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12 二匹の獣、お買い物に出る……だけで済まず。




 ウォロンが死刑宣告を受けた頃、プロングスとトナも不審者と相対していた。


 一人身の哀愁を漂わせた背中と重そうな荷物を背負い、よたよたと歩く背中が夕暮れの街並みを歩いていた。プロングスの手に抱えた大きな紙袋から長いパンがにょっきり生えている。近くの店で買い物してきた帰りなのだろう。落ち合う場所に行く前に偶然出会えたトナは手荷物の中で最も重い、買ったばかりの本を断りも無く、当然のようにプロングスの首に下げた。下げられるまで黙って見ている方にも問題あるような気がするが、ずっしりと腰に響く重い荷物に抗議の声を出した。


 が、トナは他に重い物が無いか探し、無かった事を少し残念そうに告げると、真新しいリュックを背負った。中身はプロングスと同じく食べ物だ。露店で売られていた珍しい食べ物を少しづつ試そうと多めに買ったのだ。思っていた以上の量に近くで売られていた大きめのリュックも買わざるを得なかった。それが今背負っているものだ。


 二人は道を覚えるつもりで大通りから人気の少ない裏通りにきたのだが、それは失敗だった。大通りと今の道を頭の中で地図を作りながら歩いていたのだが、位置確認のために来た道を振り返ってみると居たのだ。建物の隙間に出来た闇から、それこそ影が伸びてきたように現れ道を塞ぐ。闇から生まれた黒装束。どこにでも売ってそうな黒い布地を目の部分以外全身を覆って、艶消しの黒い金属部品を胴や腕、脛など所々に取り付けてある。言葉は一切発する事は無い。


 武器を持たず無言で構える襲撃者に二人は無言で応じた。紙袋とリュックを脇の建物の玄関と思われる段差に置いて杖を構え、魔力を練る。


 襲撃者は即座に動いた。十数歩の距離を瞬く間に近づく。


 殲滅力ならばウォロン以上だと言われる二人の男に。


 プロングスは即座に杖を地面に突き刺し、練り込められた魔力を石突きを通して解放した。一歩前の石畳が魔力に反応して紅く色彩が変わる。日が落ち、月の淡い光と光の届かない闇が支配しはじめる街の一角に紅の光が生まれた。


 産声は耳を塞ぎたくなるほどの轟音。路地の幅ギリギリで吹き上げ、螺旋を描く炎の柱は触れるものすべてを巻き込む。極端な話、服の端でも触れたら身体が持って行かれるほどの勢い。下から上に螺旋を描いて突き上げている。


 全てを焼き尽くす炎柱の維持は魔力の垂れ流しでしか無い。プロングスは炎柱の魔力供給をストップ。すぐに杖を振り上げ、頭上に火の球を作り出すと細く消えていく炎柱に向けて打ち出した。炎柱の壁によって視界を遮られ、そこから壁を突き破る火の玉。この路地には回避できるような脇道や身を隠せる窪みなどはなかった。


 暗殺者がどれほどの実力を持っているのかは知らない。だからこそ確実に相手を倒すため、遠慮なく魔法をぶつけた。最初の攻撃でプロングスに近づき過ぎていれば、炎柱によって瞬殺なのだが、別に襲撃者の命を心配するつもりは無いので、それはそれで構わなかったし、ある程度実力をもっているならば回避して逃れているだろう。追撃の火の玉が当たっていれば大火傷はするだろうが死にはしない。その事で良心の呵責かしゃくさいなまされるような考えは無い。その程度の力加減しかしていなかった。もちろん、回復手段を持つトナが後ろに居る事も加減をしてない理由の一つだ。


 周りを赤々と照らしていた炎柱が消え去り、数歩先に男が転がっていた。身体の正面しか傷を負っていない事から円柱は躱したのだろう。びくびくと痙攣けいれんしている。何事かと不審に思った住人が窓や扉から覗き込んでいる最中。プロングスの背中にトナが寄りかかる。


「懐くなよ。トナ」


 気持ち悪そうに身体をよじると、それに合わせてトナがうつ伏せに地面に倒れこんだ。わき腹から血が滲む。傷が深いのか流れ出す量は多く、赤い水溜りが地面を侵食していった。その様子を呆然と見ていたプロングスがトナの背後にいる人物を見た。昼間に大通りで見かける街の人々とまったく変わらない一般の成人男性だ。特徴と呼べるところはまったくなく、脇に子供がいれば優しそうな父親に見えるだろうし、同年代の女性がいれば夫婦か恋人同士に見えるだろう。


 ただ、今はどちらが脇に立っていても違和感がある。右手に握った赤い液体が滴り落ちている短剣。その男は人を刺した状況で取り乱す様子はなかった。無言で無表情。ゆっくりと短剣を構え直し、プロングスに向き直った。


 黒装束の仲間だとやっと気づいたプロングスは即座に攻撃できなかった。


 いや、正確に言うならば動く必要が無かった。


 短剣を握った男が近づいてくる。周りの住民の目はまったく気にしていない。背後に血を流して倒れているトナがいるので躱すわけにはいかない。


 と、思わせなければならない。杖で応戦する素振りでもしようかと思ったその時、男の身体が傾いた。プロングスから見て左に。


 野次馬をしている人々からすると、フェイントをかけたと思ったかもしれないが、当事者である男の顔も何が起こったのか把握できていないようだった。


 地面に倒れこむ前に手を着き、身体を支えると身体を立て直そうとして気づく。右足の膝から下が無いのだ。引き千切れたわけでもなく、切り落とされたわけではない。膝から下がこつ然と消えたようだった。プロングスからは傷口は見えなかったが出血はしていないようだ。今になって痛みが走ったのか、男の表情が初めて大きく歪んだ。


 何によって消失したのか判らないプロングスは首を傾げてその男の膝を見た。傷口は焦げているように見えた。それを見て炎系の魔術によるものだと理解出来た瞬間、背後から下から上へ吹き上げる風を感じた。瞬時に反応して後ろを向くと、トナが上半身を起こして手を上げていた。焦げた傷も風が巻き起こったのもトナの魔術によるものだった。


 誰が見ても重傷なのだが、死ぬわけが無いと知っているプロングスはトナの様子に苦笑を浮かべた。


 すると、また背後で今度は上から下に吹き下ろす風を感じ、その後に押されるような軽い衝撃を受けた。そして、背中を撫でるように熱波が吹きつける。振り向いた時には男が居た場所に黒く変色した小さな窪みしかなかった。石畳を押し潰してできた窪みだ。男の痕跡こんせきはまったく残っていなかった。服も肉片も体液も。叫び声を上げることもできなかったようだ。


 それを見て高圧縮された炎塊を操ったと理解したプロングスは肩を竦める。


「いってぇなぁ……久々に刺されたぞ」


 トナが起き上がり、わき腹をさすっている。穴が開いている服には血がこびり付いて痛々しいが、傷はすでに塞いだようだ。


「何もここまでやらんでも……」


 苦笑いを浮かべるプロングスにトナが口を尖らせて答えた。


「後ろから突然刺されて笑えって言うのか! めっちゃ痛かったんだぞ!」


 キレたトナを宥めながら、路地先に転がっているはずの火傷した黒装束を見た。


 が、姿が無い。おそらくもう一人、もしくは二人くらいが野次馬に混じって見ていたのだろう。跡形も無くなった仲間はさておいて、かろうじて生きていた男は回収されたようだ。


「結局、誰が何のために襲ってきたのか解らんじゃないか……」


「やられたからやり返した。それだけだ」


 トナは込み上げたのか、口に広がる鉄の味がするものを吐き捨て、いつもよりも素っ気無く刺々しい言葉も吐き出した。そして、リュックを背負い、城にむかってズンズンと歩いていく。


 プロングスは特に異論は挟まなかった。その隙も無く、釈然としない気持ちは肩をすくめる動作で表現した。そして大きなため息を吐くと杖を腰に差して紙袋を片手に抱え、トナの私物である超重量の本を首に引っ掛け直し、その後を付いていった。


 騒ぎを聞きつけて衛兵に連絡に走る住民や野次馬、炎柱の勢いによって割れた窓や高温で炙られ黒く変色した路地をまったく無視して。






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