15 三匹の獣、合流する。
気が収まらないトナがずんずんと歩いていた。それなりに迫力のある表情をしているのか、人々が逃げるように道を譲る。今の状態に気が回らないのか、改める様子は無かった。そして、ある程度目的は果たしているために真っ直ぐ城へと帰る道を進んでいた。
背後を歩くプロングスはその様子に嘆息しつつ、視線を左右へ向ける。個人的に他にも行って見たい場所があったのだが、トナの荷物もあり、機嫌の悪い相棒を心配して戻ることにしたのだ。
「そんな怒るなよ。油断したおまえが悪いんだろ?」
一向に収まる様子が無いのできっかけを作ろうと話しかけた。が、まったく反応を見せずに突き進む。
「けど、何でいきなり襲われたんだろうなぁ……。まだ城に居ついて一日しか経ってないし……」
プロングスが先ほどの男達について考えていた。
確かに傭兵として生活していた時には命を狙われる事が多々あった。まさかそいつらが追いかけてきた、とは考えられない。
そして、この大陸についてからは特に恨まれるような事はまったくしていないはずだ。まぁ、意識してなくても敵愾心を芽生えさせる場合もあるのだが、それでも数日で命を狙われるところまで発展していく事はまず無いだろう。
そう考えつつも数日間の出来事を思い返していると、トナが急に立ち止まった。
「原因は俺かも……」
怒りが収まったのか落ち着いた声色だ。
プロングスもそれを聞いて、ふと思い出した。
トナがアシュー達、そしてレスティア姫を救助した話しを思い出したからだ。
「あぁ……それだな。絶対」
納得がいったプロングスはうんうんと頷きながらトナを追い越していく。
話しでは数人の敵を殺し、姫を助けたのだ。その時に一人取り逃がしたと言っていたはずだ。おそらく、トナが助けた場所よりも東側、ゼルシム国の国境付近には仲間が居たのだろう。そして、拉致の失敗と仲間への復讐、どちらかの理由で襲い掛かってきたというところか。
「まぁ、原因は解ったし、また取り逃がしたから次も来るだろうな」
「……何か面倒事増やしちゃったかな?」
「いや、今の状況だけで言うと面倒かもしれんけど、狙われたのは俺達だけだろ。他に被害は無いみたいだし、いんじゃね?」
どうすればいいかは解らんけどな、と特に重要視もしない軽い言葉を付け加えるプロングス。
ただ、その言葉はトナの心情を察した言葉であった。責任を感じているだろうとは思うが、気にしなくて良い。その意味を簡単な返事に込めていたのだ。
トナがプロングスに見えないと知りつつも、その大きな背中へ頭を下げた。
城門に近づくと、左の横手から見慣れた格好の男が歩いてきていた。どこで調達したのか片手には酒瓶を持っている。買った品だと願いたいところだ。何度も煽るように飲みながら近づく男――ウォロンは傷だらけだった。
「その酒を盗んで怪我したんじゃねぇよな?」
にやにやと笑いながら意地の悪い質問をぶつけるプロングスであったが、ウォロンはどこか幸せそうに酒を煽るだけでそれ以上の反応が無い。聞いていない、答える気が無いというよりもプロングスとトナが視界に入っていないようだ。
「お~い。がぶろんどした~?」
手を目の前で振っても反応が無いため、やむなく腰に下げた剣を抜く。鯉口から微かに響いた金属音を敏感に察知したウォロンが我に返った。
「ぬおっ! いつの間にレオタ男がっ?」
余り驚いた様子は無いが、意識を現実に取り戻したウォロンがやっと二人を視界に捕らえた。ちなみにレオタ男はレオタードを着た男の略である。
「その様子だとおまえも襲われたな?」
「あぁ……イイ女だった……」
ウォロンの返事に疑問符を浮かべる二人。
「たぶん、俺が会ったのがセリアって女だと思うよ。力としてはそれなりに強いし、すっげー綺麗で可愛いんだよ。殺気を放つ顔もまた色っぽくて……はぁ……かわいかったぁ……」
背後に桃色のオーラが見えてきそうなほど緩みきっていた。大の男が思い出して目尻を下げている姿は気持ち悪いことこの上ない。
「結局手ぶらって事は取り逃がしたんだな? 使えねぇなぁがぶろんは」
「そっくりそのままお前に返すよ。角刈り君。どうせ油断して怪我したんだろ?」
トナの辛らつな言葉に返す刀は急所を的確に抉った。悔しさに唸り声をあげるしか出来ないトナ。
「ま、取り逃がしたならまた会えるだろ」
それを見ていたプロングスがため息と共に軽く口にした。これから先を考えるならばもう少し真剣に考えた方が良いと思うが、三人とも特に気にしている様子は無かった。
「俺は今すぐでもいいなぁ……」
腑抜けた男は何を想像したのか己の身体をきつく抱きしめて悶えていた。
城へと戻ってきた三人の姿を見て、騎士達は訝しげに見ていたが、一人の騎士が走り去る。報告でもするのだろう。
たしかに彼らからすると不審に思うのも当然だろう。元気良く街へ出掛けたはずなのに、帰ってくると大量の荷物を抱えた男と下半身を血で染め上げた男(全部自前)、そして出血は収まっているが切り傷が大量にある男になって帰ってきたのだ。
不審以外の何者でもない。
訓練所にて、部下の訓練を見ていたアシューの元に騎士が走り寄って来た。訝しげに報告を聞くアシューだったが、要領を得ない情報に疑問符をたくさん付けながらも三人を出迎えた。
そして、三人の姿を見て驚きに数秒動きを止めた。想像以上の姿だったわけでは無く、焦って誇張されたわけでは無く、報告通りの状態だったからだ。ともかく客人として迎えた男達がそんな状態で帰ってきたので、見た目は怪我をしてないプロングスに事のてん末を説明してもらった。
その時の表情はどう表現したら良いだろうか……。
不審と驚愕を混ぜ、スパイスとして飽きれを足した感じだろうか。
三人の話が本当ならば、街の中に容易に侵入してきたダークエルフが居るのだ。
実際、レスティアを誘拐されてかなり警備を厳しくしていたのだが、敵である彼等にはまったく関係無いようだった。すぐに警備を増員する指示を飛ばし、自身の目で確認するために飛び出すように去っていった。
その場に残された三人は互いに視線を交わし、無言で意思の疎通を試みる。互いに伝わったのかは解らないが、ともかく与えられた部屋に戻って着替える事にした。