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13 一匹の獣、愛を語り合う。


 ――セリアは困惑していた。一撃目の攻撃を躱されたのにも驚いたが、その後の連撃もことごとく回避されたからだ。さらに驚くことに五撃目にはカウンターを合わせてきたのだ。今まで相手にしてきた獲物とはまったく違う。防戦のみでやっと合わせたカウンターを躱されたというのに不敵な笑みを浮かべていた。その後の攻撃も男の薄い皮膚を切り裂く程度しか当たらず、すでに数十合繰り出した攻撃はまったく当たっていなかった。当たれば全て致命傷になる攻撃を全て薄皮で回避しつづけられたのだ。


「これほどの腕でその美貌。良いよ。すごく良い」


 捲くった袖から見える腕や革で覆っていない顔には何箇所も傷があり、血を流していた。派手に出血をしているように見えるが、すでに乾いているだろう。そして、その狂気で動いているとしか思えないような容貌の男が発した言葉。意味はともかく意図するところがわからなかった。今も命のやり取りをしているというのに何を言っているのだろう。セリアは初めて同じ人間に同じ言葉をかけた。


「死ね」


「そう言われて、はいどうぞって首差し出すほどお人好しじゃねぇわけよ」


 苦笑を浮かべた男は腰を落とし、構えた……ところまでは見えたが、その後はまったく見えなかった。感じられたのは左側に抜けていく風。セリアが最初の一撃目でやったのは相手の呼吸を読み、まばたきした瞬間に一足飛びに踏み込み、渾身の一撃を与える。瞬殺と呼ぶに相応しい一撃必殺だった技だ。相手には一瞬で距離を縮めたように見えるはずだ。


 しかし、目の前に居た男は目を見開いていても見えなかった。同じ技では無いと断言できる。様々な技を習得する過程で身体能力も向上したのだ。近距離からのボーガンの矢ですら見極めて避ける事ができる。その目がまったく男の姿を捉えられなかった。今まで己の感情を殺し、人間を殺してきたが、目の前にいた男の動きには驚愕の感情を隠せなかった。命の奪い合いの最中なのに、一瞬感情を表に出してしまった。


 それを皮切りに他の感情が溢れ出た。恐怖が頭を掠る。目にも留まらぬ一撃必殺。今まで何度も繰り返してきた事だ。しかし、目の前の男は目にも映らぬ一撃必殺が可能だろう。その恐怖、命を奪う側から奪われる側に回った事が冷静さを失わせる。


 悪寒が背筋を走り、普段ではありえないほどゆっくりと左側に身体を向けた。


「ハ・ズ・レ」


 背後から耳元で優しく諭すように囁かれ、首筋に重い衝撃。おそらく手刀を振り下ろされたのだろう。


 今まで戦いで培った経験が身体を動かした。いや、危険を感じて前へ転がろうとしたら、たまたま回避出来たと考えるべきだろう。そのおかげで衝撃の数割を受け流せたようだ。


 もし、少しでも膠着こうちゃくしていたら確実に意識が刈り取られていただろう。


 得体の知れない魔族と戦っているような恐怖、纏わりつく湿っぽい気配けはいがセリアの身体を支配していた。


 打撃を受けた首に手を置いて、目の前の男が次にどう動くのか、小さな動きを見逃さないように、そして射殺せるほどの視線を向けた。


 体力が無くなったわけではないが、肩で息をしていた。当然、未知の力を持つ相手に精神的に揺らいでいるのが原因である。セリアの額には冷たい汗が流れていたが、顔を覆う黒い布がそれを吸ってくれる。視界は確保されていたが、相手の動きが見えないならば、視界が確保されようとされまいと関係無いのだが。


 セリアの射殺すような殺気をウォロンの柔らかい粘つく気配けはいがいなす。実際の時間は数秒だが、セリアには数時間に感じるほどに集中していた。互いにあと一歩でも踏み込めば攻撃出来る必殺の間合いに居るのだ。


 呼吸を整え、気持ちを前へ向けようと──。




 ──出来なかった。


 その空気に水を差したのは東門から脱出してきた黒装束の不審者達だった。不審者は四人。体格的に三人は男だろう。一人は背負われているので性別までは解らなかった。が、誰かに攻撃を仕掛け、返り討ちにあったのが見える。黒装束が裂け、そこから覗く皮膚は焼け爛れ、一部が炭化しているようだった。


 セリアの仲間だろう。


 彼ら不審者を追うように街から人が現れ、背中へ向けて矢を放ち、随分と威力の低そうな魔法が撃ち放つ。さらには街壁の上からも矢が放たれているようだが、当たるとは思えないほどずれていた。


 紫紺の瞳が揺れ、横目で脱出してきた仲間達を見た瞬間、豊かな胸に手を突っ込み取り出したのは白い団子のようなもの。


 吊り上がった瞳がウォロンを睨み付けた。


「次は必ず殺す」


 台詞と同時に白い団子を地面に叩きつけた。


 一瞬で質量を数十倍に拡げた白い物体――煙が広がった。薄々気づいていたが、やはり煙幕だった。真っ白で完全に視界を奪われたウォロンだったが、それほど焦りはしなかった。と言うのもセリア達の動きを視覚以外で感じ取っていたし、追い討ちをかける気も無かったからだ。




 緩やかな風が煙をどこかへと運び去り、この場に残されたのはウォロンだけだった。背後を振り向いたが、やはり姿は無い。御丁寧に落とした艶消しの黒刃も回収していったようだ。


「ん~…………。ま、いっか」


 命を狙われ、傷を負った男の感想だった。




 腹が減り、手元に金が無い事を再確認するウォロンは、ため息を一つ吐き出し、城へ戻る事とした。


 東門をくぐろうとすると、先ほどの侵入者と交戦した者達が居た。


 門兵が数人地面に倒れ伏し、血溜りに沈んでいる。その兵を介抱する皮鎧姿の者が数人。その他に皮鎧姿の者も複数倒れている。装備からすると兵では無い。どちらかと言えばウォロン達と同じ職業かもしれない。


 すでに脅威は去っており、今は事後処理といったところか。回復技術を持ちつつも見知らぬ他人を助ける気が無いウォロンは戦場跡のような場所より、ゆっくりと歩きながら考えた。


 初日の交戦もそうだが、東の森には命を脅かす存在が居る。人が住む地域には少なくても、そこから外れると魔物、魔獣、兵士の話では魔族という脅威が存在するらしい。


 ならば、それを排除する事を生業なりわいとする者が居るはずだ。


 特に近隣に妖魔の森などと冠する脅威があるわりに、兵士の錬度が余りにも低すぎる。それでこの国を守れるはずが無い。つまり、使えない兵士の代わりになる者が居る。


 すなわち、傭兵。前の大陸でも一般的な職業だった。倒せる相手次第では小遣い程度の報酬から、莫大な資産を手にする夢のある職業。命の危険があるが、それでも一攫千金、名誉、名声を求める者が集まる。


 そこまで思い馳せ、近くを歩く住民に声を掛けたのだった。







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