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11 一匹の獣、出会う。そして、襲われる。


 ウォロンは街を取り囲む西側の外壁の外を歩いていた。


 すでに国の兵には名前と顔が売れているようで、ほとんど素通りに近い形で街を出れた。


 あまり厳しい審査があるのも流通を妨げる事があるが、いくら知っているとは言え、信頼も信用もほとんど無いような男を素通りにする門兵の態度に疑問を持った。


 堀の側を歩きながら壁を見上げる。外壁の上を警備する騎士達の姿を見て、なんとなく見つからないようにこそこそと歩く。上から見れば丸見えなのだが、不思議と気づかないようだ。もし見つかったとしても何も咎められるような事はしていないので、どうでもいい事なのだが。


 ただ、こそこそしている不審人物が歩いていても見咎め無い警戒態勢というか、平和ボケしている状況をはっきりと知る。


(こいつらを鍛えろと言うのか……おっさん)


 外壁を見上げ、苦労させられると悟った。必ず面倒臭い事になるだろう。いかにトナやプロングスを巻き込むか、ウォロンの思案どころだった。


 しばらく歩くと外壁が途切れ、右側へと折れていく。北側の壁まで来たようだ。


 ここには寄りかかるように建てられたテントらしき物体が点々とある。


 北側に位置するこの場所は日の光が当たり辛く、門はあるものの往来がほとんど無いために硬く閉ざされている場所だ。ここに住む人々は街からも、そして半端者がいるようなスラムからもあぶれた連中なのだ。


 やはり、滅多に人が来る事が無い場所なのだろう。穴だらけで不器用に繕った布地の隙間から、怯えた眼や警戒した鋭い眼が見えていた。


 ウォロンは鼻を鳴らすと視線をまったく気にせずに彼等の前を通り過ぎていく。粘りつくような視線や明らかに敵意を持った視線など、様々な視線が突き刺さる中で一つのテントが目に付いた。布地の隙間から覗く眼が一対。他のテントからくる恐怖や怯え、殺気など負の視線では無い。警戒はしつつも観察しているような学者のような眼。


 そのテントはこの第二のスラムと言うべき場所で異質だった。ここにいる皆が寄り添うように数個のテントが集まってグループらしき物を形成している中で、ただポツンと単体で存在していた。


 周囲にあるテントは腐臭や汚物臭、血臭が染み付き、スラム独特な雰囲気を醸し出しているのに対し、そのテントの周りだけは聖域のように清潔に保たれているのだ。見た目は周りと同じでボロボロだが。


 ウォロンが一歩そのテントに向かって踏み出すと、隙間から覗く視線が消えた。明らかな拒否反応。訝しげるウォロンだったが、すぐに興味を失い歩き去った。


 様々な視線をものともせずに通り過ぎ、北壁の端を右側へ曲がる。特に何も考えずに東の外壁を歩くと数日前に通った門が遠くに見えてきた。昼過ぎから城壁の周りを歩く事数時間。そろそろ日が沈もうとしている時刻……。


 何かがウォロンを刺激した。空腹のための違和感だと思ったのだが……。


 違う。


 誰かが見ている……。


 北側の第二のスラムがあった背後からでは無い。いくら空腹でも視界の広い外壁沿いの道で気づかないわけがない。身を隠しているとしたら、やはり左手に広がる森だろう。


 正面だけに視線を向け、何も気づいていない素振りで門へ向かって歩いていくが、意識は森に向けていた。


 そのウォロンの意識に何かが触れた。気配けはいや臭いなどを感じ取ったわけではなく、今まで蓄えてきた経験と戦闘で培った感が、不快感となって報せたのだ。自然とは異なるかすかな違和感を。


 森が作り出す闇の中に一対のアメジストが浮かんでいた。ウォロンはそれを見つけ、愛用の斧を素早く取り出し、身体の力を抜いて対峙する。


 敵意がまったく感じられなかった。そこにあると意識しなければ感じ取れないほどの薄い気配けはい。野生の獣が狩場で獲物が来るのを待つかのように薄い。感によって見つけたそのわずかな気配けはいに自分を心の中で褒め倒しつつ、相手の出方が解らないので様々な状況に対応するために脱力した自然体という構えを取った。


 しばらく睨み合うと、らちがあかないと思ったのか下生えの草を押し分けてアメジストが近づいてきた。薄雲の隙間や森の木々、日の光を受け取るために広げた葉の隙間を潜り抜けた残滓ざんしとも言えるわずかな光が、一対のアメジストを備えた獣の姿を照らした。


 紫紺の瞳。銀の光沢を放つ線を寄り集めて腰まで伸ばしたような美しい髪。身長はトナよりわずかに高いくらい。肉食獣のような隙の無いしなやかな動き。同性が羨むほどの女性らしさを主張するような姿態。猫を思わせる愛嬌のある目だったが、感情が一切無く、無表情にこちらを見ている。


 城下に進入するつもりだったのか、上下黒に統一した服だった。金属部品が取り付けてあるジャケットに大胆にカットされた胸元が目立つタンクトップ、厚手の革のズボン。ウォロンの装備に似た部分があるが、状況に応じて武器を変えるウォロンと違い、目に映るのは腰の後に下げた厚めのナイフと左右の腰部分に括り付けた革袋。収まりきれなかった金属部分を見ると、袋に入っているのは手甲のようだ。


 この明らかに不審な女性の一番特徴的なのが、伸ばした髪から突き出た笹の葉のような細長い耳と褐色の肌だろう。ダークエルフと呼ばれる隣国では恐怖の代名詞とも言える長命の種族だ。


 彼女が噂の『死の紫水晶』『闇の美獣』と称せられる暗殺者。セリアなのだろう。紫水晶の瞳がわずかにつり上げられ、ウォロンを値踏みしている。


 しばしの沈黙の後。


「死ね」


 ジャケットがばさりと地に落ちた。見ただけで解る躍動的でしなやかな筋肉に覆われた黒い肌が顕わになる。


 彼女が口にした言葉には感情が抜け落ちていた。事実のみを語る声。ただ一言静かに発した死刑宣告にウォロンは戸惑った。意味は判る。しかし、操り人形のような感情の起伏が無い言葉に、耳にしながら現実味がなかった。


 瞬きをした瞬間、数歩前にいたセリアが目の前にいた。呼吸を読まれ、ほんのわずかな隙をつかれたウォロンは舌打ちをすると自然体に構えた斧を目の前に円を描くように振るった。セリアの腰から抜いた艶消しの黒い刃が予備動作のもっとも少ない攻撃、最速にして避けづらい横に寝せた突きとして迫るが、それを斧で絡め取るように打ち払った。その一瞬、セリアはわずかに眉を動かし、跳ねるようなバックステップで距離を取った。


 弾かれた黒刃が遠くに落ちるが、セリアは一瞥もしなかった。


 突然の行動だったとは言え、ウォロンの払いに対抗しようとしたら手首の骨が折れていたかもしれない。だが、セリアは力に逆らわず、ナイフを手放した。たった一合で熟練者と認識出来た。


 普段から黒のレザージャケットしか装備していないウォロンには鎧で弾くという選択肢は無い。さらに今回は散策するためだけに外出したわけで、用心のための武器は持っても盾は持ってこなかった。不幸にも敵に出会ってしまったわけだが、たまたま武器を持っていた幸運を喜べばいいのか、盾を置いてきた不幸を嘆けばいいのかわからなかった。かといって盾を取りに戻るのを待ってもらえるとも、黙って見逃してくれる相手だとも思えない。


 いや、見逃してもらうわけにはいかなかった。今見逃してもらえたとして、次もウォロンを狙ってくる可能性は低いだろう。目的は情報収集か暗殺、もしくは一度失敗した誘拐かもしれない。自分一人ならばどうとでもなるが、このまま街へ潜入されたらまだ親しくも無く、顔もあまり知らない騎士達。世話になっている、なるであろう人達が狙われるかもしれないと考えると今は斧一本でこの強敵を倒すしか選択肢はなかった。


 基本的には見知らぬ他人の事など、まったく考えない。考えようとも思わない。


 だが、今は生活の拠点をなんとか都合してもらったばかり。この大陸で自活出来るかどうか、まだ情報を得ていない今は自分の考えを殺さなければならない。


 自活する道が出来れば国がどうなろうと……。それは今考えるべきものでは無いか、と己に言い聞かせる。


 つまり残された行動は武器で払うか、躱すしかない。相手は二つの拳、体術を使うならば全身が武器だ。セリアの噂だけではなく、一撃の攻防だけで相手の強さを感じ取れた。一瞬の隙が命取りになるほどセリアの攻撃は重く鋭い。斧一本で全てを打ち払うことは難しいだろう。


 そう思った一瞬。命取りになると考えた隙。先ほどと同じようにセリアは正面から向かってくる。が、同じ攻撃は来ない。左右の拳を間髪入れずに繰り出した。いつの間にか両手にはめられた武骨な手甲が襲ってくる。


 手甲とは騎士達が手首を落とされないように付ける防具なのだが、セリアのは武器としての色が強い。手首の保護よりも拳による打撃の威力を上げるように棘が付いたものだ。おそらく中に綿を詰め、己の攻撃による衝撃を緩和しているだろう。


 一撃目の左ジャブは打ち払った。手甲と斧がぶつかり火花を散らす。衝撃で跳ね返る斧の勢いを利用して右ストレートも弾いた。距離を詰めた三撃目は左フック。身体を折るように曲げ、後頭部を擦りながらも躱し、四撃目は顎を狙った右の手甲が下から上に突き上げる。バネ仕掛けのように身体を起こすと鉄に覆われた拳が鼻先を掠めた。力の乗った撃ち下ろしの五撃目。少し落ち着いたウォロンはお返しとばかりに斧を突き出す。殺傷力は低いが牽制にはなると思っての行動だったが、セリアはカウンターを警戒していたのか当然のようにバックステップで距離をとった。


「さすが『闇の美獣』と呼ばれるだけある。惚れそうだよ」


 苛烈な攻撃で防戦一方のウォロンは不敵に口を歪めて嘲るように笑ったのだった……。





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