのことが好きですか? 付き合いたいですか?」

俺の今の気持ちは?

「先輩が今、好きな人は誰ですか?」

俺が……俺が今、好きなのは――

「答えは出ましたか?」

「さあ? どうだろうな」

俺が不敵に笑うと、奈津美も笑顔を返す。

「奈津美」

「なんですか?」

ちょこんと可愛らしく首を傾げる。

「ありがとう」

奈津美は笑顔のままで言った。

「どういたしまして」

出会ってから一年と少しになる後輩。

後ろで縛るようになった、長くて黒い髪。

サッカー部のマネージャーだというのに、日焼けを知らない白い肌。

それに映える長いまつげと勝気な瞳。

成長しない身長と、成長しすぎな胸。

出会った当初は俺の行動に声を荒げることが多かったが、

段々と慣れてきたようで冷静に対応するようになった。

ときどき……いや、頻繁に毒を吐く。でも、何故か憎めない。

可愛いものが好き。

ある日、野良ねこに向かってにゃーにゃー言ってるのを

見かけたので、思わず携帯で動画を撮った。

次の日それを見せたら携帯をへし折られそうになった。

泣く泣くその動画は消去した。

周りをよく見ているので、ささいな違いにもよく気づく。

俺が妹と喧嘩して落ち込んでいた時も、真っ先にそれに気づき

相談に乗ってくれた。でも、妹のパンツを被って変態仮面ごっこを

したことが喧嘩の原因だと話したら、冷たい目をしてどこかに行ってしまった。

その後、一週間は口を聴いてくれなかった。

彼女には、軽蔑されても仕方ない所をたくさん見せた。

でも、それでも、俺から離れないでいてくれた。

変わらずに、俺と友達でいてくれた。

「奈津美、ありがとう」

胸の奥から温かいものがこみ上げてくる。

「はいはい、どういたしまして」

それが涙だと気づいたのは、アスファルトに黒い斑点が何個も現れてからだった。

奈津美は急に泣き出した俺を抱きしめて、子供をあやすように頭を撫でてくれた。それが心地よくて、もっと泣いてしまった。


 「ここに居たんだね!」

奈津美に抱きしめられプリンのようにとろけていると、

ドアが開く音と共に大きな声が響いた。

そのセリフ、まるで俺がさらわれていたみたいだな。

「いやー、いくら待っても君が来ないから心配したよ」

すっかり忘れてた。少々罪悪感が沸くが、後ろは振り返らない。

だってここ温かいし、柔らかいし、いい匂いがするんだもん。まるで天国みたい。

「ああ、七海ななみさんも居たんだね。 久しぶり」

「ああ、くれない先輩ですか。 どうも、お久しぶりです」

どちらも声に感情が無く、聞いただけで背筋がゾクッとした。

「ところで、何をやっているんだい? 七海さん」

「先輩を抱いています」

誤解を生むような言い方はやめてください。僕達はまだ健全な関係です。

「へえ、どうして?」

「それを紅先輩に言う必要は有りませんよね?」

どうしてそんな喧嘩腰なんだお前!

「今は僕が質問しているんだよ?」

「それがどうかしましたか?」

奈津美が俺を抱きしめる腕に力を込める。

ちょ、間に挟まった。息が苦しい。

あ、でも……柔らかくて気持ちいい。昇天しそう。

「質問に質問で返すのは失礼だって、習わなかったのかい?」

見えないけど、きっと今の薔薇はとても笑顔だろう。それが逆に怖い。

「人のプライベートを詮索するなって、習いませんでしたか?」

奈津美はきっと無表情だろう。前にスカートをめくった時もそうだったから。

感情のこもっていない無機質な目をこちらに向けながら淡々と説教をし、

少しでも目を逸らそうものなら、「先輩、どこを見ているんですか?」と

言われ強制的に目を合わせられる。あれは怖かった。

「それは失礼。 彼のことになると、どうにも周りが見えなくなってしまってね」

ビシッ、と指を差されたような気がする。

「ついでに、先輩のことも見えなくなった方がいいんじゃないですか?」

ぶちっ、という音が聞こえた。え、なに?なにが切れたの?

「前から気になっていたんだけど? 君は彼のなんなんだい?」

それは気になる。奈津美は俺の事をどう思っているんだろう。

というか、これって修羅場ってやつ?

奈津美はしばらくなにも言わなかったが、急に俺を解放したかと思うと、

そのまま両手を俺の頬にあてた。

そうしてから、奈津美は薔薇と向き合う。

「私は先輩の、ただの後輩――でした」

さっきまでの感情がこもっていない声とは違う、強い意思が感じられる声。

「だった。 ということは、今はなんだい?」

「それは先輩が決めることです」

え、俺が決めるの?

「ほう」

え、なに納得してんの?もしかして、意味が分かってないのって俺だけ?

俺が戸惑ってなにも言えずにいると、奈津美が再びこちらを向く。

その顔は、ほんのりと赤く染まっていた。

「先輩……私に、答えをください」

いやごめん、なんて答えればいいのか分からない。

そんな俺には構わずに、奈津美は緊張した面持ちで答えを待つ。

「奈津美、俺は……」

言いかけたところで、昼休み終了五分前のチャイムが鳴る。

「おおっといけねえ。 さあ、教室に戻ろうぜ」

「え、ちょっと先輩?」

助かった……のか?いや、ただ問題を先延ばしにしただけだな。

てか、それよりも

「この弁当どうしよう……」

全然減ってない。

「なあ、奈津美。 腹、減ってないか?」

「さっきお昼を食べたばかりですよ。 私はそこまで食いしん坊じゃありません」

そう言ってそっぽ向く。あれ、怒ってる?

「は、はは、そうだよな。 奈津美さんは小食だもんな。 牛乳が主食だもんな」

「馬鹿にしてるんですか?」

鬼の形相とはまさにこれだろう。ああ、走馬灯が見える。

「女性に対して牛みたいとか言うのは失礼だよ。

 たとえ本当だとしてもね」

牛みたいとは言ってねえよ!言葉を歪曲させんな。

「私のどこが牛なんですか?」

「ほら、胸ばかり大きいところとか」

何かが切れる音がした。みんな切れすぎ。

「私、もう行きますね」

「え? ちょ、ちょっと待てよ!」

俺が止めるのも聞かずに早足で行ってしまった。

「どうしよ……」

がっくりと肩を下ろしていると、薔薇が俺の肩に手を置く。

「大丈夫、もう呼んであるさ」

「誰を?」

そう尋ねると、薔薇は空を指差す。

そちらを向くがなにも無い。え、どゆこと?

「ここです」

体がビクッ、と飛び跳ねる。

後ろから突然の美声。振り向くと、そこにはメイドさんがいた。

「ア、アイリスさん?」

「はい、アイリスでございます」

そして一礼。つられて俺も礼を返す。

「彼女だけではないよ」

見ると、アイリスさんの後ろに黒服がいっぱい居た。

危ない人達の集会みたいで怖いんですけど。

というか、メイドさんじゃないのかよ!

「彼らも協力してくれる」

「え、弁当を食べるのを?」

「そうだよ。 だろう?」

薔薇が黒服さん達に問いかけると、「応!」と黒服たちが答える。

その一体感に胸が熱くなる。

「ありがとうございます!」

深く頭を下げる。俺の為にこんなに沢山の人が集まってくれるなんて嬉しい。

でも、あと一分も残ってないんだよなー。

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