17 一匹の獣、動き出す。
前日にはダークエルフとの邂逅という衝撃の出会いがあったが、次の日の朝からウォロンは傭兵ギルドに顔を出していた。
元々ギルドに行こうとは考えてなかった。
前夜から与えられた部屋で酒を飲みながら一日ゆっくりと過ごす事を考えて寝たのだが、朝一から予定に無い事が起きたのだ──
──ゆっくりと揺さぶられる感覚を与えられ、薄く目を開けるとにこやかな笑
顔を浮かべたメイドが立っていた。二度寝しようとするウォロンをやんわりと阻止し、アシューが呼んでいると鍛錬場まで連れ出されたのだ。
案の定、他の二人も一緒にウォロンを待っており、兵士の鍛錬をお願いされた。
そこで、不機嫌な態度を隠そうともせずにどの程度なのか──かなり低レベルと知りつつも──日々の鍛錬で行っている事を三人で眺めたのだが、三人それぞれがため息を盛大に吐き出した。
最初はたちの悪い悪戯、もしくは準備運動の一環として身体を温めているのか、と思ったほど。
アシューに確認をしたが、毎日の鍛錬に間違い無いそうだ。
そこで、一緒に居た仲間二人に相談する必要も無く、鍛錬に参加している騎士全員にフル装備をさせ、街壁の外周を一日中走るように指示したのだ。
何をするにしても体力が必要である。だが、鍛錬が温く体力も気力も、筋力から技術まで、三人からすると全て“おままごと”としか表現出来なかった。
敵を倒す気概も無ければ、外敵から守ろうとする気概も感じられない。
とりあえず時間まで身体を動かせば良いという考えが滲み出ており、危機感がまったく無い様子なのだ。その気持ちしか無い者に何を教えれば良いのだろうか。
そもそも、街の人々ならいざ知らず、城の者であれば姫の誘拐という大事件があったのは知らされているはず。不甲斐ないと考えないのだろうか。
ウォロンは関わりたく無いとばかりに走りこみを指示し、プロングスはウォロンの指示に当然とばかりに頷き、トナは魔法兵である者にも同じような指示を飛ばした。
アシューは三人の指示に混乱したのか、口を何度も開けるが言葉が出ずにパクパクしている。
その時に口にしたトナの言葉で言うならば、意識改革が必要との事。技術を教えようとしても、本人達にその気が無いならば教えるだけ無駄だ。
そこで、ウォロンはアシューの肩を叩いて正気に戻すと改めて伝える。
「とりあえず、フル装備で外周をとことん走るように伝えてくれ。一日中走れる事が出来た者から教えて行くって事で」
アシューは無茶苦茶だと口にしたが、プロングスもトナもその言葉に追従するように口にした。
「肩書きだけの騎士は国に必要無いと思うが。国民を護る実力があるから“騎士”としての価値が出ると思うがね」
「疲れたから戦えませんって言われて誰か納得する人居るの?」
そう言われたアシューは何も言えなかった。
「んじゃ、それまで俺は街に行くわ~」
「ちょ、彼等を見ていただけないのですか?」
街へ行こうとするウォロンを引き止めるアシューだが、ため息混じりに振り向くウォロンを見て何かに怯えたように一歩下がった。
「野郎が走る姿を眺めて何が楽しいんだ? 強くなりたいならまずは走って体力を付けろ。体力がつかない限りは何も教えない。いや、教えたところで身に付かないんじゃねぇか? 今までの鍛錬で十分だと考えてる甘い気持ちで俺達が教えたら全員死ぬぞ」
そう言い残して街へ向かったのだった──
ギルドに着くなり、ウォロンはじっとFランクの掲示板を眺める。
邸宅の掃除、屋根の修理、庭の手入れ、農作業の手伝い、引越しの手伝い、孤児院の手伝い、商会の倉庫整理、飼い猫捜索、飼い犬の散歩などなど街の中で動く仕事ばかりで、数だけは大量に貼られていた。
ちなみに隣にあるEランクの掲示板も眺めたが、南の平原や西の森から様々な用途に使う薬草類の採集、近隣の町や村への物や手紙などの配達が占めており、討伐の仕事は無い。
Dランクからはぼちぼちとあるようだ。
大きくため息を吐き出したウォロンはカウンターに居る獣人の受付嬢の所へと向かう。
「あら、昨日登録した…………ウォロンさんですね? どうかされましたか?」
「東の森で討伐する仕事ってないもんですかね?」
「妖魔の森ですか…………Fですよね?」
「Fですな~」
「妖魔の森へ行く依頼は個人では最低でもBランク。六人編成のパーティでも組めばDランクでも、ですね。今は紹介できません」
すげない返事であった。いや、視線の冷たさを考えれば身の程を知れ、と言いたいのかもしれない。
ランクは登録した傭兵を守るための指針である。初めて武器を持った者に魔族を退治に行けとは言えないだろう。
それは解る。だが、それは初めて武器を持つ者であれば、だ。
「あぁ……例えばだが、妖魔の森に居る魔獣達の討伐部位やら売れる部位を持ってきたら、買い取りとかランク査定に影響ある?」
「……あります。けど、お勧めはしません。そもそもFランクの仕事は一つ一つは安い報酬です。しかし、街の住民に顔を覚えてもらうためにやってもらう仕事と言っても過言ではありません。逆に住民のために働くという意識を持ってもらうための機会でもあります。
ある側面では傭兵という粗野粗暴のイメージを払拭してもらうために住民のためになる仕事を──」
「ハッ、未熟な奴に限って馬鹿な質問するもんだよな!」
受付嬢の説明を遮るほど大きな声が、左側にある酒場から飛んでくる。視線だけを向けると飲んでいた粗野粗暴を絵に描いたような男がこちらを向いて何か喚いている。隣で一緒に酒を飲んでいる女性が面倒そうに舌打ちしているのも見えた。
それはそれとして。
「じゃぁ~、とりあえず何体か狩ってくるから、よろしく頼むわ」
片手をしゅたっと掲げ、ウォロンはそう言うとカウンターを後にした。
──のだが。
「俺を無視するた~、良い度胸だなっ!」
がたんと椅子を倒す音と共に男がこちらへ向かってきた。その後ろに女性が付いてくる。仲間なのだろうか。無視して出ようとしたのだが、入り口を塞ぐように立ちはだかるため、相手しなければならなくなった。
「何か用か?」
「てめぇに傭兵のいろはを教えてやるっ」
「いらねぇよ。黙って酒飲んで寝てろ」
「命いらねぇようだなっ!」
なぜかテンションの上がった男が拳を振り上げて向かってくる。
どうしたものか──と普通なら考えるかもしれない。どうにか穏便に済ませる事を最初に考えるのが一般的な考えだろう。
だが、ウォロンは拳を振り上げて向かってくる男の拳よりも先に顎へ右の拳を叩き込んだ。
ゴキンとギルド内に響き渡る音と、どさりと地面に崩れ落ちる男をウォロンは一瞥すると、わざと倒れた男の背中を踏み越え、ギルドを出る事にしたのだった。
久しぶりに投稿しているもので、読む人に楽しんでもらえているのか不安でなりませんが、これからもよろしくお願いします。(´ω`)ノシ