06 三匹の獣、一息付く。
森の一本道を突き進む馬車から見える景色はまったく変わり映えが無く、二日目ともなれば飽きてくるものだ。
それも特に魔物、魔獣などとの争いも無く、ただ過ぎ去っていく風景のみを眺めるだけならばなおさらだろう。
──なのだが、今回に限っていえばそれほど暇になる事は無かった。
寝るときは騎士達と野宿し、移動はレスティア、アシューと共に男三人が馬車に揺れている。
一日目は何を話したらいいのか、互いにどう触れれば良いのか解らず、また男三人は少なからず疲労のために最低限の会話だけであり、馬車には気まずい空気が充満していた。
だが、寝食を共にし、ゆっくりと少しでも対話すれば表面上の性格は解るだろう。牽制するような空気が薄れ、少し慣れてきたトナとプロングスはこの世界の常識や地名などを聞き、逆に三人が居た世界の事を語って聞かせたりする。
この世界との違いは新鮮な物語だ。レスティアとアシューは興味津々で聞き入っていた。
この時点で異世界から来た事実をレスティアとアシューは疑うこと無く受け入れ、三人もまた異世界にどうやって来たのかはともかく、来てしまったと納得せざるを得なかった。その話に加わっていないウォロンだったが、黙っていてもこの世界の情報が耳に入ってくるので、楽と言えば楽だ。
ウォロンは馬車内での会話に聞き耳を立てつつ、窓の外をぬぼ~っと眺めていた。
護衛をしていた騎士達がわずかに声を上げた。窓から顔を出していたウォロンが前方を見る。森の木々の向こうに城壁がわずかに見えた。やっと街に着いたようだ。護衛している騎士達の緊張で引き締まっていた表情が安堵に緩むのを感じる。
野営時での他愛の無い会話によると、森の中は下級妖魔だけではなく、街から離れ森の奥にいくほどに中級、上級と位置付けられる妖魔や魔獣、さらには魔族と出会う可能性が高く、人里離れるほど危険が増すと聞いた。
ならば、その森から抜け出せるという事は護衛という仕事から解放されるだけではなく、命の危険からも抜け出せるというわけだ。
騎士の気持ちが緩んでいるのを感じ取ったのか、アシューが窓から身を乗り出し、最後まで気を引き締めろと苦言をしつつ、労いの言葉を掛けた。
(ここで気持ちが緩むこいつらが悪いのか、周りに敵になりそうな気配が無いのに引き締めろと抜かしたアシューが厳しいのか…………基準になる強さがわからんからなぁ……)
様子を眺めるウォロンが小さくため息を吐いたのだが、それが何に対するものなのか。
──どんどん近づいてくる外壁は高く、取り囲む堀も深いようだ。太い丸太を組み、鉄板と鉄骨で補強された跳ね橋を渡り、入国する旅人や商人を調べている衛兵と一言二言言葉を交わし、門を抜けた。
この国と同名の首都レダは話を聞いて想像していたほど小さいわけではなかった。小国とは言え、しっかりとした外壁で囲まれた街並みは主に石造りで、道はしっかりと舗装されていた。技術力はあるようだ。
昼も過ぎた時刻なのでそこらの家々では炊煙が立ち昇り、朝から遊び歩いている子供達が家路を急いで帰っていく様子が見えた。
馬車はわりと狭い道を蛇行するように何度も曲がって進んだ。
窓から物珍しげに顔を出していた新参者の三人には迷路とも思えるほどではあったが、観光客気分で眺めていたのでは無い。三人とも町並みを睨むように見ていたのだ。
それぞれに街の造りを見て思った。侵略された時、待ち伏せなどがしやすく一度に攻められない様、守り易さを考えた街造りだったからだ。
しばらく曲がりくねった道を進み、街並みを眺めていると遠くの方に、周りにある家々の屋根よりも高い城壁が見えた。
それは街を囲むのとは別に城を守るための壁。最終防衛拠点ではあるのだが、外周の物と比べると壁は低いようだ。
そして、アシューの話しだが取り囲む堀の深さも浅いらしい。普通であれば城を守るために外周よりも厚く高くと考えるのだが、この国は珍しいようで、外周の壁の方が分厚く、堅固な造りになっているようだ。
近づいてくる内周の壁を見ていると、入場門が見えて来た。常時守衛の騎士が詰めているようで門扉の脇には詰め所があった。騎士に守られた門は鉄製の重々しい両開きの扉。
非常時になれば鉄の格子が降りてくる造りだ。プロングスやトナの力ならば紙にも等しい守りも、この世界では鉄壁と言って間違いないのだろう。
守衛とわずかな問答のみで護衛する騎士と馬車は通された。窓から覗くと外には敬礼をもって馬車を見送っている。アシューはその様子を満足そうに見ていた。
馬車を降り、アシューに控え室らしき場所に通されて数時間……。
その間、それぞれがすぐにシャワーを浴びると、残った時間を思い思いに潰していた。
プロングスはどこから出したのか二着目のレオタードを取り出して着ていた。なぜか首周りに襟が付き、これまたどこから出したのか黒い蝶ネクタイを巻く。その上に革のジャケットを羽織っているので奇妙極まっている。正装のつもりらしい。そのままソファーに座り、瞑想を始めた。
トナは窓辺の椅子に座り、本棚から取り出した書物を難しい顔をして眺めていた。すでに脇にある小さなテーブルには読み終わった四冊の本が置いてある。題名は『突撃! 隣家のタダごはん』『簡単メニュー。家庭の微毒百選』『実録。八百屋の配達記』『絶対笑える一言集』……乱読家のようだ。そして、控え室と思われる場所に、なぜそのような種類の本があるのか、謎である。
ウォロンは備え付けられたシャワーを浴びた後、ジャケットを窓際の椅子に掛けると、準備された茶菓子と備え付けのキャビネットから勝手に酒を取り出して飲み食いをして待つ事にしたようだ。
出入り口の扉の脇にはアシューが何かあればこの者へ申し付けください、と言って二人のメイドを置いていた。
思い思いに過ごす三人を見て、二人のメイドは正直驚いていた。顔には出さないが……。
王への謁見準備のため、との事で重要なお客様として応対せよ、と言われた。
どこの王侯貴族なのかと思ったが、どうにもそういうわけでは無いようだった。立ち居振る舞いに優雅さも無いが粗暴粗野とも言いがたい。素性の気になる三人だ。
熟練の腕を持つ二人のメイドは喉から出そうになる言葉を一生懸命に飲み込んでいたのだった。