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10 三匹の獣、散歩に出る。


 朝。闇の世界が息を潜め、ゆっくりと光の世界が始まる。


 日が昇ると街を見渡すように散歩に出る鳥達が飛ぶ。朝の始まりを知らせるように優しく囀る声が響き渡る。


 ――昨日の夜、三人の疲労を気遣ってくれた王はすぐに部屋を都合してくれた。


 細かい事は後日にしようと言われ、ついでとばかりに微笑みながら朝食を皆で食べようと言ってはいたが、まさか他の騎士がいる大食堂で食べる事になるとは思わなかった。無駄に長いテーブルの端に座り、会話するにも大声でなければ通らないような場所を想像したのだが、噂や想像上の権力者とはやはり違うようだ。


 皆の前に大皿や小皿が行き渡り、王の号令で祈りを捧げて食事を開始した。それから数分……。おもむろに王が立ち上がる。


「皆、そのままで聞いてもらいたい。ここにいる御三方は知っている者もいるであろう。我が娘を救いし恩人である。また、これからは私の良き友人として我が国にしばらく逗留してもらい、力を貸してもらうつもりである。これは私が彼らに願い、御三方には了承をもらっている事である。皆もそのつもりで日々の鍛錬や政務に励んでもらいたい」


 王の言葉を聞いたアシューは反意が無い事を示すように、そして他の騎士達に見えるように三人に深く頭を下げた。気持ちプロングス向きに。


 その様子を見た王は満足そうに頷くと。


「それともうひとつ。第一分隊副隊長であるデルガだが、ここにいるウォロン殿と非公式ながら試合をし、敗北した。その事から己の未熟を悟り一からやり直したいと言う申し出があった。私はデルガの意を汲み、皆と同じ一般の騎士として今日から仕事に励んでもらう事にした。皆もデルガのような向上心を持って仕事をしてもらいたい。以上である」


 他の騎士達がどよめく中、ウォロンが意地の悪い笑みを浮かべた。


「物は言い様てとこか。虚実をちょろっと混ぜるところがさすが老練なおっさんだ」


「ほっほっほっ。褒めても何も上げる物はないぞ?」


 心底嬉しそうな王。その様子に微笑みを浮かべて眺めるレスティア。堂々と騎士達が居る場所で『おっさん』と呼ぶ神経に周りに居たプロングスやトナ、アシューがおろおろとするが、当の本人は気にしている様子も無く、また食堂の騒がしさがかき消してくれているようで、大事には至らなかった。


 他の国々ではありえないだろうが、レダ国では頻繁に大食堂で王と姫が一般の騎士達に混ざって食事する。さすがに他国の使者が居る場合はやらない。騎士は配下でもあり、家族でもある。それが王の考えらしい。


 そして、騎士達は驚きを隠せなかった。これほど機嫌よく食事している姿を今までに無かった事だ。それだけに友人と呼ばれる三人と食事するだけであれほど機嫌が良くなるのならば、肩書きだけの友人では無く、本当に気を許せる人達なのだろうと確信できた。


「今日の御三方の予定は何かあるのかね?」


 王の言葉に三人がお互いの顔を見合った。


「俺とトナは街を探検がてらに買い物にいこうかと思っています」


 プロングスは口を拭き食後のコーヒーを味わっている。トナは紅茶の香りを楽しみゆっくりと口に含む。食後の風景を見ると貴族のような振る舞いだ。


「俺は一人で散歩」


 朝からワインの入ったグラスを煽る様に飲む様は酒場でよく見る荒くれ者だ。実際傭兵として働いていたので様になってはいるが、この場では完全に浮いていた。それでもビンに口を付けて飲まないだけ、周りに気を使っているのかもしれない……たぶん。


 そして、その無作法を苦々しく見ているプロングスとトナの心配をまったく気にする様子は無かった。






 三人が他愛の無い話をしながら城から出てきた。それぞれ武器を携帯し、城を取り囲む外壁を抜ける。


 プロングスは泊まっている部屋のドレッサーにあった白いシャツに厚手の黒のパンツを見に付け、身の丈もあるいつもの杖を持っている。今日は下にレオタードは着ていない。珍しい事だ。


 トナも普段のローブを洗いに出し、借り物のクリーム色のシャツにポケットがたくさん付いたベストを着て、紺のパンツに足を通している。持っているのはプロングスと同じような杖だ。


 ウォロンは白いタンクトップにいつもの黒い革のジャケットを羽織り、黒革のズボンだ。ウォロンの場合、ジャケットやズボンに様々な武器を搭載しているので中々別の服を着るつもりは無いようだ。腰に古ぼけた斧がある。使い慣れた武器は抜きやすいよう考えられた位置にあった。


「がぶろん。盾はいらんのか?」


 プロングスの問いに肩をすくめて答える。見ての通りだよ、と。


「んじゃ、散歩でもしてくるかな」


「俺達もいくかぁ」


「師匠。煙草あったら俺の分もよろしく~」


「それはかまわんけど、金は?」


「あぁ、立て替えといて。んじゃ、またな~」


 手を上げてさっさとこの場から立ち去るウォロンを見て、トナは絶対金を払う気が無いなと確信した。プロングスもその可能性が高い事は承知の上ではあったが、生来の人の良さがここで発揮される。


「プロさん。おそらくだけど、立て替えたら返ってこないと思うよ?」


「ん……あぁ……いや、後でまとめて返してくれたりしてるんだよ」


「プロさんがいくら貸したか忘れた頃に、がぶろんのおそらくこれくらいって感じでちょろっと渡される金のこと?」


 呆れたトナと苦い笑いを浮かべたプロングス。視線の先にはだいぶ小さくなったウォロンの背中が微かに見えていた。


 残された二人は城とそれを取り囲む壁を見上げる。そして振り返り、遠くに見える外壁と街並みを眺めた。


 この街には外壁が二つある。一つは城を取り囲む壁。それと街を囲む壁があり、こちらは城の周りに配置している壁よりもさらに大きく厚い。


 この二つの壁を見ると王の政治理念が伝わってくるような気がした。


 城を守る最後の壁は当然として、国の礎となる民のためにさらに強固な壁を街の周りに作ったようだ。民あっての国だと外壁を見ただけで伝わってくるようだ。


 老練な王の事なので、もしかすると他の意図があるのかもしれない。そうだったとしても民のための政治をしていると思わせるに十分な造りをしているのだ。


 ただ感心するばかりだった。


 そして改めて思う……。


 自分達は見知らぬ土地へと来たのだと……。


 来るつもりだったわけではない。来てしまったのだ。幸運なのは自分達の力がこの国ではかなり上位に位置するという所だろうか。三人は元々傭兵暮らしだったのだ。己の力を切り売りするような生活をしていたので、今の状況に不安や不満はさほど無い。さらに言うなれば一番初めに出会ったのが王族とその関係者だった事だろう。印象は悪く無いようなので、滅多な事が無ければ生活は保障されたようなものだ。


 問題があるとすれば、その滅多な事をする男が一人いる事だ。それでも追い出されるような事はしないだろう。もしもの場合は二人で抑えれば良い事だからだ。


 似た思いを馳せていたのか、二人は顔を見合わせて笑う。この先の事を考えると湧き上がる不安を織り交ぜた笑いを。


 満足いくまで眺めた二人はその場で落ち合う事を決め、それぞれ別々の方向へ向かった。




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