空中ブランコで……
像が三頭、丸舞台の上で小さな椅子に座って演技をすると、子供達は立ち上がり歓声を送った。
その後、高い所に張られたロープの上を、長い棒でバランスを取りながら渡る「高綱渡り」や、オートバイが一台、二台、最終的に三台、円形のホールの中で疾走する「オートバイショー」など見所はたくさん。
芸が終わり、ヘルメットを脱いで気がついたが、例の彼は、このオートバイショーにも出演している。
ピーターパンとフック船長らの乱闘シーンも無事に終了し、いよいよクライマックスの空中ブランコである。
ネットが張られ、天井からブランコが降りてきた。
何台ものスポットライトがテントの中を駆け巡った後、舞台中央に焦点を定めると、マントを羽織った男女六人が颯爽と現れた。
丸舞台に添って並んだ六人が両手を広げるとマントが床に落ちる演出も憎い。
男性は肩や腕の出たタイツ状の衣装、女性二人は派手なビキニのような衣装を纏っている。
六人の中央には、あの人。あの人だけ上半身裸。他の男性より少し緩めのズボンだった。
(笑顔が清々しい)
ボーッとしていると、
「この音楽ってスターウォーズだよね」
友人が耳元でささやいた。
「うん、なんだか胸が躍る」
彼意外の五人は舞台脇の鉄柱を昇って行く。
どうやら、高台に設置された一畳ほどの台を目指しているらしい。
あそこに五人が乗るなんて、高所が得意のわたしでも足がすくんでしまいそうだ。
台の手前にもブランコが揺れていた。
彼はと言うと、二メートルはあるだろうネットの端、目掛けてジャンプをしたと思ったら軽々とさか返り。
ネットに上がり、天井から吊されたロープを腕だけで登り、ブランコに乗り込んだ。
相当の腕力の持ち主らしい。わたしは大きくうなずき感心した。
クラッシックの音楽が、ブランコの動きと合っている。
ふわーとした気分で心が癒やされていたら、台に乗っていたメンバーが一人づつ、ブランコにぶら下がり、試し飛びとでも言うのか、飛び出しはしないが、ブランコに大きく揺られ、向きを変えて台へと戻って行った。
中央の彼は、素知らぬ顔でブランコを揺らし続けている。
子供達のざわめきがするので、視線をあちらこちらに向けると、ピエロが一人、戯けた風にうろちょろして、台の方を見上げた。
「オーイ(^O^)/」
彼らに叫ぶ。自分を指さし、台を指さしている動作から、ピエロも空中ブランコのメンバーになりたいのだと分かる。
メンバーはみな、顔の前で手をふり、ピエロが来るのを拒む演技をしている。
ピエロは一時憤慨し、足を踏みならすが、大きく両手を打つと、中央の彼の方を見上げて、自分も交ぜてくれとアピールする、彼はピエロを見下ろすと、ニコリと微笑み、台の方を指さした。
ピエロは大喜びで、柱を昇る。途中、何度も踏み外し、子供達の悲鳴を浴びたが、大人は演技だと知っているので声を出して笑っている。
「さあ、いよいよだね。お待たせの空中ブランコだ」
隣りの友人も、子供のように胸を弾ませていた。その姿がとても可愛らしいとわたしは思った。
大きく揺れるブランコにぶら下がる前には、必ず中央の彼の承諾が必要なようだ。
「はっ」みたいな声を飛び手が発し、「おうっ」と彼が言うと、飛び手は台を離れ、膝を折った上体でぶら下がる彼の手に着地する。
そしてもの凄い速度で、元のブランコに飛び移った人は、台へと戻って行くのだ。
手に汗握るとは、まさしくこのことで、息さえも苦しくなってきた。
一人目はふつうに飛び、二人目は、身体を捻って飛び、三人目は宙返りを加えて飛び、四人目は目隠しをして飛ぶ。
途中、ピエロも参加するが、何度も足を踏み外すし、ブランコは掴み損ね下に落ちそうになるしで、熟練された演技と分かっていてもドキドキしてしまう。
それでもピエロはどにかこうにか飛ぶ立つのだが、中央の彼が手を掴む準備をしてくれない。
台の人達もピエロの背中を押し返す。
ピエロが片手になって、ブランコに揺られ道化ていると、ようやく中央の彼が上半身を翻し、ぶら下がった。
「よしっ!」
と言った風に、ピエロもその気を出し、台の人に背中も押され、勢いずくが、怖さで両手が離れず、またもぶらぶら。
挙げ句の果て、足の方を向けたピエロのズボンを彼がスポッと引っ張り抜いて、ピエロは恥ずかしいヒラヒラのパンツ姿となってしまう。
ズボンはネットの上に舞い落ち、ピエロもズボンを追って落下。
>*0*<キャアアッという悲鳴。ピエロはネットの上をよろよろと歩き、ズボンを拾うと、ネットから降りて、幕の奥に去って行ってしまった。
ピエロのショーが終わり、最後の演技になる。
五人目の飛び手は、なんと空中で二回転半して飛び、身体を横に二回転させてブランコへと飛び移るらしい。
こういったアナウンスや、ピエロの気持ちの代弁は、ピーターとティンクがしてくれている。
これまでの演技の時より緊張度は増し、バックミュージックも止まった。
シンバルの音の効果は絶大で、飛び手の心臓の鼓動を感じてるようであった。
ひとり無表情でブランコを揺らす彼が、身体を後ろに翻した。
気合いのような合図を交わし、男が華麗に宙を舞い彼の両手をしっかりと掴む、二秒もあるだろうか、今度は身体を横に二回転させてブランコを掴んだ。
台の上に降り立った男は、十代後半と思われるあどけなさの残る顔で観客の声援に応えた。
「良かった、良かった無事に終わったね」
見ると友人は涙を流している。もともと涙もろい質なのだが、いつもはうっとうしく思う彼女の涙が、今日だけは可愛らしい。
中央の彼が最初にネットに落下する形で降りると、飛び手のメンバーも次々に飛び降りだした。
落ち方も様々で、ただ背中を向けて真っ直ぐ落ちる人、回転を加える人などがいる。
その中でも最後まで残っは特殊だった。
天井に掛かる柱に足を掛け、身体を垂直にし、顔は真下を向く。
「うわっ絶対にむりだよあんなの」
叫びに近い声を友人が出したので、わたしは思わず友人の口を押さえてしまった。
場内は暗転し、スポットライトが男一人を映し出す。
またシンバルが鳴り出すと、男の心臓が大きく膨らんだのが遠目からも確認できた。
(息を大きく吸い込んだ)
そう思った瞬間、男は真下へ、垂直に落下。
会場の中に響く低い叫び声。
ネットに着く寸前に、男は首を内側に曲げ、背中で着地。
「ふーっ、ちゃんと着いたよ」
友人の口から手を離し、わたしは背もたれに上体を預けた。