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16 黒き妖精、覚悟す。




――三人が襲われた日より一ヶ月ほど。妖魔の森の中央から東側。国境とされている場所より、徒歩で数日歩いた場所にゼルシムがレダに対して様々な政略を行う拠点としている小屋が一軒建っていた。


 下級妖魔が多く生息している場所にひっそりと建てられた小さな小屋は外見が少し荒れているが、朽ち果てるほど古いわけではないように見える。


 その建物の中には数脚の椅子が散乱しており、野党が住んでいたと言われても納得出来る惨状だった。壁際に置かれたキャビネットは二つあり、一つは古くなった木材が腐って崩れているのだが、もう片方は古くなってはいるが、しっかりと形が残っていた。材質は両方とも同じように見えるが、なぜかそのキャビネットだけは大事に使われているようだった。


 床には埃が薄い膜を作るように積もっているが、真新しい足跡が複数残っている。その足跡は入り口から入り、形が残っているキャビネットへと向かって……。


 その小屋には地下への階段が隠されてあるのだ。石と木材を使い、補強を施した通路は広く、先が見えないほど遠くまで延ばされた通路には扉が幾つも付いていた。未開の地であるために必要な分だけ部屋数を増やせるのだろう。


 その一室。地下室は上に建てられた建物よりも広かった。集会場の様相を呈している部屋にはたくさんのテーブルと椅子が並べられていたが、今は大きなテーブルの上にガタガタと震えた男が横に寝かされていた。ローブを纏ったダークエルフの魔術師が魔力を練り、同僚と思われる一団が回復を祈っていた。


 レダに侵入し、撃退されたダークエルフ達だった。レダで跡形も無く死んだ仲間はどうしようも無いとして、まだ息がある怪我人を何とかここまで運んできたのだ。途中、何度も危ない時があったのだが、そのたびに息を吹き返した。なんとか中継地点まで辿り着く事が出来たのだが、安心できる場所に着いて気が抜けてしまったのだろう。男の状態が悪化したのだ。


 一心不乱に魔力を練り、傷口へと注ぐ魔術師は、今にも倒れそうなほど異常な汗を流し、ぶつぶつと呟いている。それをセリアはじっと見つめ、同族達は膝を付き祈る者、震える男の手を取り、意識が無くなりそうになるのを防ぐ。耳元で声を掛ける者とそれぞれが男の命の灯火を消さないように願い努力していた。


 だが……。


 まず最初に魔術師がうな垂れ、手遅れだとばかりに詠唱を止めた。そして、もう無理だと悟った者達が順に嗚咽を漏らす。


 そして、耳元で声を掛けていた男がセリアを呼んだ。死に行く者が最後に何か伝えたいのだろう。


 無理矢理作り出した笑顔を浮かべるセリアは耳元で囁いた。


「やっとゆっくり傷を治せるのよ。もう少し頑張りなさいよ」


 叶わぬ事だとは気づいていた。それでも少しでも男の不安を消したかった。


「隊長……。いや……お嬢……。我等……い、一族の悲願……。これ以……上は手伝えなく……。先にあちらへ……行きますが、お嬢は……まだ来てはなりま……」


 最後の言葉は蝋燭ろうそくの火が消え去るように小さくなった。そして、残ったのは優しい、慈しむ死相。男はそれ以上動かなくなった。


 手を握り俯くセリア。わずかに肩が震えている。唇は血が滲むほど噛み、声は一切出さない。今少しでも声を出そうものなら溢れ出た悲しみで叫んでしまうだろう。それだけは避けたい事だった。


 周りには部下という形ではあるが、心から信じられる同胞が居る。自分を信じて、命を捨ててでも一族の夢を共に追う同胞が。彼等の前で弱い部分は見せられない。セリアはそう思い、願い、決意し、今まで行動してきたのだ。


 身体の震えが収まるまで、広い部屋に重い空気が充満していた。が、それを掻き消すつもりは無く、むしろその空気に感染したような重く黒い気配けはいを纏ったセリアが振り返った。


「宝物庫から『冥府の十字架』を持って来て。レダまで運んだらすぐに撤退しろ。私がもう一度攻める」


 セリアの強固なまでの意志が伝わる声だった。同胞の一人が叱責される事を覚悟で口を挟む。


「アレは有効な手段ではありますが、最終手段でもあります。一時の悲しみでそのような判断をなされては……」


 苦言の途中でセリアの瞳を見てしまった男は、それ以上言葉を吐き出すことは出来なかった。


 同胞が死んだ。それだけではここまで怒りはしない。今までも犠牲者は出ていた。慣れる事は無いが、それなりに体裁を整える事は出来ていた。


 だが、死んだ男は今までセリアの教育係として、生まれた時より世話をしてくれた者なのだ。優しい父親であり、尊敬出来る教師であり、最愛の兄でもあった。


 家族以上とも取れる男の死はセリアに劇的な変化を促した。怒り、悲しみが限界を超えると石像のように静謐せいひつで無表情になるようだ。


 その表情で向けられる視線に男の身体が震えた。目の前に居る人物は尊敬が出来る者なのだ。年下ではあるが、同胞であり、聡明で所属部隊の上司でもあり、一族を将来纏める長になるだろうと目される女性なのだが……。今は恐怖の対象でしか無かった。


「すぐに……準備を始めます」


 視線から逃れるためだけに頭を下げ、この場から逃れたい一心で男は部屋を退室し、言われた物を取りに全力で走っていった。







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