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01 三匹の獣、現る。

 目が覚めると森の中に寝転がっていた……。


 頬を撫でているのは青臭い。視界に映るのは雑草だった。鬱陶しい事この上ない。


 周りの様子を確かめるために首を動かそうとするが、全身の筋肉が金属を擦り合わせる様な音をたてて動かそうとする意思を挫く。全力疾走した時のように汗が噴き出した。痛みのために油汗が出たのか、動き回った後の汗なのか判断付けられなかった。ただ、その汗によって肌に黒革製の上下が張り付いて不快だった。


 痛みに身体を動かす事を諦め、全身を弛緩させて目を瞑る。


「なんで、こんなとこにいるんだっけ……?」


 呟きに答える声は無い。


 横になったまま、目を伏せて思い起こす。



 ――友人二人と共に街から街へと移動する商隊の護衛をしていた。時間がある時によくやる一般的な仕事だ。


 時々襲い掛かってくる野盗や魔物を追い払い、依頼者と運ぶ荷を守る事が出来るのであれば軽い仕事と見て良い。傭兵という仕事の初歩であり、熟練者になっても世話になる一般的な仕事だ。


 その時は食料や嗜好品などの交易を生業なりわいとする中規模の商隊だったはずだ。リーダーは豪快で人当たりも良く、護衛をしている俺達に商品でもある酒や肴を振舞ってくれた。年頃の娘を持つ父親でもあるリーダーは三人の内、誰かに嫁として出そうかとも提案してくれた。よほど気に入ってもらえたようだった。


 俺以外の仲間を見て、まんざらでもなさそうな娘の苦笑いが今でも目に焼きついている。


 だが、記憶はそこまでだ。


 そこから先はまったく思い出せない。切り取られたようにばっさりと記憶が途切れている。


 その後何かあったような……。


 何かあったような気がするのだが……。


 まったく思い出せなかった。思い出そうとすると黒い霧に遮られて邪魔が入るような、そんな感覚だ。



 ――ふと、深い思考から抜け出す。何かあったとしても傭兵として渡り歩いてきた男としては現状を把握して行動したい。


 今が安全だとは言い切れない上に、理由が解らないが身体も衰弱しているからだ。


 軋む身体を無理に動かして上半身だけ起き上がると、これまた痛む腕を使って背後にある壁……大樹に寄りかかり深呼吸をした。


 森の空気が身体をゆっくりと癒してくれる……少しだけ痛みの引いた首を動かし、周りを見渡した。


 寄りかかっている大樹もそうだが、周囲にある木も全て大きく太い。見渡す限り道と呼べそうなものは無く、所々に背の丈の低い樹木が生えている。梯子が無ければ登れそうも無い大樹。にょっきりと突き出した枝の隙間から射す光が森の中を照らしていた。光の射す向きから昼頃だろうか……。


 目の前に愛用の斧と盾が転がっていた。動きたく無いという衝動に身を任せたかったが、そういうわけにはいかなかった。状況も解らず武器が手元に無いというのは心細いのだ。


 脚が外れると思うほど伸ばし、つま先に斧の柄を引っ掛けて手元に引き、今度は斧で盾を引っ掛けて手元に持ってきた。


「ふぅ~……」


 深いため息。まだ身体の痛みは引かないが、ここに留まっていては何も変わらない。たまたま優しい人が現れて、介抱してくれる奇跡を願うような考えは持っていない。現状を変える努力は自ら動いてやらなければ生きていけない。そう思って今まで生きてきた。


 頭を振るい、重い身体を起こすとゆらゆらと足元が定まらないまま歩き出した。


 全身を動かして気づいたのだが、どうも外傷は無いようだ。重度の筋肉痛のような、高いところから全身を打ったような痛み。夢遊の気は無いはずだし、見慣れない所で寝るほど無警戒な生活はしてこなかった。ましてや高所から落ちるような場所で寝るほど疲れていた記憶も無い。最後に残っている記憶では野営をしていた。しかし、明らかに周りの風景が違う。


 道をふさぐ下生えの草を斧で斬りながら進む。一振りごとに身体に痛みが走るが明るい内に村や街、最悪でも街道には出たい。とは思うものの、現在地がまったくわからない状況なので森の奥へ進んでいるのか、森から抜ける方向なのか、まったくわからない。完全に迷子だった。


(……迷子って……)


 自分の頭に浮かんだ単語を認識し、何だか恥ずかしくなる。


 背後を見ればさっき倒れていた場所がまだ微かに見えるとこまで歩いてきた。森に射す光の角度が急になっている。日が傾きかけているようだ。わずかな距離とは言え、身体が痛み、歩きやすいように足元を整えながらだとどうしても時間はかかる。自分の今いる場所もわからず、進むべき道もわからず漠然と歩いていくのは、体力的にも精神的にも負担は大きいのだ。


 考えれば考えるほど不安になるので、黙々と斧を振う。時折、硬い木に刃が噛まれて抜けなかったり、地面から突き出した岩に刃が当たり、火花を散らしたりと散々な結果だ。


「チッ……」


 幾度目かの衝撃で手が痺れてきた。


「……うがぁ~~、なんだってんだ」


 遅々として進まない進行、身体の痛み、岩への衝突による手への衝撃、八つ当たりでもしたいとこだが、その相手も物も無い……。衝動に任せて盾と斧を放り、その場に座り込んだ。


 盾は空気の抵抗があるために近場に落下したが、斧は思いのほか強く投げてしまったのか、弧を描いて少し離れた草むらへ……。



ぎゃっ!



 放った斧に何かがぶつかり、声を上げた。声からすると人間の男のような気がするのだが、魔物や怪物の類だった場合は非常に不味い……。


 すぐに盾を拾い上げて臨戦態勢を取る。斧を一緒に投げてしまった事を後悔したが、今更遅い。


「誰だ!」


 言葉が通じるナマモノであることを祈りつつ、声を出した。


 ガサッと音を立てて何かが近づいてくる。返事が無いために魔物の可能性は高い。


 光が届かない暗い場所から、影が見える。棒らしき物と斧らしき影が見えるので二足歩行の生物だろうか……。近づいてくるたびに輪郭が見えてきた。人影だ。人影が草をかき分けながら頭を擦り……。


「ん……? おぉ、がぶろんじゃねぇか」


 その男は黒髪黒瞳。清潔に整えられた髪、優しげな瞳。がぶろんと呼ばれた男よりも頭一個分は高い背丈。身体は鍛え抜かれ、脱ぐと拳闘士に見えるほど引き締められている。


 その身体に年季の入った茶色のジャケットに黒のレザーパンツ、そして古ぼけ、表面に文様が彫られた杖を手に持ち、腰には手垢で汚れたショートソードがぶら下がっていた。ジャケットの前は暑さの為かはだけており、中に着込んだ緑色の上下一体型のレオタードが見えていた。


「し、ししょ~!」


 ここに来てやっと見知った人を見つけ、安堵した。相手が誰であっても……。

 目の前に来た男は本名をプロングスと言い、共に傭兵として渡り歩いて来た男だ。ちなみに記憶に残っている友人二人のうちの一人。


 プロングスは長身で優しそうな表情をしており、一見無害で鈍そうに見えるが、魔術師である。それも剣を用いる技術もそれなりに習得しているために魔術師というよりも魔法戦士と言った方が的確だろう。いざ争いとなれば冷静に淡々と殲滅する男だ。能力共に高水準で身に付けた男なのだが……一つだけ欠点がある。


 それは愛称で師匠と呼ばれている事が示している。


 なぜ師匠と呼ばれているのかというと、何かを師事したわけでは無い。様々な噂が身内の中で流れていたが、簡単に言うとどのような場所でもレオタードを着ているところから変態師匠と呼ばれ、短縮して師匠と皆が呼ぶようになったらしい。経緯はともかく、蔑称ではない。友人一同、愛称として呼んでいるだけで、本気で変態などとは思って……いないはずだ。


 そして、がぶろんと呼ばれた男の名はウォロン。斧と盾を好んで使っているが、特に武器は選ばない。両手武器などの重量のある物から、ダガーなど軽量の物までそつなく使いこなせる。その中で好んで使っているのが斧だというだけだ。


 見た目は、意地の悪さが出ているとよく言われる少しつり上がった黒瞳。チャームポイントは馬の尻尾のように後ろで束ねた黒髪だ。服装は黒革のジャケットに同質同色のズボンと黒尽くしだ。プロングスと違い、ちょっと厚めのジャケットは品物が違うというわけでは無く、投げナイフやダガーなど様々な武器を内包しているためだ。鎧代わりにもなる事があり、ちょっと無骨な感じが気に入っている。


 気心の知れた奴等はがぶろんとかロン、ロンロンなど好き勝手呼ぶのだが、本人はどう呼ばれても自分の事だと分かれば別に気にしない。興味が無いものにはとことんこだわりが無いのだ。



「んで、師匠ここどこ?」


 森の中は早めに闇に包まれる。二人で微かな日の光があるうちに枯れ木を集め、暖を取る事にした。


「俺もよくわかんねぇんだよ。気づいたら森の中。身体が痛むから早く歩けもしねぇし、それでもどっかに着くかと思って動き回ったんだが、見つかるのは獣道ばっかり、疲れたから休むつもりで寝転んだわけだ。そしたら頭にがぶろんの斧がヒット。今俺が解ってんのはそんだけだなぁ」


 頭を擦りながら話している。大きなコブができているのだろう。ちらちらと俺を見ながら頭を擦る。だが、視線を合わせる事はしない。おそらく謝って欲しいと思っているのだろうが、狙って当てたわけでは無いので残念ながら謝る気はまったくなかった。


 ──狙って当てたとしても謝る気は無いが。


 そもそも、頭部に斧をぶつけられてコブで済んでいる事が異常だと思う。


「ヤレヤレ……お互いよくわからんままですか……」


 とりあえずこの境遇を共にする相棒がいるだけでも、かなり精神的に安らぐものだ。


 組み上げた枯れ木にプロングスが短い言葉と共に杖を振るう。組んだ枯れ木の中心に周りの空気が吸い込まれて圧縮され、そこに赤い光が現れる。コブシほどの大きさに成長した赤い光の表面に巻きつくように炎が生まれると、そこから細い枯れ木に炎が移り、勢いが付いた。その上に太めの木を乗せて炎が移るのをゆっくりと待つ。


「こんなとこ初めて見るよなぁ……」


 プロングスはまだ痛いのか頭を撫でながら懐から取り出した干し肉を齧り、周りの木々を見渡す。確かに今まで見たことある樹木の種類では無かった。そもそも今までに行った事があるような場所にはこれほどの巨木は無かった。似たような木は見た事あるが、同じ種類なのかどうかを判断するような知識はお互い持っていなかった。


「さて、これからどうするかだけど……師匠が歩いて来た方向には何もなかったなら、逆の方向いってみっかぁ……」


「そだな。とりあえず今は休もう。俺は疲れた」


 言うなりゴロリと横になる。ウォロンもそれに倣って横になった。


 夜の帳が下りると急に気温が下がる。夜の間中消えないように太目の枝を多めに加えておいた焚き火は、わずかとはいえ体温を外気温のように急激な変化から守ってくれるだろう。


 静かな森の中でやっと身体を休める事が出来るようになり、色々と考える時間が取れた。


 ウォロンは当然、プロングスに確認を取った。二週間に及ぶ護衛の仕事中だったという事。酒が入り盛り上がってきたところまでは記憶にあるらしい。そこまでは同じ情報だ。その先になると……プロングスも記憶が無くなっていた。


 そして気づいたら森の中。


 頭を掻く。寝た記憶も無く、瞬きをしたら、見た事の無い世界。その間の記憶がすっぽり抜け落ちているのだ。身体の痛みを考えれば今は現実なのだろう。では、今までが夢だったのだろうか……。いや、夢にしては現実味があり過ぎる。そして、一夜限りの夢にしては膨大な記憶、はっきりとしたモノが残っているのだ。


 そして、傭兵として生きてきたウォロンとしては異常事態だ。どんなに疲れても何かが身体へ触れられたら起きる。微かな音でも危険だと感じれば目が覚めるようになっているのだ。意図して身に付けようと思ったのではなく、生き残るために身に付いてしまった習慣だ。


 さらにもう一つ。隣で寝ているプロングス。ウォロンよりも年上であるためその分だけ傭兵歴も長い。その男もまたこの場所に居る事実。それも驚愕に値するものだ。傭兵歴が長い分、ウォロンよりも経験が豊富という事だ。経験というのは侮れない。単純な力の差を埋めるだけの要因となりうる重要な部分なのだ。


 ウォロンよりも経験がある男もまた同様にこの森に居るという事は、二人に気づかれないように運ぶ力を持っているという事だろうか。魔力によるモノなのか、物理的なモノなのか、まったく判断出来ない。


 思い返し、思考の海を全力で泳いだウォロンの結論は唯一つ。


「何が何だかさっぱりだ…………」


 プロングスはすでに寝息を立てており、呟きに答える事は無かった。今日何度目かのため息をついて、目を閉じる事にした。





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