08 一匹の獣、現状を問う。
デルガの退室と共に場が白けたのを理由に諸侯は全員各々の仕事に戻っていった。残っていたのは王とレスティア、宮廷魔術師にアシュー。そして傭兵である俺達だけだ。しばらく重苦しい空気だったが、それも徐々に薄れて談笑を始めた頃。
「んで、誘拐された理由ってのは見当付いてんのか?」
大皿に大量の食べ物を載せて目の前に置いた俺が肉をフォークで突き刺しながら聞いた。
「おそらく、国崩し……だと思います」
形ばかりにワイングラスを持ったアシューは近くのテーブルにグラスを置き、わずかに時間を置いて答えた。表情は暗く重い。その一方でのん気に俺は並々と注がれたワインを一気に飲み干し、手近にあった瓶からワインを手酌する。
「まぁ、レダを落とす方法の一つではあるな。その方法を選択するなら、確かにレスティアを狙うのは当然だろうな」
俺がナイフを巧みに使いながら当然のように言った。目の前にある肉の塊を切り分け、一番美味しそうな場所を取り出していた。トナが横からその肉を奪い取り、口に含んで満足そうな笑みを浮かべて聞き返す。
「王は狙わないと?」
火が通り、生の感触が残る肉を上品に味わいながらトナが疑問をぶつけ、首を傾げる動作だけでアシューも同じ疑問を持っている事をしめした。肉を取られ、憮然としながらも新たに切り出す。
「俺ならな。王の護衛よりはレスティアの護衛の方が薄いだろう。それに王の口から無血開城を言わせた方が、後々国を治めるのに波風が少ないと思わん? もし、拒否した場合でもレスティアの命と交換なら他の条件にも使えるカードには違いないだろう。まぁ、それ以外にも色々と用途はあるけどな」
王はワイングラスを弄ぶように揺らし見つめていた。様々な思惑があるのだろうが黙して語らない。レスティアに視線を向けると誘拐された事実を思い出したのだろうか、震える身体を押さえつけるように自分を抱きしめていた。アシューは殺気を混ぜた抗議の視線で俺を突き刺しながら、レスティアを近くの椅子までエスコートしていた。
さすがに目の前で言うのは拙かったと思いつつ、わざとらしく咳き込み、ワインを煽って話題を変えた。
「そう言えば、トナが撃退した相手は見当付いてるのか?」
その言葉に答えたのは同席していた宮廷魔術師だった。名は……聞いた気がするが、忘れた。
「隣国ゼルシムが誇る諜報活動を主軸に動くダークエルフ族でしょう。諜報活動を主に行っている部隊ですが、仕事は多岐にわたっています。ご承知の通り誘拐から暗殺まで裏の活動には必ず関わっている部隊です」
忌々しげに答える宮廷魔術師に同意するようにアシューが歯噛みした。よほど嫌われているらしい。
「悪の卸問屋みたいなもんか」
俺の軽口に反応したのは苦笑いを浮かべたプロングスとトナだけだった。当事者のレスティアと王、そして親身になって心配しているアシューは悔しさと共に暗澹とした表情を浮かべていた。
「そいつらを何とかすればこの国は平和か?」
取り繕うように聞く。押し黙るアシューが沈んだ表情を隠そうともせず、口を開いた。
「まずはダークエルフ族、彼等一族は神出鬼没で気づいた時にはすでに殺されているでしょう。自己顕示欲があるのか、必ず付近で一人の女性が姿を現しています。澄んだ紫紺の瞳を持った姿が。名はセリア。ダークエルフ族の実行部隊を統括しているようです。その女性は嘲笑うかのように、まるで止めれるものなら止めてみろと言うように仕事を完遂した直後に現れます……。
そして我が国の密偵からの情報なのですが、ダークエルフ族以外にも裏の部隊があるそうです。実態はまったくの謎で、名前は『ケルベロス』と名づけられているようですが部隊名なのか、個人名なのかは解りません。魔術を使うらしいのですが、情報統制が敷かれている上に首都には居ないらしくて、それ以上の情報はまったく手に入りませんでした。
後は我が国の戦力は騎士と見習いを含めて千五百人弱なのですが、彼の国はおよそ六倍。約三千の騎士と千五百ほどの騎士見習い。戦争時には傭兵を五千ほど集めるでしょう。農地としての国土の豊かさは我が国が上なのですが、産業の分野での富が欠点を埋めて余りあるのです。そう考えれば我が国が勝っている部分はありません。
その軍事国家『ゼルシム』が我が国を狙っています」
現実を語るだけとは言え、自分の国が弱いと断言しているのだ。辛いものがあるだろう。
「レダ国が今あるのは、国王様の政策によって諸外国との関係が良好なのと、御三方が居た魑魅魍魎が蔓延る森が侵攻を阻んでいるからなのです……」
アシューがちらりと王を盗み見た。国の実情を語っているだけなのだが、まるで背信行為をしているようで落ち着かない。
「確かに、ウォロン殿がおっしゃるようにダークエルフ族の驚異を無くせば、我が国は格段に安全になるでしょう。無くす事が出来ればですが……」
「デルガだっけ? あいつが上位の実力者ってなら、確かにちょっと無理だなぁ」
組織的に動く事が得意だったとしても、あの程度じゃ厳しいだろう。
それにと俺は考える。国随一の実力者がアシューだと説明をされたが、軍事力としては余りにも弱すぎる。特に兵力という面で劣ると認識しているのであれば質を上げるべきだ。
まぁ、今の俺には関係の無い事か……。