04 一匹の獣、先に出会う。
トナがゆっくりと語りだした。
――倒れた場所より、しばらく歩くと森が途切れ、街道に出る事が出来た。
とりあえず、道なりに歩いていくと小さな影が前に見えた。
それは馬車のようだ。しばらく眺めていると馬車が大きく見えてきたので、自分の方に向かってきているようだ。
後輪が跳ね、二頭の馬は荒々しく走り、中に乗っている人の快適性を無視した速さだった。手綱を引いた男は体勢を立て直しながらも危なげなく運転している。馬車の両脇には同じように息を荒くした馬が並走していた。乗っている男の表情はわからなかったが、必死に走らせているように見えた。馬車の屋根には跳ねる動きをうまく制しながら回りを警戒している男が見えた。服装は全員が全身黒で統一しており、顔も黒い布で隠している。
誰が見ても盗賊を連想させるだろう。
その怪しい団体が目の前を通り過ぎる時、開け放たれた出入り口から見えたのは布を噛まされて口を押さえられた者と周りの仲間と同じ黒ずくめの者だ。
反射的に杖に魔力を巡らして白い光を灯し、過ぎ去ろうとした馬車に向かって放ってしまった。撃った瞬間に失敗だったかと思い悩んだが、やってしまった事はしょうがないと諦めた。その間、数秒にも満たない時間だ。
杖から放たれた光の矢は馬車の後部を削り車輪の一部を破壊した。反動で手綱を引いたのか馬が嘶き暴れ、停止した。恐慌を起こして逃げ出さない事から、訓練された馬なのか。
馬車の周りに居る男達も荒事に慣れているようで、特に示し合わせる事無く、騎乗する馬の方向を変え、シャムシールを抜いて迫ってきた。手綱を引いていた男は屋根に上り、そこにいた男と共にナイフを抜き、投擲する。
ウォロンなら盾を駆使して猛然と走っていくのだろうが、知性を売りにしていると自負する自分は違う。敵との間合いを重視する。汗臭い上に非効率な事が嫌いだからだ。近接戦闘が苦手だと言われても否定はしないけど。
先程と同様に杖の先端部を包むように手をかざし魔力を集め、一言だけに短縮した詠唱を口にし、ナイフと直線上に居る屋根の上に目掛けて光の矢を撃った。ナイフは全て光の矢に弾かれ、勢いを殺さずにそのまま直進する。これほど早く魔法を使うとは思わなかったのか、逃げ遅れた二人は上半身が光の矢と共に森へ吹き飛び、下半身が屋根に崩れ落ちた。
馬二頭が息を荒く吐きながら近づいている。すぐに杖の先端を額に当てて魔力を集めた。使い慣れた魔術は短縮詠唱、簡略魔法陣によって即時発動できる。青白い光が集まり、馬を薙ぎ払うつもりで横に振るう。自分を中心に数歩の範囲で気温が下がり、雪が舞い、氷が漂う。
二人の男は仲間を殺られ、目の前の光景を見ても馬の速度を緩めずに迫ってきた。射程に入った途端、杖の石突を地面に刺した。
《マー・リル・ウース》
魔法語による短縮詠唱。《氷雪よ。荒れよ》と呟くと同時に、漂う雪と氷は身体を中心に刹那の速さで吹き荒れ、二頭と二人は荒れ狂う氷雪に身を凍らせ、鋭利な氷は身を切り裂いた。驚愕の表情を貼り付けたまま首が転がる。耳が笹の葉のように尖り、褐色の肌だった。
残りは馬車の中に居た男だけだろう。警戒しながら馬車に近づいていった。
重苦しい音と共に馬車の扉から口に布を噛ませた者──少女を脇に抱え、首筋にナイフを当てた男が降りてきた。
「追っ手か?」
短い抑揚の無い声。表情も布で覆われており、まったく隙が無かった。
「一つ……聞いていいかな?」
質問に質問で返す自分に対して、目立った反応が無かった。肯定の意だと勝手に受け取り言葉を続ける。
「あんたらは誘拐してきたのか? それとも救出してきたのか?」
自分が今一番気にしている事だった。つい反射的に攻撃してしまったのだ。向こうにすれば攻撃されたわけだから、反撃してきたわけで。さらに始末の悪い事に応戦してきた四人を返り討ちにしてしまったわけだから謝って済む問題では無いのだが……。見たところ誘拐してきたのだろう。ナイフでいつでも殺せる体勢でいる相手には聞くだけ無駄だったか……。
「……ふっ、相手がどちらか分からずに……か」
苦笑と取れる声を漏らした男は自分を見て目を細めた。いや、自分を見たわけでは無い。後方から馬の蹄の音が近づいている。音から察すると砂煙が見えるかどうかという距離だと思うが、おそらく、これが本当の追っ手なのだろう。
「任務失敗だな……。この娘には毒を飲ませてある。これが解毒剤だ」
懐から小さな瓶を取り出した男は指で摘んでちらつかせた。そして、男はその瓶を高く放り投げた。目線が瓶を追う。割れないように瓶を掴んだ自分は娘の方を向いた。男はすでに逃げ出したようで、姿は無い。馬車の脇にはぐったりとした娘が横たわっていた。
【早く飲ませないと死ぬぞ】
森に響く男の最後の言葉より早く走りよって、娘の口に瓶を押し付けるように中身を含ませてやった。ついでに解毒魔法もかけておく。相乗効果が望めればいいのだが。
ようやく一息付けるかと思ったところへ、背後からまた集団が近づいてきた。
「貴様! 姫から離れろ!」
甲冑を着込んだ騎士が叫ぶと、剣を抜いて走り寄ってきた。この娘を姫と呼ぶからには味方なのだろう。素直に数歩下がって距離を取った。
次々と姫に走り寄る騎士と、馬に跨ったまま自分に剣を向けて姫を護衛する騎士に分かれた。
「貴様はどこの者だ。見慣れない格好だな」
馬に跨った騎士の高圧的な態度に少しむっとした。
「どこの者か聞く前に、まずはそこの姫を助けた礼を述べるのが先ではないか? そして、名を聞くならば先に名を告げる。これも礼儀では?」
自分の言葉に怒りを覚えたのか、剣先を突き付けてさらに高圧的に見下ろした。
「待て」
一触即発の二人を制したのは姫の脈を取り安堵していた騎士の一人だった。フルフェイスには白い羽が付いている。上級騎士だろうか、それとも分隊長なのだろうか。
「非常時にて礼を忘れたのは申し訳ありません。我らの姫を助けて頂きありがとうございます。私はレダ国騎士団の隊長を務めるアシュー・フォートと申します。貴方の御名前を御聞かせいただけますか?」
黒ずくめが敵で本当によかったと胸を撫で下ろした──。